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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
14/52

14. 王都の苦悩

-Ⅰ-


 純白の宮殿に響くのは、忙しない軍靴の音。白地に空色のラインが入ったブーツを履いた男は、目的地への道のりを迷うことなく闊歩していた。

 プロト王国の聖都バグラガムには、古来より王族の間で受け継がれてきたとされる巨大な宮殿があり、その広さは端から端までを歩くとおよそ一時間かかる。

 超古代の遺産とも呼ばれる宮殿は、いまはなき先人の知恵を絞って完成させられたものだと言っても過言ではない。水路を滝のように流れる水が建物内の熱を下げ、太陽の光も宮殿内部に直接降り注ぐことのないように、それでいて中も明るくなるような緻密な設計がなされている。真夏日ともなれば、国民が集まる避暑地にもなるのだ。

 休戦となり、人々が安らぎに身をまかせる平安な日々が何年ほど続いたであろうか。

 男は歩きながら、ブーツと同じデザインの軍服を羽織ると、ひとつ深呼吸をしてみせた。

 いまのプロト国には、その平和の影も形もありはしない。

 通路の角を曲がる度に、青いマントが風になびく。気持ちの良いそよ風がいくら男を涼めようとも、彼の汗は一向に引くことを知らない。

 頭の中にはやるべきことが険しい壁のように山積していた。どれもが何の進歩もないまま時間だけが過ぎていくと、溜まりきった苦悩が彼の脳を蝕んでいく。

 長い回廊の端々には、金がふんだんに使われた骨董壺や誰が描いたのか分からない絵画がこれみよがしに設置されている。一体、これらの絵や骨董品にどんな魅力があって、どれだけの存在価値があるのか。男には見当もつかなかった。

 そしてひとつの人物画の前で足を止めると、

「くそっ! まったく、忌々しい女だ」

 たまらず小声で毒を漏らす。この女の顔を思い出すだけで、はらわたが煮えくり返りそうであった。

 そうして目的地に着くと、妙にやつれた顔の衛兵ふたりが扉を挟んで立っている。

「開けてくれ」

 男の言葉に、心配そうな表情で重たく頷くと、衛兵は木製の頑丈な扉を開けた。

 入り口でうやうやしく一礼してみせ、赤く長い絨毯の上を歩くと、急に足取りが重たくなった。厚い絨毯が、まるで沼地のように足をすくう。

 男は長い時間をかけて最奥まで進み、ふたつ並んだ玉座の前にひざまずくと、顔をあげぬよう伏せた。磨き上げられた大理石に、歯を食いしばった苦い顔が映る。

 我ながら、情けない顔だ。

大将軍(シャラーン)クロウス。何の用かしら」

 クロウスと呼ばれた男の後頭部に投げかけられたのは、妖艶な響きのあるねっとりとした女の声であった。

「女王イシュベル様。本日は折り入ってお願いがございます」

 クロウスは単刀直入に切り出した。いまさら飾りたての言葉など必要ない。

「ほう。願いとは何か。表をあげ、申してみるがよい」

 イシュベルは苦笑してみせた。クロウスからの願いなどひとつしかないことは、イシュベルにも当然分かっている。分かっていてからかっているのだ。

 結局いつもどおりの一日。まるで同じ時間をぐるぐると彷徨っているかのようで、クロウスは吐き気さえ感じた。

 クロウスが顔をあげると、その視界に燃えるような真紅のドレスをまとった女の姿が映りこんだ。組んだ足がなんとも艶めかしく、胸元は大きくはだけている。男心をくすぐるような細長い目に、奇妙なほどに鋭角のある細い顔立ち。まるで女神像のような美しい体つきは、並大抵の男ならば身震いしてしまうほどの魅力があるに違いない。

 そのような絶世の美女を前にしても、クロウスは彼女に対する憎悪が瞳から漏れ出ぬよう制することで精一杯であった。

 この女狐め。それが彼の心の声である。

「かねてより幾度となくお願い申し上げましたが…」

 クロウスは顔をあげて女王を直視すると、

「アルツ王にお会いしたく存じます」

 そう言って再度頭を下げた。実際の心のうちでは、このようにふしだらな女に頭を垂れること自体、屈辱でしかない。

「あら、その願いはこれで何度目だったかしら?」

 イシュベルは嘲笑まじりにうそぶいてみせた。

「貴重なお時間を頂き、大変恐縮しております。ですが、まだ一度もお会いできておりませんので」

 クロウスの眼差しは赤の女王を射抜かんばかりである。しかし鬱憤のこもった一矢も、イシュベルが持つ輝きのない瞳にただただ吸い込まれていき、力なく消滅してしまう。

 娼婦であったイシュベルを王がめとると公言した時、それは冗談かと思われた。だがそれが事実となり彼女が妃となると、プロト王国は崩壊への道を急速に転がり落ちることとなる。

 二十年という長い歳月を王国に捧げ、軍の最上位者となる大将軍(シャラーン)にまで登りつめたクロウスでさえ、この事態は予見できなかった。

 それがプロト国の守護者としての彼の失態だと言ってしまえば、その通りだろう。いまや彼の肩にはプロト王国の未来が重くのしかかっていた。

「分かってないのね、クロウス。王は病気だと言ったでしょう」

 イシュベルが女王として迎えられてから三年というもの、二年後には王は病を患ってしまい、自室にこもりきりとなっている。会うこともできなければ、病がいかようなものか確かめようがない。

「承知しております。ですが民は依然として飢えております。このままでは近いうちにバグラガムは大規模な飢餓を迎えるかもしれません」

 そう言って、クロウスは付け加えた。

「それに病ならば病で、しっかりとした治療をお受けいただきたい。医師にも見せぬようでは治る病気も治せませぬ」

「それは何度も聞いたわ。でも、王が必要ないとおっしゃるのなら、必要ないのでしょう?」

 退屈さをはらんだイシュベルの返答に、さすがにクロウスも我慢ならなかった。

「私は陛下の意見を直接お聞きしたい」

「私の言葉じゃ信用できぬと?」

「そうではありません。私はただアルツ王に現状を見ていただきたいのです。諸侯より買い集めた宝石や金塊のせいで、バグラガムの財政は底をつきかけております。宝石や金は持っているだけでは腹を満たせません。兵も衰え、住人達も他の領土への移住を考えている者も少なくない。このままではいずれ諸侯らにバグラガムを乗っ取られるのも時間の問題でしょう」

 クロウスは早口でまくしたてた。この説明も幾度となく繰り返してきたが、傲慢な女王の心を揺さぶることは容易ではない。一呼吸おいて、次をつなげた。

「買い集めた物を即刻売却し、財政を立て直すべきです」

 聞いて、イシュベルは呆れまじりのため息を、わざとらしく吐いてみせた。

「残念ね。物の価値が分からないなんて。宝石や金は決して無駄な物ではないわ。年数を重ねても劣化せず、歴史的な価値があるし、権威の象徴とも言える。そして、何よりも美しいの。見ていてすごく落ち着くわ」

 そんなものに一体なんの意味があるのか。クロウスは飛び出しそうな反論をすんでのところで飲み込んだ。プロト国にも財宝がなかったわけではないが、それだけでは飽き足らず、イシュベルは次々と金目のものをかき集めてきたのだ。

 本当にくだらぬ、統治者としてあるまじき考えである。物欲の塊が瞬時に大金を得るとこうなってしまうのだろう。ましてや一国を手に入れたとあらば、欲はとどまるところを知らぬ。

 破滅的な浪費家が王国の資産を貪る一方で、クロウスはこの問答を何度も繰り返してきた。そのたびに会話は堂々巡りとなり、平行線のままで解決しない。度重なる忠告をさしおいて、結果的にイシュベルは暴食のかぎりをつくしてしまった。

「それにプロト大陸の諸侯らは皆アルツ王に忠誠を誓っているはずよ。バグラガムを奪おうなどと、思うのかしら」

「忠誠とはいっても言葉だけのものです。裏切ろうと思えばいつでも裏切れましょう。プロト国の王座を望む者は少なくありませぬ。次期王権を狙う争いは水面下で密かに繰り広げられているのが現状であります。現に、バグラガムの危機に誰も救いの手を差し伸べぬでしょう」

 何度説明すれば気が済むのか。

 クロウスは頭を抱えたくなった。まるで素人と会話をしているかのような錯覚さえ覚える。王都の経済にしても、諸侯との付き合い方にしても、イシュベルはまるで分かっていないし、分かろうともしない。彼女の頭の中には金のことしかないのだろうか。

「是非、アルツ王にお会いしたい」

「何度言っても同じ…」

「もう一年も待たされたのですよ!」

 クロウスはたまらず女王の話を遮り、怒りを爆発させた。

「民を見捨てられるおつもりですか。王宮内にとどまらず、外へ出て現実を見てください」

「あなた、私と王に諫言(かんげん)するつもりかしら」

 憎たらしいほどの苦笑だった。いくら怒りをぶつけても、女王には効果がない。

 それでもクロウスから出る反感は、もはや止めようがない。敬愛すべき王を信じて待ったこの一年。全くの無駄に終わったと言ってもいい。

「誤解なさらぬよう。民あってのバグラガムです。民なくしては国王も私も、この大地の上に堂々と立つことはできません。そのことは女王様も…」

「ご、ご報告です!」

 クロウスの殺意の衝動をかき消したのは、慌てた様子で扉をあけ放った兵士だった。

 息も絶え絶えに、兵士は頭を下げる。

「なんだ!」

 女王に投げかけたクロウスの怒りの炎が、いま兵士に飛び火した。

 火の粉に当てられ動揺した兵士だったが、それ以上の事態が彼を正気に戻した。

黒蟲(グアンズ)がまた攻めてきました」

 クロウスはそう聞いて天を仰ぎ、拳を力強く握りしめた。

「またか…、こんな時に!」

 王が自室にこもり始めた時期と時を同じくして、もうひとつの厄介ごとが舞い込んできた。

 それは断続的に襲い掛かってくる魔物の群れ。

 飢えに苦しむ王都バグラガムに標的を絞ったかのように、巧みに攻め込んでくる。前回現れたのはまだ三日前のことだ。

「行かなくていいのかしら?」

 まだ言い足りぬ様子のクロウスに向けたイシュベルの嘲笑には、奇妙なほどの余裕さえ感じられる。自分の国だというのに、まるで他人事だ。

「また伺います。今回の件、必ずアルツ王にお伝えいただきたい。民はあなたを求めていると」

 クロウスは言うが先か、素早く踵を返した。

 おそらく、いくら女王と話したところでアルツ王に内容が伝わることはないだろう。心優しきアルツ王ならば、民の苦しむ姿を見たくはないはずだ。幾度となく状況を伝えてきたが、ついに王が姿を見せることはなかった。

 既に亡くなっている可能性も少なくはない。そうともなれば、王の盾であるクロウスの重大な責任にもなりうる。

 振り向きざまに見えたイシュベルの表情は嫌な妖しさを帯びていて、クロウスの心に新たな不安と不満の種を植えこむのであった。

 この女には絶対に何かがある…。暴くのは容易ではないだろう。だが国の秩序のためにクロウスは決意を固めなければならなかった。

 いまは黒蟲の対処が先決だ。

 玉座の間を飛び出すと、二人の男がクロウスを出迎えた。

「兄上。敵はすでに守護壁の外にまで攻め込んできているぞ。一体何をしていた」

 ひとりはクロウスと同じ白い髪を持つ若い男で、ラルゴ将軍だ。

 ラルゴはクロウスの三つ下の弟だが、兄に対する物言いには遠慮がなかった。

「うむ。待たせたようだな」

 そのことを特にクロウスが気にすることはなく、唯一残された家族の意見として素直に取り入れることが多い。ふたりの間には確固たる信頼関係が築き上げられているのだ。

「ラルゴ、おぬしとて分かっておろう。外にも敵はおるが…、獅子身中の虫、というのも案外無視(・・)できぬものよ」

 朗らかな笑みを浮かべてラルゴに答えたのがキューズだ。今年で六十にもなる老武将で、前大将軍(シャラーン)であり、現国王の相談役でもある歴戦の騎士だ。ゴラドーンとの戦においては、シルヴェントとも互角に剣を交えた。

 クロウスとラルゴの良き傾聴者でもある為、ふたりからの信頼は誰よりも厚い。彼らに知恵と技を授けたのもキューズに他ならない。

()だけにか? 三つもかけて面白いとでも思ったか。くだらん洒落はよせ、ジジイ」

 くすりともせず、ラルゴが切り捨てた。

「ラルゴ、キューズに失礼だろう」

 クロウスが静かに怒鳴る。

「ふん。すまぬな、キューズ。さすがに俺も疲れてる。大目に見てくれ」

 反省した様子を少しばかり覗かせると、ラルゴはため息とともに肩を落とした。

 物静かで聡明なクロウスに対し、止まれば死んでしまうような動的なラルゴを一瞥すると、キューズはにこりと温かな笑顔を見せた。キューズにとっては我が子のような二人である。ふたりとも考え方や、しゃべり方が違って当然だ。かたや細見の兄に、筋骨たくましい弟。兄弟といえども互いに違う個性があり、それが面白くて仕方ない。

「キューズ、状況はどうだ。資金繰りはなんとかなるのか」

「売れる物は全て売り払いました。ですが、あと一年もつかどうか、というところでしょうな」

 気が滅入る報告ばかりだ。クロウスは両手で耳を覆いたくなった。

「守護壁の状態はどうだ」

 クロウスは近場の兵士に問うた。

「何を言ってる。虫けらの襲撃程度でバグラガムの守護壁は破壊されん」

 代わりに自信ありげに答えたのはラルゴだ。

「敵の数は」

「正面に五百。東門と西門に三百ずつ。綺麗に分かれていやがる」

 敵の執念深さにクロウスは嫌悪感を覚えた。

 これで敵の襲撃は何度目になるだろうか。退けてきた数はゆうに三万を越えている。駆除するたびに軍隊は疲弊し、戦力を削がれる一方だ。

 故にバグラガムを出ようと思う民も願い叶わず。兵を敷くだけの食糧もなければ、外から物資を受け入れるだけの資金もない。まるで兵糧攻めだ。

「キューズ、いま動ける兵士は何人いる」

「五千ほどかと。他は休ませております」

 五千という数字にクロウスは唖然とした。もうそこまで数を減らされていたのか。

 もちろん戦死者が増えたわけではない。体力に限界を感じた者が多く、兵士として立つことが出来ず、戦力にならないのだ。ある一定のローテーションを組ませ、交互に休ませてはいるものの、一度に出撃できる人数が五千にまで減ったとなると、いよいよ危うくなってきた。

「半分は待機させる。東と西に千ずつ。表に五百。出るように指示してくれ」

「ちょっと待て、兄上。いくらなんでも正面にもっと数を割くべきだろう」

 ラルゴが慌てて指摘したが、クロウスは平然としている。

「構わん。正面には俺が出よう。東と西はふたりに任せる」

 そう聞いてラルゴもキューズも、互いを見合って頷いた。

 クロウスには自信がある。過信でもなく、他者がすんなりと認めるほどに彼には実力があった。若くして大将軍にまで登りつめた所以である。

「それと、キューズ。行く前に守護玉の者達に伝えてくれ。いまから三十分後に戦闘を開始する。五分おきに三秒だけ守護壁を解除してほしい」

「承知いたしました、大将軍殿」

 人の好さそうな笑顔を浮かべ、キューズは早足にその場をあとにする。

 キューズを見送ると、ふたりの兄弟は同じタイミングでため息をついた。

「しかし、このままでは本当に国が滅ぶぞ、兄上。限界はとうに越えている」

 国が滅ぶ、そう言われてまた気が重くなる。そのことについては何度も考えてきたが、やはりクロウスには無視できない義理があった。アルツ王は命の恩人であるとともに、兄弟ふたりの第二の親でもある。王と、彼の国を潰してしまうわけにはいかない。

「分かっている。だが、王あっての我らだろう。アルツ王なくしては、これまで生きてこられなかった」

 そう聞いてラルゴは不満をあらわにした。

「兄上は甘いのだ。国を守る為なら、道義など捨ててしまえ。しいてはそれがアルツ王の為にもなるだろう。それこそが俺達将軍の役目だと、俺は思うがな」

 半ば捨て去るかのようにしてラルゴは言い放ち、クロウスに背中を見せた。少々過激なところもあるが、ラルゴの言うことに間違いはない。彼らにとって王は絶対的な存在である。だからこそ、いままで女王伝いの命令にも従順に振る舞ってきたのだ。

 だが国の存亡に関わるところまで来ると、話は別である。王を守る以前に、国を守るのが大将軍としての役目。それこそがアルツ王に与えられた使命なのだ。

 ならば、どうする。どうすればいい。

 弟を見送ると、クロウスは邪念を振り払い、バグラガムの正門へと足を向けた。




-Ⅱ-


 宮殿を出ると、クロウスは天を仰ぎ見た。天空にはエメラルド色の空が広がっている。

「無事なようだな」

 古来、バグラガムを敵の攻撃から守ってきた<守護壁>だ。

 ジオの空と王都バグラガムとの間に、ドーム状に薄い壁が存在している。宮殿内の守護玉から発せられているエネルギーで、その強度はタイタンの鉄拳を持ってしても破壊できぬほど強固である。

 黒蟲の襲撃を受けているこの時も、守護壁は平然としてそこにあった。頼もしい限りである。

 正門にたどり着くと、クロウスはすぐさま城壁に駆け上がった。

 見下ろすと、そこには見るのも嫌になるような数の蟲が守護壁に群がっていた。

「報告よりも増えているな」

 弓兵に話しかけると、兵士は疲れた目をしばたたかせながら答える。

「はっ。後から遅れて合流してくる黒蟲がいるようで。いまも数は増え続けております」

 見れば、いままさに遠方から数十匹の黒蟲が姿を現した。そのまた遠くにも影があるところを見ると、正門に集まるであろう敵の数はゆうに千を越えるだろう。

「唯一の幸運は、敵が蟻型であることくらいか」

「大将軍殿。正直なところ、我ら自身、あまり戦力としてはあてにできませんでしょう。ここはひとつ守護壁を降ろしたまま、敵をやり過ごすことはできませぬか」

 弱りきった表情の兵士を見て、クロウスは心打たれた。

 プロト王国の兵士達は、ゴラドーン帝国軍のそれと比べて、数倍は屈強である。それがいまや間近に迫る飢餓のおかげで、目も当てられないほど衰弱してしまっていた。このまま戦えというのは、いささか酷なものである。

「食糧が目の前にある以上、奴らが諦めることはないだろう。日に日に数が増していけば、守護壁もいずれ突破されてしまう。そうすると、気が狂いそうなほどの大群が一気に攻め込んでくる。そうならぬよう、数はその都度減らしておかねばならん」

 クロウスが放つ真実は、兵士の心に無惨にも突き刺さったに違いない。兵士は落胆の色を隠せないでいた。

「なに、心配するな。正門は俺だけでも十分だ」

 クロウスの言葉が兵士を少しでも支えたかは定かではない。だが、彼の言葉に嘘はなかった。クロウスならば黒蟲の千程度、何の問題もない。

 彼の頭の中にはもはや蟲の問題など、ほとんど皆無であった。

 国を立て直すためことさえできれば、黒蟲の脅威など自然と解消できる。問題は、バグラガム再建の糸口がいまだに見つかっていないということだ。

 いかようにして解決するべきか。時期を待つのか、それともラルゴが言うように武力による打開が必要か。

 クロウスは真っ白な籠手を装着すると、剣や、鎧の類など一切身に着けず、バグラガムの正門を出た。

 目の前には半透明で緑色の守護壁があり、その向こう側には吐き気がするような真っ黒な雲が蠢いている。

「お前達は一体どこから湧いてきている…。何の目的があってバグラガムを狙っているんだ」

 それは敵への問いというよりも、自問に近い。

 拳を握ると、クロウスは遠い目で一点を見つめた。

 眼前に広がる瘴気の渦のように、いまプロト王国は果てしない暗黒の時代を迎えようとしていた。

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