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ジオ戦記(旧)  作者: ルノア
第1章
1/52

1. プロローグ

 -Ⅰ-


 星は生き物である。創造神に造られた小さな球体は、永遠に広がる宇宙という子宮の中で、気が遠くなるほど長い年月を経て育つ。

 暗く孤独な世界で心臓が鼓動を始めると、まず命の海に包まれる。それからまた途方もない時間をかけて、終わりのない海に陸が浮き、山が形作られ、川が流れる。

 そうした神秘的な過程を経験して、やっと一人前の惑星へと成長するのだ。

 大きくなった星は、やがて人という子をもうけることになる。子を背や腹や肩に乗せ、暖かい優しさと凍えるような厳しさを持って育てていく。子供の成長を熱く喜び、時に起きる過ちに涙を流し、そして愛情あふれる物語と新たな実りを大切に見守ってきた。

 子らも母なる大地として尊く思うものだ。

 しかしながら、そうではない惑星がひとつだけある。

 何千億とある星の中で、ジオという星には無限の悪意が満ち溢れていた。

 星に育てられた三つの種族は、いつの時から互いを傷つけあって生きてきた。

 永遠のような時を戦に費やし、人類は疲労を積み重ねることとなる。

 最終的に、彼らの永きに渡る戦争は一時の休息をようやく得ることができたのだが、後には大地を赤く染め上げる無数の血溜まりを残していった。

 ジオは独特な意識を持った星なのだ。

 人の愚かさを糧とし、人の不幸を愛し、血をすすり、生を貪りつくす。混沌とした邪悪が地上に漂うと、それを至上の喜びとした。

 人間達にとって、この星のもとに産まれ落ちたことこそが人生最大の呪いなのである。

 星を止める術など、人間にあるはずもない。

 彼らは廻る運命の中で、振り落とされぬよう必死にしがみつく。一人、また一人と近しい者の命を強大な悪の手が奪っていこうとも、人はこの地獄をただただ懸命に生き抜いていくしかない。

 肩を叩かれ、自分の順番が来るその時まで。



 -Ⅱ-


 薄暗い洞窟の中を、ブリンク・トゥルーエイムは激情に身を任せて疾走していた。

 行く手を遮ろうと、魔障の者達が立ちふさがるが、たちどころにうち滅ぼされてしまう。散らされた死骸はまるで刈り取られた雑草のようだ。

 数という数が苦し紛れに襲いかかってみるが、そこに一切の容赦はなかった。

 もはやどちらが悪魔なのか分からない。そう思われても仕方ないほど、ブリンクの猛撃は苛烈をきわめていた。

「本当に忌々しいやつらだ……!」

 口ではそう言いながらも、実際のところブリンクの進撃を少しでも邪魔できた者はいない。

 本能の命ずるままに次々と敵を屠りまくった。飛散する血液が空気をじめつかせる中でも汗ひとつかいていない。

「一匹残らず始末してやる」

 純粋な怒りしかなかった。むしろそれ以外の感情など必要ない。怒りこそが、彼が生きていることを証明できる唯一のものであった。

 目にうつる世界の全てが憎くて仕方なかった。思い出すのは恨めしい奴らの(つら)ばかりだ。

 沸きあがる感情を悪魔達にすべて叩きつけ、奥へ奥へと進む。

 ブリンクが突き進む間、洞窟内には地震のような轟きが断続的に響いていた。同時に起こる振動は、足を取られそうなほどである。

 音は洞窟の奥からだ。

「この音と揺れはいったい……」

 気にはなったが、この先に何が待ち受けていようとも、ただひたすらに進むしかなかった。

 いつの間にか悪魔達も背を向け、同じ方向へと進んでいる。その様子は死神の鎌から逃げているというよりも、この先にある何かのもとへと急いでいるかのようであった。

 この間も、力強い地響きは鳴り続いていた。

 一体この先には何があるというのであろうか。

 長い洞窟を駆け抜け、最奥へとたどり着く。

 敵の数も残すは三十匹程度だ。蹴ちらす対象が少なくなると、ブリンクの憤怒の色は少しばかり赤みが薄くなった。

 ここまで来ると、音の正体もはっきりと分かるようになる。

 しかし分かった途端、人生で一番の驚きを味わった。

 悪魔が群がる中心に居たのは、五歳ほどの人間の男の子なのである。

 錯乱しているようで、雄叫びとも悲鳴ともとれる叫びを発しながら、泣きじゃくっていた。

 ブリンクを驚かせたのはそれだけではない。なんとその幼児が、大人の背丈ほどはある巨大な岩の塊を振り回していたのだ。思わず自らの目を疑ってしまったほどである。

「おいおい、なんだよありゃ、どうなってる」

 悪魔達はがむしゃらに振り回される岩に翻弄され、近づいては無意味に命を散らしていた。

 岩が地面や壁に叩きつけられると、世界が揺れるような衝撃が走る。

  振り回している子供の叫びは、聞くに耐えがたいほどの悲痛に満ちていた。

「子供がさらわれたとまでは聞いてないぞ」

 ブリンクは茫然としてしまったが、このまま見過ごすわけにもいかず、まずは群がる敵を一掃するべく踏み込んだ。

 いかに悪魔といえども、この時ばかりは本物の地獄を味わったに違いない。数分の間、ほの暗い洞窟内には魔障の者達の断末魔が絶えず流れ続けた。

 厄介だったのはその後だ。

 悪魔を殲滅(せんめつ)した後も、子供は狂ってしまった様子で岩塊を振り回していたのだ。保護しようにも、近づくことすらままならない。

「おい、お前! もうやめろ!」

 いくら声を張り上げても、男の子の耳には届かなかった。

 お母さん、お父さん、と叫ぶばかりである。

 ブリンクは大きく舌打ちしたものだったが、決して見捨てようとはしなかった。

 おそらくこの子は両親を悪魔に奪われてしまったのではなかろうか。幼く純粋な心を不安定にさせるにはそれだけで十分すぎるだろう。

 ブリンクは自分の髪を無茶苦茶に搔きまわすと、最終的には意を決し、疾風のような速さで一歩を踏み出すと、その勢いに乗って荒れ狂う岩をすり抜ける。

  体を低くして素早く滑り込み、子供の後ろに近づいたのである。

 岩がブリンクの頭上を通り過ぎたが、間一髪で避けると、彼の自慢の帽子が押し潰されただけで済んだ。

 すかさず男の子を羽交い締めにする。

「落ち着け。俺は敵じゃない。お前を助けに来たんだ」

 耳元で優しく語りかけてもすぐに効果はなかった。

 五歳ほどとはいえ、無意識に出る力は相当なものである。とにかく振り払われぬようにするので精一杯だ。

 数分ほど粘りに粘ったところで、子供の心も少しずつ落ち着いてきた。

 岩が手放され、近くに重々しく落下する。

 それでも泣き止むことはなかったが、狂気を帯びていた涙は次第に安堵の涙へと変わっていった。

「大丈夫だ、安心しろ」

 ブリンクも合わせて力を抜くと、今度は男の子を正面に見据えた。

 握りしめれば潰してしまいそうなほどか細い体は痛々しいほどに震え、大きく開かれた口からは嗚咽が絶えず漏れ出ている。

 見ているこちらが心苦しくなるほどであった。戦争は終わったというのに、それでも孤児が増える一方だとは。

 これほどまでに世界とは残酷なものなのか。

  たまらず、男の子をぎゅっと抱きしめた。

 怒りが立って歩いているかのようであったブリンクが、急に感情の変化を覚えたのである。

 愛おしいと思った。この子を守ってあげたいと思った。何よりも温もりが欲しいと思った。

 落ち着かせようと思って抱きしめたはずが、逆にブリンクの心が癒されていく。不浄の念に燃えたぎっていた魂が、浄化されるようであった。

 触れ合うと、早鐘を打っている子供の心臓の鼓動が痛いほどに伝わってくる。か弱い体がこんな過酷な環境の中で、必死に生きようとしているのだ。

 さらにきつく抱きしめると、子供の感情はいっきに高ぶり、小さな体からとめどなくあふれ出した。もてる力を振り絞ってブリンクを強く抱きしめ返す。

「そうか。お前も独りぼっちなんだな」

 ブリンクは男の子と一緒に涙した。この感触と暖かさは一体いつぶりであろうか。懐かしき良き思い出の数々が、ブリンクの心をきつく締め付けた。

 それからしばらく、洞窟の中には二人の泣き声が誰にも知られることなく木霊した。


 後にレニと名付けられるこの子供と、ブリンクとの出会いは、世界を変える小さな歯車のひとつとなる。ぽっかりと穴の空いていた空間に歯車がはめ込まれると、止まっていたまわりの大小の歯車が一斉に動き始めたのであった。

 これから世界は夜という闇に覆われ、そしていつ訪れるのかも分からぬ朝を待ち続けることとなる。

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