おまけ
「ところで白亜ちゃん」
「?」
西浦に作って貰った鶏もも肉のソテーを、美味しそうに食べている白亜は、隣に座るセルシアの方を見て首を傾げた。
「なんであなた、血も吸わずに生きてられたの?」
ちなみに、昨夜の出来事のせいで疲れ切った西浦は、ソファーで気持ちよさげに爆睡している。
「ん」
「えっ、何?」
西浦に、ナイフで一口大に切ってもらった肉をフォークに刺して、白亜はセルシアの口元にそれ突きつける。
「ん」
「食べろってこと?」
コクン、白亜が頷いたのを見て、セルシアは不思議そうな顔をしつつも食べてみる。
「あ、おいし……、ん?」
絶妙の味付けのそれを、よく味わってから飲み込んだ時、精気がじんわりと身体に染み渡る感覚がした。
「あー、なるほど。そういうことね」
それは戦闘を行うには全く足りないが、普通に生活するだけなら十分な量だった。
「ん」
白亜は、どことなく得意げな顔でコクリと頷いた。
程なくして全部食べ終えた白亜は、シンクに皿を少し背伸びしながら置き、いつものように部屋の隅っこで体育座りした。
「……」
じっと西浦を見つめている白亜は、彼が助けに来てくれた時の事を思い出していた。
……おやおやぁ?
真っ白な頬を朱に染めている彼女を見て、セルシアはふつふつと悪戯心が湧き上がってくる。
「いまの彼、血吸い放題よねぇ?」
わざとらしく舌なめずりして、彼女は西浦の頭元にしゃがんだ。
「なーんて、じょ――、あだっ!」
「だめ!」
大慌てで駆け寄ってきた白亜が、タックルするようにセルシアを押しのける。
「あっ、ちょ!」
そのせいでバランスを崩したセルシアと白亜は、つんのめるように西浦の上に覆い被さった。
「ぐえっ!?」
顔と腹にツープラトン攻撃をもらった西浦は、とっさに目の前にあるモノを掴んだ。
「ちょっと! どこ掴んでっ!」
それの正体は、セルシアの形の良い豊かな胸だった。
「うわあああ! 悪い!」
彼が慌ててそれ手放すと、火が出そうなほど赤い顔をして、飛び退いた彼女は胸を守る様に腕を組む。
「だ、断じてわざとじゃないぞ!」
「ししし、知ってるわよ!」
西浦が釈明のために上体を起こしたせいで、腹の上にいた白亜が転がり落ちて床に額を打ち付けた。
「……」
「……白亜?」
その体勢のまま微動だにしない彼女に、心配そうな声色で西浦が呼びかける。
「いたい」
むくりと頭を上げた彼女はペタンと座り、西浦をじっと見つめてそう言った。額が赤くなっているが、彼に抗議の目を向けているわけでは無い。
「大丈夫か?」
「ん」
肌と同じ色をしたショートカットの頭を撫でると、白亜は気持ち良さそうにしている。
「それにしてもあんた、いったい何者なのよ」
ダイニングチェアに腰掛けたセルシアは、皿を洗おうと立ち上がった西浦に訊ねた。
「俺は女の子に優しい料理人だよ」
彼の後ろを白亜がトコトコと付いて歩く。その様は、さながら飼い犬のようだった。
「へぇー。なら私もここに住ませてもらおうかな?」
なんなら私をお嫁さんにでもしちゃう? と冗談半分で言ったセルシアへ、白亜は威嚇する様に睨み付けた。
「これも冗談よ。冗談」
実は割と本気なセルシアだったが、固有能力を発動されると堪らないのでそう言って誤魔化した。
「お嫁さんはあれだけど、別に住んでくれても構わないよ?」
西浦は全く嫌がらないばかりか、むしろ歓迎するような口ぶりで言った。
「……」
ムスッとした顔になった白亜は、西浦の背中を平手で叩いてから、さっきのポジションに戻って拗ね始めた。
それを見た西浦は洗い物をほっぽり出して、白亜の目の前に飛んできた。
「おーい、白亜? 俺なんか悪い事言ったか?」
「しらない」
「ほら、賑やかな方が楽しいじゃないか」
「しらない」
目すら合わせようとしてくれない白亜に、困り果てた西浦は、
「白亜が前言ってたお菓子作るから、機嫌直してくれ」
甘い物で機嫌を取ろうとしたが、彼女は膝を抱えたまま横になって、そっぽを向いてしまった。
「……セルシアさん、どうしたら良いと思う?」
「さーねー。自分で考えなさい」
なんだか楽しくなってきたセルシアは、西浦のSOSを適当に流して、ニヤニヤした顔でその様子を観察する。
西浦が今までの発言を振り返り、必死に自分の落ち度を探していると、
「……私、一緒、……つまらない?」
ふくれっ面の白亜はそう言って、やっと西浦と目を合わせてくれた。その瞳は心なしか潤んでいるように見えた。
「いやいや、そんな事絶対ないよ」
「嘘。あなた、その人……、住んで良いって……」
そこでやっと西浦は、彼女が機嫌を悪くした原因が分かった。
「そっか、白亜は俺と二人きりがいいんだね」
半べそ状態の白亜の頭を撫でて、ごめんな、と西浦は申し訳なさそうに笑った。
「……ん」
身体を起こして西浦に抱きついた白亜は、彼の胸元に頭をこすりつける。
「セルシアさん、悪いけどやっぱり住むのは無しだ」
「了解でーす。からかってごめんね白亜ちゃん」
あ、でも遊びには来るのは許してくれる? と白亜に訊くと、まあ、そのくらいは、といった感じで彼女は一応OKを出した。
今日も仕事がある西浦は、仮眠をとるために寝室に行ってしまい、リビングに居るのは白亜とセルシアの二人だけになっていた。
「うーん、休みの朝のテレビってつまらないわね……」
「……」
二人はソファーに座ってボケっとテレビを見ていた。セルシアはまだまだ元気が余っているが、白亜はもう電池切れ寸前だった。
「……白亜ちゃん、眠いなら寝たらいいんじゃない?」
半分以上眠っている状態の彼女は、頷いてから立ち上がり、ふらふらとした足取りでリビングから出て行った。
さらに暇になったセルシアは、西浦の寝顔を見ようと思い立って、彼の寝室をこっそり覗き見た。
「うわお」
寝ている彼の隣で、布団にもぐりこんだ白亜が眠っていた。その表情はどことなく幸せそうなものだった。
悪戯っぽい笑みを浮かべたセルシアだったが、空気を読んでそっとしておく事にした。
「お幸せにーっと」
小声でそう独りごとのように言った彼女は、ゆっくりとドアを閉めてリビングへと戻っていった。