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第5話

 青年は白亜と共に、昼を越すための寝床を探して、裏道をうろついていた。年始の休みの影響で、安宿さえもどこも満杯だった。

 ちょうど蛍光灯が切れた街灯の下に来た時、銀髪のモジャ吸血鬼男が二人の目の前に降り立った。

「やあ、探したよ」

 そう言う男はぱっと見でもわかる、胡散臭い笑みを顔に貼り付けている。

「是非とも、探さないでもらいたかったね」

 自分の顔を見上げる白亜を、背中に隠した青年は、

「で、何の用だい?」

 そう訊ねて、上っ面だけの鉄壁の笑みを男に向けた。

「そろそろ、私を裏切った君を許してあげよう、と思ってね」

 鼻の下を伸ばしている男の目線は、青年に隠された白亜に向けられていた。それはまるで、目の前獲物を狙う蛇を思わせた。

「で、代わりにこの子を渡せと? 嫌だね」

 それを見て青年は、不快そうにわざとらしく顔をしかめた。

「君は私の眷属だ。主人に従え」

 図星だった男は、すぐに顔が赤くなり始めて、ギリギリと歯ぎしりをする。

「お断りだ。僕は穏やかに生きたいんだよ」

 少し挑発的な感じで話す青年の服の裾を、後ろにいる白亜がギュッと握りしめる。

「うるさいうるさいうるさい! 俺様の! 言う事を! 聞け!」

 かんしゃくを起こした男は、強く地団駄を踏んで吠えた。

「そんなにこの子が欲しいなら、僕を殺してでも奪ってみるんだね」

 青年にそう挑発された男は、怒り狂ってよく分からない奇声を上げ、剣を手にして青年に斬りかかった。

 青年は男の手首を掴み、剣を振り下ろす前に腕の動きを止めた。

「白亜。僕が彼を足止めしている内に、遠くに逃げてくれ」

 腕を震わせつつ苦笑いをする青年は、額から汗を滴らせながら、白亜にそう告げる。

「――っ」

 だが彼女は、何度もかぶりを振ってそれを拒む。

「君には、僕の知っている事を全部を教えた。だから大丈夫さ」

 そんな彼女へ、青年は必死に諭すように言う。青年の腕力が男の力に耐えきれなくなり、剣の切っ先が徐々に額に近づいてくる。

「い、や……っ」

「行くんだ、白亜!」

 なおも逡巡する白亜に、青年は強い口調でそう指示をする。

「君には誰にも縛られず、生きて欲しいんだ」

 白亜を逃すため必死に耐える彼を見て、ついに彼女は振り返りもせず、全力で夜空を駆けて行く。

 彼女は無我夢中で飛び続け、ここしばらくいつも遠く見えていた、いくつもの山々が聳え立つ山地を越えた。するとその眼下に、遠く街明かりが見えてきた。大きな川が街を縦断しているのか、明かりのないエリアが、いくつか黒い筋のように見える。

「……?」

 少し息切れがし始めた彼女の、赤く光る瞳から止めどなく涙がこぼれ落ちる。

「どう、して……」

 頬を伝って流れるそれは、球になって後ろへと飛んでいく。

 限界まで魔力を使い果たした白亜は、いくつかのマンションが道の両脇に立つ、道沿いのゴミ置き場に降り立った。もう涙も枯れてしまった白亜は、三方がコンクリートの塀で仕切られている、そこの隅で身体を縮こまらせている。

 誰も頼れる物がない不安感と、青年を失ってしまった喪失感に、白亜は押しつぶされそうになっている。

「やあ、お嬢さん。家出かい?」

 そんな時、ゴミ置き場の前を偶然通りかかった西浦が、親しげな表情で彼女に話しかけてきた。

 しゃがみ込んで目線を合わせる彼の、優しくげなその声は、自分を死の淵から救ってくれた青年の様な、とても温かいものだった。


                  *


「白亜!」

 ぼんやりと走馬燈を見ていた白亜は、自分を呼ぶ西浦の声によって、現実に引き戻された。

「……何、で?」

 顔を上げた白亜は、唖然とした声様子で西浦に訊ねる。

「……っ」

 彼の後ろでは、セルシアが男に苦戦していた。彼女は体力を大分消耗していて、肩を激しく上下させている。

「あんな顔されて、ほっとけるわけがないだろ?」

 柔らかい表情で、白亜の頭を撫でた西浦は、手足を縛る縄をほどいて彼女を解放した。

「でも私は……っ」

「何だろうと関係ない、って言ったろ」

 手に付いた白亜の灰を一瞥して、そんな事より、と言って西浦は、自分のシャツの第二ボタンを開けて首筋を見せた。

「俺の血を吸ってくれ、白亜」

 このままだと、君はやばいんだろ? と真剣な顔した西浦が言う。

「だめ……、そんなの……」

 ふるふると首を横に振り、吸血をためらう白亜。

「俺は、白亜に死んで欲しくないんだよ」

 そんな彼女の肩をそっと掴み、西浦は穏やかに語りかける。

「……どう、して」

「それ以上の理由なんて、いらないだろ?」

 片膝を付く彼に、そっと抱かれた白亜は、堰を切ったように涙を流す。

「傍……、いる?」

「勿論だよ。可愛い女の子を放っておくほど、俺は冷たくはないからね」

 そのはっきりとした答えを訊いて、それまで人形のようだった彼女の表情が、微かにほころんだように見えた。

「……分かった」

 白亜は口付けするように、そっと彼の首筋に噛みついた。それと同時に、

「きゃあッ!」

 吹っ飛ばされたセルシアが、二人の後ろの埃まみれな床に落下する。

 衣服がボロボロになっている彼女は、血がにじむ腹部をおさえ、横たわって喘ぐ。

「ま、ず……っ」

 恐らく、殺してやる、と喚き散らす男は、剣を最上段に構えて、西浦と白亜に斬りかかろうとする。

「避け――。……え?」

 凄い顔をして涎まで垂らしていた男が、白い閃光と共に、セルシアの目の前から忽然と消え去った。

 その光が薄れると、掌を突き出している白亜の姿があった。彼女の瞳には、鮮やかな光の余韻が残っている。

「すげえ! 今のどうやったんだ?」

「……固有能力。……私の」

 しばらく呆けていた西浦だったが、すぐ立ち上がって白亜を抱きしめ、子どもの様にはしゃぐ。

「あんたって凄いのね……」

 槍を杖代わりにして、セルシアはよろりと立ち上がった。その腹部の傷は、すっかりふさがっている。

「でもそれ、最初から使えばよかったんじゃないの?」

 彼女は内心、自分に使われなくて良かった、と冷や汗をかいていた。

「精気、一杯ない、無理」

「あー、使うには精気がたくさんいるんだね」

「ん」

 コクコクと頷いた白亜は、西浦の手をそっと握った。

「ああ、そうい――、ッ!」

 何気なく空を見上げたセルシアは、東の空が微かに白んでいることに気がついた。

「ってヤバッ! 日が昇っちゃうじゃん!」

 彼女は顔を真っ青にして、西浦にくっついている白亜に、早くどこかに隠れるように急かす。

「俺の家でよければ、セルシアさんもどうかな?」

 西浦のとっさの提案に、白亜は少し不満そうな顔をしたが、なにも言わずに羽を出した。

「お願いするわ! まだ焼かれたくないの!」

 白亜は西浦を抱えて飛ぼうとしたが、彼が重すぎて浮上する事ができない。少し彼の血を吸ってからトライしたが、結果はほぼ一緒だった

「……む」

 何なら俺、歩いて帰ろうか? と言う申し出を断り、むきになって飛ぼうとする白亜。

「ああもう! 私が運ぶから道案内して!」

 それを見かねたセルシアは、西浦を奪い取るように引っ張り、小脇に彼を抱えて浮かび上がった。

「頼めるか?」

「……わかった」

 致し方ない、と判断した白亜は、セルシアを先導して西浦の自宅へと飛んだ。


 なんとか日の出前までにたどり着き、三人はなだれ込むように部屋へと入った。

「あー、死ぬかと思った……」

 グデグデのセルシアは、ソファーに倒れ込むように寝そべる。ブラインドのおかげで、部屋の中に直射日光は入ってこない。

 白亜はというと、ダイニングテーブルのイスに座り、冷蔵庫を凝視している。

「今から作るから、ちょっと――、あ」

 エプロンを腰に巻いて手を洗った所で、西浦はオリーブオイルを放置していた事を思い出した。

「……」

 それを察した白亜は、目に見えて落ち込んでいる。かける言葉を見つけられない西浦に、思わぬ助け船が出された。

「それって、もしかしてこれ?」

 起き上がったセルシアが、自分の薄い影の中から、四角い緑色の瓶を出した。

「ありがとう! 助かったよセルシアさん!」

 小走りで駆け寄ってきた西浦は、それを受け取ると、

「ど、どういたしまして」

 トギマギする彼女の手を握って、何度も頭を下げる。

「白亜、もう少し待っててくれよ」

 爽やかな笑みを浮かべる彼の隣に、いつの間にか白亜が立っていた。

「……」

「どうした?」

「……取る。だめ」

 彼女は西浦の腕をとって抱き寄せ、ムッとした顔でセルシアを見た。

「おおう、お熱いねえ」

 彼女が茶化すように言うので、白亜はさらに機嫌を悪くした。

「あんまりからかわないでやってくれよ」

 娘を見る父親のような目で白亜を見ていた西浦は、セルシアをふんわりと窘めた。

「はーい。ごめんね白亜ちゃん」

「……いい」

 あんまり反省してないセルシアを、白亜はジト目で見ていた。

「今度こそちゃんと作るからね」

 彼女の頭をわしゃわしゃしてから、西浦は再びキッチンへと向かった。

 一応、同意して機嫌を直した白亜は、ちょこんと元の席に座った。

「……」

 調理を始めた西浦の姿を見つめる彼女は、いつもより柔らかな表情をしていた。

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