表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

第3話

「やれやれやっと買えた」

「……」

 店から出た西浦の後ろを、白亜が少し距離をとって付いてくる。

「帰ったらすぐ作るからな」

 西浦は何事も無かったかのように、普段と変わらず朗らかに笑って言う。

「……」

「ん?」

 伏し目がちな白亜が、彼のシャツの裾を引っ張った。彼女に合わせてゆっくり歩いていた西浦は、振り返って足を止めた。

「違う……、嫌?」

「……ああ、そういうことか」

 彼女が何を言わんとしているのか理解するのに、西浦でさえ数秒掛かった。

「いいや。白亜が何だろうと、可愛い女の子には変わりないからね」

 笑みを浮かべたまま、少し屈んでそう言った西浦は、白亜の頭をフードの上から撫でる。

「……ありがとう」

 普段全く表情を変えない白亜だが、一瞬だけ、少し照れているように見えた。

 二人は横断歩道を渡り、ビルの谷間にある細い道に入った。彼らが二、三会話をしつつ、それの中頃まで来た辺りで、

「やあやあ、どうも」

 先程セルシアと交戦した男が、空気を全く読まずに二人の前に降り立った。

「何の用だモジャ野郎」

「モジャ野郎!?」

 ものすごくぞんざいな返答で、西浦は男に先制パンチを食らわせた。

「……!」

 その男を見た白亜の態度が、明らかに怯えていた。

「お前この子にいかがわしい事しただろ!」

 その様子を見た西浦は、男を指さしそう言い放つ。

「いやちょっと待たないか君」

 豆鉄砲を喰らったハトになっていた男は、とんだ濡れ衣を着せられかけ慌ててつっこみを入れた。

「いーや。間違いない」

 顔からして絶対そうだ、と決めつけられてしまい、男は反論すらさせてもらえない。

「君は誰にものを言っているか、分からないようだね」

 男はふつふつと怒りが込み上げてきて、顔がどんどん赤くなっていく。

「身をもって分からせてあげよう!」

 声を裏返し気味にそう叫んで、男が手を空に掲げると、たちまち指の先に黒い塊が浮かぶ。地面に投げつけると、それは霧となって辺りに充満した。

「霧、危険!」

 白亜はそれが瘴気だと感づいて、西浦にそう警告をしたが、既に吸い込んでしまい、激しく咳き込み地面に倒れ込んだ。

「……」

 目を薄く発光させ、白亜は背に真っ白な翼を生やした。それで何とか苦しむ彼を持ち上げようとするが、彼女の力ではどうにもならない。

「私の物になれ。そうすれば、そいつは助けてやろう」

 余裕全開の男が霧の向こうから、大層偉そうに白亜へと呼びかける。

「……っ」

 怯え顔の彼女は逡巡し、駄目だ、と首を横に振る西浦の方を見た。

「さっきの、来る」

 ついに覚悟した白亜は彼にそう言って、霧の向こうへ行こうとする。

「や、めろ……」

 まともに息が出来ない中、西浦は必死に彼女を止めようと手を伸ばす。

「……迷惑。悪い」

 恐怖を押し殺した表情で、申し訳無さそうに一言話し、白亜は行ってしまった。

「は、く……」

 身体がやけに重い西浦は、ただ地面を弱々しく殴ることしか出来なかった。

「ちょっと! 生きてる?」

 直後、『さっきの』こと、セルシアが空から舞い降り、彼を抱えたまま軽々とビルの屋上へと運ぶ。

「あの子は……っ」

 やっとまともな空気を吸った西浦は、そうセルシアに訊ねるが、

「もういないわ」

 彼女はそう短く答えて、力なくかぶりをふった。

「白亜……ッ」

 霧に紛れる瞬間に見せた表情が、西浦の脳裏に焼き付いて消えない。

「一応訊くけど、何があったのよ」

 四つん這いで奥歯を噛みしめる彼に、かがみ込んだセルシアがそう訊く。

「男が、来たんだ」

 事の顛末を説明した後、彼女は西裏にその男の人相を訊ねた。

「嫌な予感的中……、ね」

 そう言って彼女は、忌々しそうに顔を歪めて前髪を掻き上げる。

「とんでもないゲスよ。あの男は」

「どこに居るか分かるか?」

 すがるように訊く西浦に、また首を横に振るセルシア。

「気配を散らしたみたいで、どっちに行ったか……」

 中位風情が生意気よ! とこれ以上に無いほど、彼女は不快そうな顔をしている。

「なんか無いのか? 頼むよ、セルシアさん」

「無茶言わないでよね。あったらとっくに使ってるわよ」

 セルシアは何も出来ない苛つきを、ため息を吐くことで発散している。

「アイツの血でも残ってれば、話は別なんだけど……」

「吸ったのか?」

「なわけないでしょ! ……返り血を舐めちゃっただけよ」

 そうぼやきつつ彼女は、右手を前に突き出して、ぶん投げた槍を転移させた。

「……あれ、血が付いてる」

 そう言った西浦が指さした、槍の先っぽに乾きかけた血が付着していた。

「誰かに刺さったかもね」

 それを指先でこすりとり、口に入れて舐め取る。刺さった誰かに対する心配を、彼女はしていない。

「うえっ、アレのじゃな――、ってアレの!?」

 私ナイス! とセルシアは自画自賛して、西浦と同時に小さくガッツポーズをした。

「じゃあ、早速たのむよ」

「任せなさい」

 質量感のある胸を張って胸元をトンと叩くと、早速、彼女は自分の血を使って魔方陣を描く。その中心に、ポケットに入っていた、手の平ほどの紙切れを置いた。

「あのクソ野郎、絶対殺す……」

 ものすごく怨念が籠もった声と面構えで、セルシアが呪文を詠唱する。

「おおう……」

 その様子に、さすがの西浦でもちょっと引き気味だった。

 呪文を唱え終ると、紙切れが紙飛行機になってふよふよ浮かんだ。

「こっちね」

 それは樹木が生い茂る、少し低い山を向いていた。

「行くわよ」

 長身の西浦を小脇に抱え、セルシアは屋上から飛び立った。彼女の飛行速度に合わせて、紙飛行機は並行して飛ぶ。

「野暮なこと訊くようだけど」

「なによ?」

「なんであの子を助ける手伝いを?」

 はっきり言って、なんの利益も無い行為だと、西浦は思っている。

「気が向いただけよ」

 まあアレがむかつくってのは確かだけど、口角を少し上げてウインクした。

「それもだけど、あんたの精気に興味があるんだ」

 放出量が並の人間を越えているのよ、と言ってる内に、

「とと……」

 その方向に結界が張ってあって、セルシアはそれとの衝突前に緊急停止した。

「全く厄介ね……」

 そのまま下に降りた彼女は西浦を降ろし、またさっきの槍を出した。

「ちょっと離れて」

 そう言ったセルシアは、ちぇいさー! という叫び声と共に結界を突きまくる。


「やっと手に入れた」

 ニタニタと笑って、イスに縛り付けた白亜を眺める。

 二人は山奥に放置されている、古い空き別荘にいた。屋根に穴が開き酷い雨漏りがしていて、白亜の後ろの壁に大きな染みが出来ている。

「……」

 彼女は無言のまま、睨むでもなく怯えるでもなくそれを観察していた。

「しかし、素晴らしい造形だ」

 白亜の弾力のある腿を、男は舐めるように撫で回す。それからフードを脱がせ、上着のファスナーをへその上辺りまで下げた。

 真っ白な白亜の首筋を、男はべろりと舐める。しかし、彼女は声を出すどころか、無表情で身じろぎ一つしない。

 思い通りに反応しない、彼女のその態度に腹を立てた男は、

「少しは、何か反応したらどうだ」

 そのあまり豊かでは無い胸元に、手を差し入れて中を弄る。

 だがそれでも、白亜は前を見たまま沈黙を貫いた。

「ふざけるな! 苦労した分満足させろメスガキ!」

 瞬間湯沸かし器の様にキレる男は奇声を発しながら、白亜を縛り付けた木製イスの、背もたれを蹴って前に倒した。

 彼女はささくれが酷いフローリングの床に、こするように額を打ち付けた。

「……」

 男が無理やり起こすと、額の傷口から流れた血が、白い肌に一筋の赤い線を作る。

「何か言え! 痛がれ!」

 喚く男はまたイスを蹴って、今度は横倒しにした。次に、白亜の華奢な腹に何度も強く蹴りを入れる。

 胃の中にあった物を吐き出しはしたものの、彼女の表情は何一つ変わらない。

「――ッ!」

 苛つきが頂点に達した男は、バケツに溜まっている雨水を、横倒しの白亜の頭に掛けた。

「……」

 無論、そのくらいでは反応するはずはない。

「もういい! 貴様はコレクションには加えない!」

 吐き捨てるように言った男は、白亜の白い髪の毛を鷲掴みし、乱暴にイスを引き起こした。

「さて、どんな味がするのかなあ!」

 せめて食事としての役には立てよ、と男は彼女の額から、未だ流れ出ている血を舐め取った。

「これは素晴らしい! 上物じゃないか!」

 口の両端が吊り上がっている男は、傷口からしみ出す血を、樹液にたかる虫のように舐め続ける。白亜の顔がその唾液で汚れた。

「これで分かったぞ」

 彼女の血の味を一通り味わった男は、

「『ヤツ』が貴様を護ろうとした理由がなぁ!」

 そう大声で言い、自分に酔ったような顔で含み笑いをした。

「あの男は、貴様を家畜にするつもりだったんだな!」

 どや顔の男の中指が、白亜の細いのど元をなぞる。

「……ッ」

 その言葉を聞いた彼女が、激しくかぶりを振った。初めて自分の思い通りの反応をしたことに、男は興奮を覚えて破顔する。

「貴様は家畜だ! 家畜だ! 家畜だ!」

 言う度に白亜が首を横に振るので、男はバカみたいに同じ言葉を連呼して、一人で勝手に盛り上がっている。

「聞き捨てならないね。僕は純然たる善意で助けたんだけど」

 それに水を差すように青年の様な男の声がして、光の球がボウッ、と男の目の前に現われた。それは暖かな春の太陽のような色をしていた。


4話に続きます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ