9‐2.待つという選択肢
ここ一ヶ月、なんかイラつくなーとウィストは感じていた。
レンの件で二週間の謹慎処分を受けてからは、鍛錬や知識を増やすことで日々を過ごした。退屈であった分、謹慎が解けた後は今までの鬱憤を晴らすようにダンジョンに挑み、その結果、四階層まで踏破することができた。
色んな依頼を達成し、多くのモンスターを狩り、装備を新調したり、栄養のつく食事も心掛けた。死んでしまったレンの分まで、目一杯生きようと思ったからだ。
だからこそ、このイラつきは邪魔であった。今後の冒険に影響を与えかねない、そう感じていた。
イラついてしまう理由は分からない。だがその原因は分かっている。
ムガルダンジョンからギルドに帰還し、モンスターの素材を買い取って貰う。その後に食堂で食事を取ろうとしたときに、胸がざわついた。
「お疲れさん、ウィスト」
ヴィックがカウンターで食事を取っていた。しかし冒険用の装備ではなく、動きやすい私服を着ている。ここ最近、その恰好を目にすることが多くなっていた。
「うん、お疲れ。もしかして今日も別の仕事?」
「そうだよ。今日は商店の手伝い」
「……そっかー。最近多いね」
冒険はどうしたのよ、という言葉を継ぎ足しそうになって飲み込んだ。
「いろいろと新しい発見があってね。結構楽しんでるよ」
話しながら笑うヴィックを見て、またもやっとした感覚がウィストの胸を纏う。
「ふーん。けどダンジョンに行くのも忘れないようにね。日が空くと冒険の仕方を忘れちゃうかもしれないよ?」
「もちろん気を付けるよ。あくまで本業はそっちだしね」
ウィストはほっと息を吐いたが、「けど」とヴィックが話し始めると身構えてしまった。
「今はこっちが優先かな。他にやることがあるから」
息を呑んでヴィックを見つめる。その表情から、本心で言っているように見えた。
冒険者にも色んな種類がいる。目的をもって冒険を続ける者、他に稼ぐ方法を知らないのでとりあえず冒険者になった者、必要に応じてモンスターを狩る者に。ヴィックは一番目に該当していると思っていた。
ただ今は冒険者である事に固執せず、色んな事を体験して見聞を広めている。それ自体は悪いことではなく、むしろ普通なことだ。ヴィックがやるのもおかしいことではない。
だがウィストは、冒険者でないヴィックを見るのはとても嫌だった。
ヴィックは一生懸命頑張ってモンスターを狩って、各階層を踏破していった。その姿は見ていて励みになったし、同じ冒険者としても見習うべきだと感じていた。それに、自分に憧れているという言葉を聞けて嬉しかったこともある。あの言葉で、より一層冒険者として頑張ろうと思った。
元々は母親の事を理解するために冒険者を始めて、それが分かれば冒険者を辞めても良いとも考えていた。しかし今となっては、辞めるつもりは無くなっていた。冒険者である自分に誇りを持てているからだ。その切っ掛けがヴィックである。ウィストの隣に立ちたい、という言葉は素直に嬉しかった。
ヴィックはウィストの隣に立つために努力をしていた。だからウィストは、隣に並ばれたときに失望されない様に腕を磨こうと思って精進した。先にマイルスダンジョンを踏破されたときは、ヴィックを祝福すると同時にウィストも奮起することになった。負けてはいられない、と。
それ故に、ヴィックが変わってしまうことが不安だった。このまま冒険から遠ざかり、辞めてしまうのではないか。
一瞬、それを聞いてみようかと思った。「冒険者を辞めるってことは無いよね?」と。
しかし、もし肯定されたことを考えると聞けなかった。以前ならともかく、今のヴィックは冒険以外の事も楽しんで取り組んでいるように見える。だからあっさりと「辞めるよ」とか言いそうで怖い。どうするか悩む姿も見たくなかった。
「心配しなくても良いよ」
ヴィックが落ち着いた声を出す。諭すような口調に対し、ウィストはヴィックの表情を窺う。
「さっきも言った通り、やるべきことができたから今はそれを優先しているだけだよ。それが終わったら、前みたいに戻るから」
その顔は、一心不乱にダンジョンに挑んでいたときのものだった。真剣な面持ちで語るヴィックに目が奪われてしまう。
おっとっと、まずいまずい。危うく惚れそうになったよ。
一度咳払いをして、いつもと同じ調子で返すことにした。
「じゃ、安心だね。けど遅すぎたら追いつけないくらい差ぁつけちゃうから、早くしなよ」
「容赦ないね」
そう言って、皿に残った料理を口に運ぶ。食事をする姿を見て、ウィストもお腹が空いてきた。ヴィックの隣に座り、好物のハンバーグ定食を注文する。料理が来るまで、ヴィックと話をしながら待とうと考えていた。
「ヴィッキー、おっつかれーい」
突如、ラトナが現れ、ヴィックの後ろから抱きついた。
「うわっ、危ないよラトナ」
「えへへ、ごめーんちょ。けどそれだけ会いたがっていたってことだから許してねん」
「どういう理屈だよ」
ヴィックは呆れた顔をしながらも、嫌がっている様には見えない。むしろ内心喜んでいるんじゃないかと思えた。
「あ、ウィズ。お疲れちゃん」
「お疲れ。……二人、仲良いんだね」
「まーぁねぇ。これからも一緒に出掛けるくらいにはね」
「こんな時間に?」
「そそ、商人ギルドに行って、バイト先を探すの。ヴィックも良いのがあったら一緒にやる予定なんだ」
「昨日見た限りだと、良さそうなのはなかったけどね」
「今日ならあるかもしれないじゃーん。だからね、早く行こ」
ラトナはヴィックの背中に身体を押し付けながら急き立てる。というか、胸を当てているようにも見える。ヴィックの顔に、少しだけ赤みが差していた。
ヴィックは素早く食事を終えると、会計を済ませて席を立つ。「またね」とヴィックが言うと、ラトナも「まったねー」と続けて、ウィストは別れの言葉を告げられる。ウィストが「うん、またね」と返すと、その後にラトナは、ヴィックの腕を抱きながら歩き始めた。「恥ずかしいから……」と言うヴィックに対し、ラトナは「いいじゃんこれくらいー」と返す。放す気は無さそうだった。
二人が外に出ると、近くの席から舌打ちする音が聞こえた。さりげなく視線を送ると、二人の青年がテーブル席に座っていた。
「中級冒険者になったからって調子に乗ってやがんな、あいつ」
「結構頑張り屋なイメージだったんだけどな。がっかりだよ。あれじゃあ中級ダンジョンで痛い目みるな」
「もう見てるらしいぜ。なんせ一匹も倒せずにリタイアしたって話だからな。それ以降挑戦していないらしいぜ」
「マジで? ただのチキンかよ。見込んでた俺が馬鹿みたいじゃん」
「だから言ったじゃねぇか。ハイエナって噂されてたくらいなんだから、結局はそう噂される程度の冒険者なんだよ」
歯を食いしばって怒りを抑える。「それは違う」と反論したいが、ウィストも自分の考えが分からなくなっていた。
ヴィックは冒険者を辞めるつもりは無さそうだが、最近の振る舞いからはそれを読み取れない。どっちがヴィックの本心なのか、判断できなかった。
「待つしかないのかな……」
ヴィックの言葉を信じて待ち続ける。その選択肢しかないように思えて気が滅入った。注文した料理が出されてから一口分を切り取って口に運ぶ。
好きな料理を食べても、やはりイラつきは収まらなかった。




