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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第九章 兼業冒険者

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9‐1.彼女が居ない冒険

 ムガル中級ダンジョンの三階層、カイトは仲間と共に二体のモンスターを相手取っていた。モンスターの名前はダガン。一二階層で生息していたサイガンと似ている。四本足で短い一本角を生やしておりサイガンよりも一回り小さい体格だが、岩の様に硬い甲羅を纏っている。刃が通らないので、倒すのが面倒なモンスターだ。


 突進するダガンを避けてやり過ごす。足は速くないが迫りくる威圧感はなかなかだ。勢いに乗った突進に当たったら壁にまで吹き飛ばされるほどの威力がある。盾を持っていても受けきれる自信は無い。

 しかし何度も突進をされたお蔭で、ダガンの動きが読めてきた。仲間に視線を送るとベルクとミラが準備を始める。カイトは二体の内、突進してきた一体のダガンの動きを目に捉えた。


 ダガンの突進を避けるとすぐに後を追う。突進が外れて振り返ったダガンは、近づいて来たカイトに向かってまた突進をする。カイトは足を止めずにダガンに近づいた。構えた盾に、ダガンの頭がぶつかる。だが足を踏ん張らせて、少し後ろに押されたものの抑えることができた。勢いに乗る前なら、何とか止められることができる。

 ダガンが動きを止めた隙を狙って、剣でダガンの目を刺した。左眼を刺すと暴れられたが、反撃を食らう覚悟をして続けて右眼を刺す。動き回られたせいで深く刺せなかったがやるべきことはやれた。これでダガンの視界には何も映らない。


 すばやく身を翻して、待っていたミラと交代する。ミラはダガンに近づくと槍の長いリーチを活かして遠くから身体を突いた。傷は全くつかないがダガンの注意を引きつけるには十分だった。


「ほらほらほら! こっちこっち!」


 槍の穂の反対側にある石鎚で、地面を叩いて音を鳴らす。目が見えなくなったダガンは音を頼りにして敵を探すしかない。案の定、ダガンはミラの方に向かって行った。それを確認してからカイトはベルクの方に向かった。

 ベルクはダガンを一体引きつけている。突進を上手く避けて、しかしカイトやミラに標的を変えそうになったときは反撃をして注意を逸らせないようにしていた。意外と、地味な攻撃がベルクは得意だ。


「ベルク!」


 名前を呼んだのを合図に、「おう!」と返事をしながらベルクは下がる。同時にカイトが前に出て交代した。相手が交代したことにも気にせず、ダガンは突進してきた。それを最小限の動きで避けると、さっきと同じようにダガンの後を追いかける。すぐさまダガンが振り向いたが構わずに跳躍し、ダガンの背中に飛び乗った。そしてダガンの背中に剣を突き立てた。

 硬い皮膚に剣は通らない。しかし背中に乗られた上に攻撃をされて無視できないわけがない。ダガンは暴れ出して振り解こうとする。下手な怪我を負う前に、カイトはすぐに飛び退いた。


 ダガンは背中から降りたカイトを正面に据える。面倒な動きをされて苛立っているのか、ミラやベルクに注意が行っていなかった。思い通りの展開に、不覚にも口角が釣り上がる。次の瞬間、ダガンの後ろからベルクが現れた。大きなハンマーを振り下ろそうとしながら。


「ファイヤー!」


 ハンマーの攻撃と全く無関係な声を上げながら、ハンマーを真っ直ぐと振り下ろした。当たった瞬間、硬い物同士がぶつかる音が聞こえ、ダガンの背中が見事にへこんでいた。ダガンはぴくぴくと身体を痙攣させて動けなくなった。この状態ならもう動けない。


「残り一匹、やるぞ」

「任せろ」


 カイトはベルクと一緒に、残りのダガンを引きつけているミラの方に向かった。





「何だかんだでやれてるな」


 二体目のダガンを倒した後、ダガンの甲羅を剥ぎ取りながらベルクが言った。ダガンの甲羅は鎧を作る際に利用されるため、それなりに重宝される。ムガルダンジョンで数少ない、高額で買い取って貰える素材だ。しかし重いため、あまり多くは持って帰れない。二匹分の甲羅が限界である。

 甲羅を剥ぎ取るのもなかなかの重労働である。だが今まで何体ものダガンを倒したことで、今では剥ぎ取りながら喋る余裕はできた。


 いつもの他愛のない内容なら、ミラは嬉しそうな顔をしてベルクと話をするだろう。

 だが、ミラの顔には笑みが無かった。


「何だかんだって……何が?」


 他のモンスターに襲われることを想定して、周囲を警戒していたミラが不機嫌そうな声で聞いた。それに気づかないのか、ベルクは「ラトナのことに決まってんだろ」といつもの調子で答えた。


「マイルスダンジョンでも一旦パーティを抜けられて不安だったが、踏破するころには三人で十分やれてただろ? そんときと変わんねぇなってことだよ」


 分かり切っている事実を、しかし誰も口にしなかった現実を述べる。ベルクの言う通り、ラトナが居なくても問題無かった。いや、むしろ前より良くなったと思う場面も幾度かあった。

 マイルスダンジョン八階層目に挑戦してから、半分以上のピンチはラトナが起因となっていた。原因は取りこぼしたモンスターや不意を突いてきたモンスターがラトナを狙って来て、その対応のために守勢に回ることがあるからだ。


「変わんないってことは無いでしょ。後ろに誰もいないのって怖いし……」

「そんなのはもう慣れただろ? マイルスダンジョンで散々練習したしな。オレでも分かるんだから、お前ならもっと見えてんじゃねぇのか?」


 ラトナは知識が豊富で、落ち着いて周りが見えるのが長所だ。それを活かして、冒険者になったばかりの頃は何度も助けられた。だが時が経つにつれてカイト達も知識が増え、周りを見れる余裕ができ始めると、ラトナに助けられることが少なくなった。

 ラトナが一度離脱した時、周りを見れるように訓練もした。視線は前方に向けたまま、音や匂い、気配を感じ取って周囲に注意を向けた。お蔭で今ではラトナが居なくても周囲のモンスターの位置を察することができる。


「けど、やっぱりラトナが必要でしょ? 色々と私達のために勉強してくれて、それが役に立ってたじゃん」


 ミラの言う通り、今までラトナが出来たことを自分たちが出来るようになったといっても、ラトナがいらなくなったわけではない。ラトナはいろんな武器や道具を駆使して戦闘に有利になる工夫を凝らしたり、怪我した時の応急処置も学んでカイト達を助けた。医者見習いであったこともあり、治療技術は他の冒険者が目を見張るほどの腕前になった。だから戦闘では足を引っ張っていたかもしれないが、必要なメンバーであったことに変わりはない。

 ベルクは溜め息を吐いてから、ミラに視線を向けた。


「じゃあなんでお前は、ヴィックにラトナと組むことを勧めたんだ?」

「あれは違うって!」


 大声で否定して、ミラは言葉を続ける。


「なんか調子が悪そうだったから、気分転換のつもりで言っただけよ! ベルクだって、ラトナが変だってことに気付いてたでしょ?!」

「そりゃ、そうだけどよ……」


 思い当たるふしがあり、ベルクの言葉が途切れる。ミラが言った通り、あの時のラトナの調子は悪かった。だがその原因ははっきりとしていた。


 ある日、ラトナのミスでチームがピンチに陥った。モンスターを狩っているとき、普段なら周囲の状況を確認して新手が来たら報告するのがラトナの役目だが、見つけ損なって奇襲されてしまった。何とか返り討ちに出来たが、皆ボロボロで、装備も買い替えなければならないほどの痛手を負った。その負い目を引きずっていたことが明らかだった。いつも明るいラトナも、その翌日からは元気がなかった。


「ベルクも経験あるだろ。皆に迷惑をかけちゃったときのこと」

「それは―――」

「もちろん、俺達はもう気にしてない。だからラトナにも同じような対応をしたけど、結果は違ってしまった。けど元気になってほしいから、ミラはヴィックに提案したんだよ。実際、環境を変えるってのも効果的だと思うし」

「分かってるんだけどよぉ……いや、すまん。オレが悪かった」


 ベルクは自分の非を認めて謝罪した。ばれないように、カイトは安堵の息を吐いた。連携は上手く行っているものの、ピリピリとした空気を感じることが少しだけ増えた気がする。険悪な雰囲気になるのは御免だ。


 ラトナがチームを離れてから一ヶ月が過ぎていた。ラトナがチームに戻らないということを聞いて驚いたものの、当時はまだ余裕があった。口では戻らないというものの、前と同じようにいつかは帰ってくると思っていたからだ。

 しかし、それ以降のラトナの振る舞いを見て、そうは思えなくなった。

 二人はラトナが戻ってこないという現実を受け止め始め、それ故にイラつきが増してしまい、こんな空気になってしまうことがある。


「心配ものだよ……」


 ぽつりと独り言を呟いた。これからのチームの事、ラトナの事、そしてラトナと組んだヴィックの事を案じていた。


 ただ少し、カイトには楽しみにしていることがあった。


 ラトナは逃げ道としてヴィックを選んだ。だがエンブを相手に生き残り、ミノタウロスを撃破し、同期の中でいち早く中級冒険者になったヴィックが、ラトナの思い通りになるとは思えない。


 それに気づいたラトナがどう動くのか、カイトは密かにそのときを心待ちにしていた。


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