8‐13.彼女の真意と僕の決意
何を言っているのか分からなかった。以前にもラトナの発言に驚かされたことがあったが、あのときとは意味が大きく違っている言葉だった。
辞めるまでずっとだって? さすがにそれは冗談だろ。
僕の思考を悟ったのか、「本気だよん」とラトナは念押ししてくる。
「パートナーって……ミラさんから少しの間だけって話は聞いたけど、ずっとっていうのは初耳だよ」
「うん。だって今初めて言ったもんねー」
「そんな大事なことを仲間に……ベルク達に相談せずに決めたの?」
「相談したら絶対反対されるからねー」
「それを分かってて、何でできるの?」
「……ヴィッキー、怒ってる?」
正解だよ、とは口には出さない。ラトナなら言わなくても察してくれる。
「あんなに素晴らしい仲間が居て何で離れるの? 頼れる前衛のベルクに、素早く動けるミラさん、リーダーシップのあるカイトさんにサポート力のあるラトナの四人組は最高のチームじゃないか」
僕も加わりたいほどの魅力的なチームだ。同時期に冒険者になった者の中では、最も成功していると言われているチームと言っても過言ではないし、先輩チームにも負けないほどだ。だというのに、
「なんでそれほどのチームから抜けようとするんだ?」
ラトナの考えが分からなかった。一体何故チームを抜けるのか、何故僕なんかと組もうとするのか。ラトナの真意が知りたかった。
考える素振りを見せながら、「理由を話したら組んでくれる?」と訊ねられる。渋い顔を見せると、「じゃあ一ヶ月だけ」と妥協案を出された。それくらいなら良いだろう。僕は首を縦に振った。
僕はラトナの顔をじっと見ながら、話を聞く体勢になる。どんな理由なのかしっかりと知るために、話しているときの表情も見ておきたかった。ラトナは「そんなに見られたら恥ずかしいよー」と茶々を入れてきた。「いいから早く」と促すと「つまんないなー」と頬を膨らませる。
「ま、それほど興味があるってことにしよっか」
「そういうこと。というわけでちゃんと話してね」
「慌てない慌てない。そうだねー、どこから話そうか……」
「最初から聞きたいんだけど」
「あたしが生まれたのは、今から十八年前で……」
「ボケはいらないから」
「んもう、せっかちさんめ。仕方ないなー」
ラトナは理由を語り始めた。
「最初から、いつかは皆と離れる気だったんだ。冒険にはそんなに興味なかったし、モンスターを狩るのも好きじゃないんだよねー。皆がやるっていうからついて行ったってノリだけだったの。で、中級ダンジョンに行ってそろそろ危険だなーって思ったから抜けることにしたってわけ」
「ベルク達のチームでも危険なの?」
「今は余裕あるけど、この先は分かんない。専業冒険者の半分以上は中級冒険者で引退するっていうほど過酷なの。そんときにあたしがいたら足手纏いになっちゃう。早目に抜けておいたら、あたしが居ない環境にも早く慣れることができるっしょ? そしたら危険な目に遭う可能性が低くなるじゃん」
冒険者として生活している者は、ほとんどが上級冒険者になれずに冒険者を辞める。上級冒険者になるためには五つ以上の中級ダンジョンの踏破と、冒険者ギルドから課せられた試練をクリアしなければならない。そして上級冒険者になろうとした者のほとんどがそれを達成できない。
加えてダンジョンを選べば、中級冒険者の稼ぎでも十分に暮らしていけるという誘惑もある。試練と誘惑、この二つに打ち勝てる者が上級冒険者になるための関門だ。
その道は長く険しいだろう。危険に晒される場面も増えることは必至だ。それを見越して早いうちに離れるということも分かる。その考えに至って、ある答えが思い浮かんだ。
「……もしかして、前に僕と組んだのもそれが理由?」
ラトナは間を空けてから「ごめんね」と答えた。
「あのとき嘘ついちゃった。けど心配されたくなかったから……」
「分かった。ちょっとショックだけどそれはいいよ。けどラトナはこれからどうするの?」
チームを抜けると、今までと同じ効率でモンスターを狩れなくなる。しかもラトナは中級冒険者だ。下級ダンジョンで狩りをしても前よりも稼ぎは少なくなる。その差は僕自身が身をもって実感していることだ。
どういう未来を見据えているのか、ラトナの答えを待っていると「よくぞ聞いてくれたね!」と待っていたと言わんばかりの表情で言った。
「そのためにヴィッキーと組みたいの」
「……僕と組んでも稼ぎは変わらないよ?」
ラトナは「ふふん」と得意気な顔で「あたしとヴィッキーならだいじょーぶい」と自信有り気な発言をする。
「一人でやるよりも倍以上の数を狩れちゃうって。前に組んだときから絶対にできる、って思ってたのよん。それに冒険者としてだけじゃなく他の仕事もするから、稼ぎはそれなりに安定すると思うよ」
「兼業冒険者になるってこと?」
「そういうことっ。ヴィッキーもやってみたら? 結構楽しいと思うよ」
以前知り合ったチナトさんとエイトさんの姿が思い浮かぶ。二人とも本業をこなしながら、冒険者を上手くやれている。けど僕にはできる自信はない。
それに、ずっと組むというのは悩むところだ。ウィストに追いつきたいという僕の目標に、ラトナを連れまわしたくない。
「悪いけど、やっぱり断るよ」
ラトナの誘いを断ったが、「なんで?」と返される。
「僕はもっと頑張りたい。今はマイルスダンジョンで鍛えてるけど、いつかは中級ダンジョンに再挑戦する。けどラトナは来れないでしょ?」
もしラトナと組んでいたら、以前と同じように自分の実力を勘違いしてしまい、また痛い目を見るかもしれない。同じ間違いは繰り返したくない。だから一人でやりたかった。
僕の考えを聞いて、ラトナは「うーん」と唸りながら悩んでいる。「それなんだよねぇ」と難しい顔を見せる。
「何でヴィッキーはそこまで頑張るの?」
「それは……ウィストに追いつきたいから……」
「どうして?」
「目標だからだよ。ウィストの隣に並べるような冒険者になることが」
「本当に、それがヴィッキーに望んたことなの?」
「……どういうこと?」
ラトナは「はっきり言うね」と前置きをする。
「最初に決意したことに固執し過ぎて、自分に相応しい人生から逸れようとしている気がするの」
ラトナの言葉が深く胸に突き刺さる。
中級ダンジョンで失敗し、アリスさんには冒険者を辞めろと促された。しかし悩みながらも冒険者を続けることを選んだ。それは冒険者を通じて友達を得たことが嬉しかったからだ。
その友達から、アリスさんと似たようなことを言われた。冒険者に相応しくないと。
「冗談、だよね」
「んー、さぁ?」
はっきりしない態度だった。本気なのか冗談なのか、訳が分からなかった。
「ヴィッキーはさ、今までは農業と冒険者しかやってこなかったわけじゃん。つまりいろんな仕事に対する知識が少ない。知らなかった仕事を知ることで、自分が本当にやりたいことが見つかるかもしれないっしょ。その結果、自分に合ってる仕事が見つかるかもしれないけど、そうじゃないかもしれない。だから、あたしにも分かんないってこと」
「……無責任だね」
「そうかも。けどそういう選択肢も有りと思うんだー。それに知ってみたくない?」
ラトナは僕の前に立って右手を差し出す。
「冒険者になったことは正解なのか。それを確かめる良い機会になると思うんだ」
不思議と、心を動かされた。魅力的な提案であるし、自分の選択が正しいと確信が持てるかもしれない。
だが心が突き動かされたのは、そういう利害にではない。
手を差し伸ばしたラトナの真剣な表情が、手を握ることになった理由だった。




