8‐12.傷跡
街に戻った後、ウィストと会って事の経緯を聞いた。
ウィストはレンと鍛錬をしてから街に戻ったときにヒランさんに問い詰められたらしい。中級ダンジョンに挑んでいるウィストが、中級ダンジョンが近くに無い北門から帰ってくるのはおかしいということと、事前にヒランさん達が得ていた情報により、エンブと関わっていると思われたようだった。
その情報がどこから出たのかは、ヒランさん達は口にしなかった。そしてヒランさん達の尋問を受け、直接レンと会っていることは口にしなかったものの、尋問中の様子からそう確信させられたらしい。
ばれた事をウィストは謝ったが、僕は責める気にはなれなかった。レンが死んだことを聞いたウィストが悲しんでいたからだ。
その日は、僕等はそれぞれの寝床に戻って就寝した。明日になれば少しは気分が良くなるかもしれない。そう思ったのだが、朝起きても気分は変わらなかった。
気怠さを引きずりながら身支度をして宿を出た。いつもの癖で冒険者ギルドに向かいそうになったが、謹慎処分を受けていたことを思い出す。処分を受けているとはいえ、ギルドを出入りすることは禁じられていない。しかし処分を受けたことが知れ渡り、他の冒険者に色々と聞かれたり、怪訝な目で見られる可能性はある。予定を変えて、街中を歩くことにした。
ふと、ウィストがどうしているのか気になった。ウィストも同じように謹慎処分を受けている。彼女もやることが無くて街中をうろついているのだろうか、それとも部屋にこもっているのか。おそらく前者だろう。昨日の事でショックを受けて部屋に篭ることも考えたが、ウィストが引き籠る姿は想像できなかった。
「けど、大丈夫かな……」
ここ最近は、僕よりもウィストの方がレンに会っていた。引き合わせてからほぼ毎日レンと鍛錬をしていたから、今回の事が尾を引いている可能性はある。引き籠るまではいかなくても、それなりに動揺しているかもしれない。少し心配になってきた。
街を歩きながらウィストの姿を探した。ウィストがどこに住んでいるのかは知らないが、冒険者ギルドからそれほど離れていない宿に住んでいることは、普段の話から推測できた。ギルドの近くを歩いていたら見つけられるかもしれない。
会って何を話したいかというと、特にない。ただウィストが心配になったし、僕自身も心細かったこともあった。
何だかんだで、昨日アリスさんに言われたことが心に刻まれていた。「冒険者に向いてない」と、その世界の上位に位置する存在に言われたら誰だって気にするはずだ。実際、僕はこのままでいいのかと考えることも多くなった。
ウィストやベルク達は順調に中級ダンジョンを攻略している。一方の僕は中級ダンジョンに挑むどころか、下級ダンジョンに戻って鍛え直している。鍛えることが必要だから下級ダンジョンに行くことは仕方がないことだが、彼らと比べるとどうしても見劣りしてしまうのが嫌だった。
「ほんと、自分が嫌になるよ……」
才能があれば、身体が大きければ、仲間がいればこんな事にはならない。そしてそれらを持っている彼らが羨ましい。
そう思ったところで、自分の顔を両手で叩いた。
「って、何考えてんだ!」
自身を叱責して、黒い感情を吹き飛ばす。僕に足りないものが多いことは、昔から分かっていることだ。けど無いからって何もしてはいけない訳がない。そんなのは個人の自由だ。むしろ無い分だけ伸びしろが大きいと考えるべきだ。
ポジティブな思考に切り替えてから、再び歩き出す。と同時に、前方に顔見知りを発見した。ノイラがじっと僕を見ていたが、目が合うと露骨に視線を逸らした。少しだけ傷ついた。
ふと、彼女から依頼を受けていたことを思い出し、それが達成不可能になったことにも気づいた。街から二週間も出られなくなった今、依頼された残りのモンスターの素材を得ることができない。その事を報告しなければならない。
失敗を伝えることは気が進まないが、やらなければいけないことだ。偶然会ったついでに報告しようと思ってノイラに歩み寄った。ノイラはそっぽを向いていたが、僕が目の前に来ると溜め息を吐きながら顔を向けた。
「なに路上で変な事をしてるんですか?」
「変な事?」
「自分の顔を叩いていたでしょ」と言われて、ノイラの言いたいことを理解した。周囲にはそれなりに人がいる。さっきの僕の行為は、少しばかり目立つ行為だったようだ。
「しかも私の所に来て……同類だと思われるのは嫌なんですよ」
「気にしすぎじゃない?」
「少しでも、そうなる可能性は持ちたくないんです」
前から思っていたが、ノイラも僕に冷たい気がする。冷たくされることにはなれているが、冷たくされる原因が分からないのは嫌である。
その理由を聞きたかったが、「で、用は何ですか? 通学中なので早めにしてください」と言われたので、最初の用件だけ伝えることにした。
依頼が途中までしか終わっておらず、達成できないこととその理由を一部始終告げると「そうですか」と淡々とした反応を返された。
「じゃあ今持っている分だけ受け取ります。報酬金は達成できた分だけ支払います。それでどうですか?」
文句は当然なかった。素材の受け渡しの日時を決めると、ノイラは「しかし、ヴィックさんも謹慎なんですね」と何気ない調子で言われた。
「僕もって、何が?」
「謹慎中のことです。昨日ウィストさんが泊まりに来て言ってたんです。真夜中まで姉さんと話してたので、煩くてあまり寝られませんでした」
「……そうなんだ」
興味がない振りをしながら、フィネの家までの道順を頭で思い浮かべていた。今ならフィネの家にいるかもしれないし、もう家から出ていたとしても近くにいる可能性がある。話を早々に切り上げて、フィネの家まで向かおう。
「寝るまでずっと泣いていましたから、気になってしょうがないんですよ」
「……ホントに?」
ノイラに聞き直すと、「えぇ」と肯定する。
「姉さんと話していたら突然泣き出すんですから困りましたよ。寝室にまで聞こえるほどで、かといって泣いている相手に黙れなんて言えませんし……結局彼女が泣き疲れて寝るまで私も寝られなかったんです」
急いでいたはずのノイラは、溜まっていた不満を漏らしていた。余程イラついていたのだろう。ただ、そのお蔭で分かったことが二つある。
一つは、ウィストは僕の想像以上にショックを受けていたこと。
もう一つは、自分があまりにも情けないことだ。
昨日ウィストの様子を見ても大きなショックを受けていたことを察することができず、慰めることもできずに別れてしまった。さらには、それを知らなかったとはいえ、僕はウィストに甘えようとしていた。
「ダメすぎるだろ……」
「そこまで言ってはいませんが……」
僕の発言を勘違いしたノイラと別れて、当てもなく街をさまよい続けた。自分が街のどこにいるのかが分からないほど滅茶苦茶に歩き回り、少し疲れたところで街に設置されている三人用のベンチに腰を下ろした。これから僕はどうすればいいのだろうと、自問自答をしながら時間を過ごした。
陽が沈み始めた頃まで食事もせずにいると、隣に誰かが腰を下ろした。見知らぬ他人と思って目もくれずにいると、よく知った声が聞こえた。
「もうヴィッキー、無視しないでちょー」
陽気なラトナのものだった。首を少しだけ回して視線をやると、いつもの冒険用の装備を身に着けていた。「お帰り」と言うと「ただいまーん」と元気に答えられた。
「一人なの?」
仲間が居なかったので聞いてみると、「そう。ちょっとヴィッキーに会いたくなってねー」といつもなら嬉しい気分になれる言葉を返される。
そういえば、ミラさんに頼まれていたことがあった。ラトナと組んでほしいという話だ。断ろうと思っていたが、それを言う前にヒランさんに遮られたので言えずじまいだった。
「もしかして組もうっていう話?」
「そうそう。何で分かったの? エスパー?」
「いや、昨日ミラさんに頼まれたから……」
「そっちかー」と残念そうに言うと、「じゃあちょっと違うねー」と否定される。
「どう違うの?」
「ミラらんはちょっとの間でって話でしょ? そこが違うってこと」
「どっちでも同じだよ。一週間でも一ヶ月でも、僕の答えは決まってるから」
「大分違うよ。一週間とずっとなら」
「……どういうこと?」
ラトナはふふんと鼻を鳴らした。
「冒険者を辞めるまで、ずっとパートナーになってちょうらい」




