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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第八章 底上げ冒険者
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8‐10.モンスターの友達

 エンブ。その言葉を聞いて思い当たることがあった。いや、思い当たる事しかない。

 フェイルから任された危険指定モンスターのエンブ、レンのことだ。


「それってもしかして―――」


 二人が目を細めたのを見て、すぐに口を閉ざした。だが、遅かった。


「やはり、あなた方二人で隠していたのですね」


 ヒランさんは確信したようなセリフを口にする。さっきのネルックさんの言葉は、僕の反応を得るための撒き餌で、それにまんまと釣り上げられてしまった。

 ネルックさんは溜め息を吐いた。


「報告通り、二人共か……。残念だよ」


 残念がる表情を見せると、僕とウィストを交互に見る。


「エンブは全モンスターの上位に位置する程の強さを持つ危険指定モンスターだ。様々なモンスターを相手にしている君達なら、どれほど脅威な存在か想像できるはずだ。だというのに街の近くで放置するとは……いったい何を考えているんだ」


 非難の言葉が胸に刺さる。ネルックさんの言う通り、危険指定モンスターを新たに発見したら報告をするのが冒険者の常識だ。僕はそれを怠った。けど、僕にも事情があったのだ。


「レンは……あのエンブは一人ぼっちで、しかも子供だったから大丈夫だと―――」

「子供でも、一体でも、危険であることには変わりありません」


 僕の言い訳を、ヒランさんが中断して否定する。


「子供でも一般人を殺せるほどの力があります。そしていずれは上級冒険者でも歯が立たないモンスターになります。そんなモンスターが安全だと言えますか?」

「けどそんなの、まだ先の事じゃないですか。私達に懐いたら人を襲わないかもしれませんよ?」


 ウィストが反論するが、


「じゃああのエンブが一般人を襲ったら、君は責任が取れるのか?」


 ネルックさんの言葉に「それは……」と言い淀む。ウィストは天才だが、十六歳の子供でもある。出来ることは限られている。


「そう、君達は何もできない。だからこちらで対応させてもらう」

「対応って……?」

「排除するに決まっているだろ」

「なっ―――」


 排除、つまりレンを殺すこと。それだけは避けたい。レンは今やただのモンスターではない。僕の友達でもある。見殺せるわけがない。


「レンは僕の友達です! どうか……どうかそれだけは止めてください!」

「私からもお願いします! 見逃してやってください!」


 ウィストと一緒に止めるように訴える。必死にお願いすれば、殺すのだけは思いとどめてくれるかもしれない。しかもネルックさんは僕達の事を気に入っていたはずだ。前の宴会でそれは明らかだった。だから僕等に貸しをつくれると考えてくれれば止めてくれるという算段があった。


 僕らの想いを受け止めたネルックさんが決断を口にした。「私を見くびっていないか?」と。


「必死にお願いすれば取り消すと思ったのか。ばかばかしい。そんなのが通じるのは冒険者間だけだ」


 想いは服についたゴミを払うように一蹴された。


「将来有望な冒険者に貸しをつくるより、不始末を責められることを嫌うに決まっているだろ。ヒラン、早急に排除しろ」

「言われなくても明日には行います」

「明日? 今から行けないのか?」

「この時間だと、暗闇に紛れて逃げられる可能性があります。確実に仕留めるためには明日が最適です」


 淡々とレンを倒す予定を立てている。もう止められないのか? 何もできないことに歯がゆい気持ちが湧き出る。


 すると突然、ウィストが立ち上がった。そして僕の前に来て「早く行って」と呟くと、ヒランさんとネルックさんに向き直り剣を抜いた。


「だったら、実力行使です」


 ウィストは二人に対して、敵対宣言をした。ぶっ飛んだ行動に、理解が追い付かなかった。二人も目を大きく開けてウィストを見ている。


「正気か?」


 ネルックさんは考えられないと言いたげな顔だった。ヒランさんも動揺してたが、すぐに腰に携えた刀に手をかける。いざという時に刀を抜く気だ。

 ヒランさんは数々の強敵モンスターを相手にしてきた元上級冒険者。ウィストが強くてもその経験の差は大きい。それくらい分かっているはずだ。


 当の本人は二人を、特にヒランさんの方をよく見ている。本気で戦うつもりなのかと困惑していると、「早く」とウィストに急かされる。

 早く、だって? 僕がその言葉の意味を考え、一つの答えに辿り着いた。


 僕はすぐに部屋を出た。後ろから「待ちなさい!」とヒランさんの声が聞こえたが、当然無視した。

 ギルドの外に出てから北門に向かう。目的地は、レンの縄張りである森だ。

 ヒランさんは「明日仕留める」、「暗闇だと逃げられるかもしれない」と言った。つまり今からレンの下に向かって行き、逃がすことができれば、ヒランさんはレンに辿り着けない。


 レンは賢い。命を狙われることを知ったらあの場所から離れてくれるはずだ。これから会えなくなるのは寂しいが、生きていてくれればそれで良い。レンは僕と似た境遇だ。だから感情移入してしまうのも仕方がない。幸せになってほしくて、それが出来るのならば会えなくなっても構わなかった。


 足を止めずに走り続けた。北門を出ても止めることなく走る。近いこともあって、まもなくしてレンの縄張りに辿り着いた。だが、まだ足を止めない。縄張り内で、いつも遊びに使っている場所に向かった。


 じきにその場所が見える。しかもレンがいるようだった。時刻は夜で辺りもすっかり暗くなっていたが、木の前で立っている姿を見て、そう判断した。


「レン!」


 名前を呼ぶが返事が無い。その代わりに、そこにいた者は身体を振り向けた。

 振り向いた者の顔を見て、それがレンでないことが分かった。


「なんだお前か。また会ったな」


 女性でありながら男口調で話すアリスさんだった。彼女は何故か、手にスコップを握っていた。

 こんな所で何をしているのか気になったが、それより優先すべきことがあった。


「お久しぶりです。急いでいるんで、失礼します」


 再び探すために、その場を後にしようとした。


「エンブを探してんのか?」

「知ってるのですか?!」


 思わず大声で聞き返した。アリスさんは淡々と「あぁ」と短く答える。


「つーか、今もここに居るぜ」

「ここに?」


 辺りを見渡したが、レンの姿は無い。名前を呼んでも何の反応も無かった。

 「居ないじゃないですか」と僕が言うと、アリスさんは鼻で笑った。


「冒険者ならもう少し注意深く観察しろよ。例えばこの木とか」


 アリスさんは自分の後ろにある木を指差した。言われた通り見ても、木の近くにはレンの姿は無い。

 その代わりに、木の前には土が盛られており、その土に十文字を組んだ木の枝が刺さっていた。


「……何ですかこれ?」


 訳が分からず、いや、脳裏に浮かんだ嫌な予感を否定してもらいたくて、そう訊ねた。その予感は、あってはならないものだ。

 そしてアリスさんは答えた。


「お前が探してるエンブの墓だよ」


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