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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第八章 底上げ冒険者
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8‐9.過去と現在の自分

「何してんだ? お前」


 九階層と十階層を繋ぐ坂道で腰を下ろして休んでいるとき、九階層から来たクラノさんに声を掛けられた。


「……ちょっと、休憩中です」


 疲れていたので、少しだけ返事が遅れてしまった。


 マイルスダンジョンで鍛え直し始めてから一週間。九階層を踏破し、十日目からは十階層に挑戦できる余力を残せるようになった。十二日経った今では、十階層で戦うための要領も分かり始めた。

 とはいったものの、流石マイルスダンジョンの最下層。一癖あるモンスターがうようよ居る。そのモンスターの相手をしていて疲労が溜まったため、安全な場所で休憩していた。


「あんまり長く休憩してると陽が暮れるぞ」

「休んでから五分も経ってません」

「休まずにモンスターの相手をして死んでくれたら俺が助かる。死体の匂いに引き寄せられて、モンスターが無防備になるからな」


 クラノさんはあくどい願望を漏らすと、そのまま十階層に向かって行った。クラノさんからは会う度に、辛辣な言葉を浴びせられる。そこまで嫌われるようなことをした記憶は無いのだが。

 しかし、それはクラノさんだけではない。四人組のミラさんにも同じような対応を取られている。以前はベルクと会う時間を取られる原因だからとラトナに聞いたが、本当にそれだけなのか? あそこまで嫌われているのならば、他に理由がある様な気がしてならない。だが、その理由に全く見当がつかない。

 もしかしたら無意識にやっていることでイラつかせているのか? もしそうなら、ミラさんとクラノさんに対してどうすれば良いのか分からない。


 いっそのこと本人に聞いてみるという手もあった。クラノさんは最近、ギルドの食堂に来ないので会うことができなかったが、今なら話すことが出来そうだ。

 嫌われている相手に嫌っている理由を聞くことに躊躇いはあった。だがどうせ嫌われているのだ。これ以上嫌われても、大きな支障にはならないだろう。


 まだ疲れが抜けていないが、クラノさんに質問するために十階層に下りた。十階層に下りてまっすぐ進んでいると、クラノさんがモンスターと戦っている姿が目に入った。相手は背中に針を生やしているモンスター、ハリバリだ。

 背中の針を飛ばしたり、丸まって突進する攻撃をして来るモンスターで、防御手段が無いと厄介な相手だ。クラノさんは身の丈よりも少し長い槍を持っているだけで、針を飛ばされたら防御する手段が無さそうだった。

 しかしクラノさんは苦戦することなく、あっという間に終わらせた。ハリバリが針を飛ばす素振りを見せると、その隙を狙って鋭く槍を突き刺したのだ。距離はあったものの、長い手足を活かした攻撃は、多少距離があっても関係無かった。槍はハリバリの眉間に刺さり、一撃で絶命した。


 クラノさんは槍を引き抜いて穂先の血を拭き取ると、僕に気付いて振り向いた。


「何だ?」


 不機嫌そうな顔だった。邪魔をしてしまった気がして、少しだけ居心地が悪くなった。


「えっと、ちょっと聞きたいことがあって……」

「ここはダンジョンだ。長話をする暇は無い」


 暗に断られているのか、それとも手短な質問なら受け付けるのか、判断がしにくい言葉だった。近くにモンスターも居なさそうなので、後者だと思って質問をした。


「なんで僕を嫌ってるのかなーって」

「分をわきまえない馬鹿な行動をしてるからだ」


 躊躇いなく答えられた。シンプルだが納得したくない理由だった。


「最初はお前が卑怯な手を使っていると思ったから嫌いだった。誤解だと思って申し訳ない気持ちもあったが、今は純粋にお前が嫌いだ」

「それが、さっき言った理由ですか?」

「そうだ。叶いもしない目標に向かっている奴は、見てて痛々しい。大人しく下級冒険者として生活してたら良いものを」

「けど、目標が無かったら何も変わらないから。それって不安じゃないですか?」

「いいじゃねぇか。変わらなくて」


 そう断言するクラノさんの目には、何かを諦めた様な思いが秘められている様な気がした。


「安定した生活。それこそが幸せだって何故気づかない? それに気づかなかったから、お前は今苦労してるんだろ」


 図星を突かれた気がして反論できなかった。確かに僕は中級冒険者になってからは苦労ばかりしている。中級ダンジョンでコテンパンにされ、下級ダンジョンに戻ってもお金を満足に稼げなくなった。


「自分の実力に見切をつけろ。あいつらに追いつくなんて無謀なことは、止めた方が身のためだ」




 あの後、何体かのモンスターと戦ってからダンジョンを出た。ギルドに戻り、依頼とは関係のないモンスターの素材を買い取って貰った後、のんびりと食堂で食事をしていた。


「今、良い?」


 後ろからミラさんの声が聞こえた。偶然会って話すことはあったものの、ミラさんから話しかけられるのは初めてだった。

 驚いてしまって、反射的に頷いてしまった。ミラさんは隣に座るとお酒を注文する。グラスが届くと一口飲んでから、僕に向き直った。


「最近、マイルスダンジョンにいるんだって?」

「はい。ちょっと実力不足を感じて……鍛え直しているところです」

「ふーん。けど苦労してんじゃないの?」

「……そうですね。前はラトナと一緒だったんで、あの時と比べたら」


 グロベアのような重量級モンスターと戦うときは、ラトナの存在は大きかった。敵の意識を引きつけてくれたり、僕がピンチの時に助けたりしてくれた。あのときはラトナのお蔭で安全が保障されていたと言っても良かった。


「私達が下級冒険者のときから頼れる存在だったんだから、あんた一人のサポートくらい楽勝よ。それくらい分かるでしょ?」

「それは、まぁ、実際にサポートを受けたんで分かってますけど……」

「で、今日はそのラトナの事で話があるの」


 ラトナの事? いったいどんな用件だ?


「最近、ラトナの調子がおかしいのよ」

「ラトナが? どんなふうにです?」

「何というか……動きに精細が欠ける? よく判断が遅れちゃったり、動き出しが遅かったり……とにかく、ラトナらしい動きじゃないのよ」


 それが本当なら、良い状況とは言えない。下級ダンジョンのモンスターが相手でも、攻撃を食らえばあっけなく死んでしまうことがある。ましてやミラさん達が挑んでいる中級ダンジョンなら、その危険性が増す。


「体調が悪いのか聞いてみたんだけど、『そんなこと無いよ―』って言われるだけでさ、原因が分からないのよ。けど動きが悪いのは私だけじゃなく、カイトやベルクも気づいてるほどなの。このままほっとけないから一度息抜きとして、またあんたと組んで欲しいのよ」

「……なんでそうなったんですか?」

「前にラトナがあんたと組んでたとき、楽しそうにしてたからね。私達と組んでたときほどじゃないけど。だから、気分転換になると思うのよ」

「それは、そうかもしれないけど……いいんですか?」


 ミラさんは眉間に皺を寄せながら、「なにが?」と聞き返した。


「だって、前は僕とラトナが組むことになったときは嫌そうにしてたじゃないですか? なのに今度はむしろ薦めてきているので……嫌々なんじゃないかなーって」


 するとミラさんは「はぁー」と溜め息を吐いた。


「嫌なら頼みに来ないわよ。それに、前より頼みやすくなったからね」

「なにがですか?」


 「あんたのことよ」僕を指差して答える。


「今のあんたは無茶しそうな雰囲気が無いからね。これならラトナを任せても無事に済むと思ったのよ」

「……以前は無茶してたように見えたのですか?」

「気づいてなかったの?」


 心当たりは十分にある。宿代をケチって野宿したり、碌に食事も取らずにダンジョンに潜っていた。そのときの見た目は、下手したら冒険者じゃなく浮浪者として扱われる可能性があった。思い返せば確かに無茶なことである。


「もしかして僕を嫌っている理由ってそれですか?」

「そうよ。あんな無茶をする奴に、私の仲間を近づかせたがる訳無いでしょ。特にベルクとか影響されやすいんだから、あんたの真似をしないか心配だったんだから」


 強い口調で放たれた言葉に合点がいった。そういう理由なら、僕を嫌うのも分かる気がする。仲間が危険な目に遭うのは誰だって嫌なはずだ。


「というわけでさ、前はラトナから誘ったんだから、今度はあんたから誘ってよ。そしたらラトナも引き受けてくれるしさ」

「けど―――」


 それとこれとは話が別である。

 今は自分を鍛え直している最中だ。ラトナと組めば楽にモンスターを倒せるが、それでは鍛錬にならない。中級ダンジョンのモンスターが相手なら二人でも緊張感を持って挑めるが、今度はリスクが高くなるし、それをミラさんが望んでいるとは思えない。危険度が増すからだ。

 ミラさんは僕とラトナが下級ダンジョンに行くことを望んでいる。だが僕は一人で挑みたい。故に、交渉は決裂だ。そう言おうとした時だった。


「ここに居たのですね」


 後ろからヒランさんに声を掛けられて、言うことができなかった。いつの間にか近づいていたらしい。

 振り向くと、ヒランさん以外の人物もいる。一度だけ顔を合わせたことがある人だった。


「噂の路地裏に居なくて何よりだ。汚い所に行くのは御免だからな」


 冒険者ギルドの局長ネルック・アンドルフがヒランさんの前に立っていた。冒険者ギルドの有力者二人にいきなり訪問され、声が出なくなった。ミラさんは二人の顔をまじまじと見ている。


「お話し中のところすみません。少し彼を借りてもよろしいですか?」


 ヒランさんの丁寧な物言いに、ミラさんは「どうぞ」と素直に退いた。「付いて来てください」とヒランさんは言い、ギルドの奥の部屋に歩いて行く。

 訳が分からない展開だがついて行かざるを得ない。さっきから二人の険しい顔を見ていると、ここで断ったら後でめんどくさそうになりそうな気がしたからだ。


 着いた部屋は、以前上級ダンジョンに入った後に尋問されたときの部屋だった。相変わらずの質素な部屋である。だが違うところが一つだけあった。

 椅子が一つ増えていて、そのうちの一つにウィストが座っていたところだ。


「なんでウィストが?」


 予想外の展開だった。この場所にウィストが来るなんて思いもしなかった。しかも借りてきた猫の様に座っている態度を見るに、無理矢理連れてこられた様には思えなかった。

 ウィストは僕を見ると「ごめんなさい」と小さい声で言った。ごめんなさいってどういうことだ?


「なぜウィストさんがここに居るのか、なぜあなたが呼ばれたのか、心当たりはありませんか?」


 やましいことは無い。そう思って頭を横に振ろうとしたが、ネルックさんの言葉を聞いてできなくなった。


「エンブ、と言ったら分かるかね?」


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