8‐8.ひとりぼっちの再挑戦
少ない手持ちのお金で、ダンジョンに潜る準備と十分な食事に使った。マイルスダンジョンを踏破した日と同じように、だ。
マイルスダンジョンに入ってから八階層へ着くまでに、適当なモンスターと戦いながら調子を確かめた。身体の動き具合、集中力、どれも良くもなく悪くもない状態だった。これなら大丈夫だろう。
八階層に下りてから剣を手に取ったとき、若干手が濡れていることに気づいた。道中で水に触った覚えは無い。少し考えてから、それが自分の汗だと気づいた。
初めて八階層に挑んだ日でもここまで緊張はしなかった。恐がり過ぎだと自分を戒める。慎重なことは良いことだが、びびるのはダメだ。モンスターに格下と思われる。
三回ほど深呼吸をしてから八階層を進んだ。相変わらず手は汗ばんでいるが、気持ちを落ち着けたお蔭でしっかりと周りが見えている。だから脇道から跳びかかってきたグルフを盾で防げた。
グルフを盾にぶつけて弾き飛ばしてから、脇道の奥を見る。他にモンスターは居なそうだ。再びグルフが跳びかかってくるが、冷静に盾で防いで地面に落とすと、すぐに身体を引き裂いた。無傷で倒せたことに、安堵の息を吐く。グルフ一匹相手に負けてたら、さすがに心が折れていただろう。
その後も、八階層のモンスターに苦戦することなく進んだ。複数のモンスターに囲まれることもあったが、以前と同じ対応をすることで打開できた。
九階層に着くと、八階層に着いたときと同じように深呼吸をした。九階層には苦手なモンスターが多くいる。踏破したとはいえ、油断はできなかった。
そして歩いて一分も経たずに、宿敵と対面した。
「初っ端に遭うとはね……」
のそりと四足で歩くグロベアが現れた。前脚を地に着けている状態でも、僕の肩と同じくらいの体高がある。相変わらずのデカさだった。
盾と剣を強く握る。今までに倒したこともあったが、それはラトナと組んでいたときだけだ。独力で倒したことは一度もない。だから動き方や性格は知っていても気が抜けない相手だった。
盾を構えながらグロベアの様子を窺う。グロベアはじっと睨んでいたが、突然走り出して来た。僕は突進を躱しながら剣を斬りつけるが、勢いに弾かれて碌に傷をつけられなかった。
グロベアは身体の向きを戻して、再び突進してくる。同じように躱して攻撃したが、さっきと同じ結果だった。そしてグロベアはまた突進してきた。この調子が続くと、体力の差で僕の方が先に根を上げてしまう。
だから今度は僕から仕掛けた。
突進を避けると、すぐにグロベアの背を追いかける。グロベアは反転して再突進しようとするが、その直前に剣を突き刺す。頭を狙ったが、前脚を振り上げられて弾かれた。ここで決まれば楽だったのだが、やはり簡単にはいかないようだ。
剣を防がれたものの、まだ攻撃範囲にいる。グロベアの防御の手を避けて斬りつけ、顔に大きな傷をつけた。直後に前脚を振るわれて反撃されるが、盾で防いでやり過ごす。その威力に押されて、僕は一歩後ろに下がった。下がった隙に、グロベアが立ち上がる。グロベアの身体が、僕の倍以上の高さになった。何度もこの姿を目の当たりにしたが、見下ろされるときに感じるプレッシャーは相変わらずだ。
前脚を振り下ろそうとしてくる。僕はそれよりも先に攻撃をし、すぐにグロベアの攻撃を避ける。再びグロベアが攻撃してくるが、同じように攻撃をしてから回避する。多少時間がかかるが、このやり方なら一方的に攻撃ができる。
だが何度か繰り返していると、グロベアが大声を上げた。威嚇と思える声に、無意識に後ろに下がってしまう。距離が空くと、グロベアは前脚を地につけて突進してきた。
さっきと同じように避けてから追いかけようとしたが、グロベアは僕が避けるとすぐに止まり、振り返りながら前脚で攻撃してくる。反応して盾を使って受け流すが、予想してなかった攻撃だったため上手く受け流しきれない。盾を持った左手に衝撃が残った。
「ぐっ―――」
久々に感じた衝撃で声が漏れる。痛みに耐えながら距離を離すが、グロベアがすぐに詰めてくる。何とか躱すが反撃する暇もなく追撃を仕掛けてくる。防戦一方だった。
このままではまずい。そう思って、体力が尽きる前に賭けに出た。
グロベアが再び突進してくる。それを避けると反転しながら前脚を振るってくる。この瞬間に、歯を食いしばって盾を構えた。
グロベアの前脚が盾に当たり、強い衝撃が伝わってくる。力を込めてそれを受け止める。吹き飛ばされそうな威力だが、踏ん張って耐えきった。グロベアは攻撃に使った脚を地に下ろそうとする。
そのときに、隙が生まれた。
前脚で攻撃した瞬間は動きが止まる。攻撃直後から地面に脚を下ろすまでは、僕の攻撃に碌な対応ができない。そのタイミングを狙って、グロベアの顔にめがけて剣を突いた。
剣先が刺さる寸前、グロベアは身体を支えている残りの前脚を曲げて地面に伏せた。その結果、僕の剣は何もないところで空を突いた。
このままだとすぐに反撃される。それを恐れて即座に剣を引こうとしたが、地面に伏せたグロベアを見て別の考えがよぎる。瞬時に、その考えを実行に移した。
グロベアに向かって走り、起き上がる直前に背中に乗りかかる。そして暴れられる前に剣を背中に突き刺した。
「グオォオオオオオオオ!」
グロベアは大声を上げながら暴れまくる。必死に降り落とそうとしてくるが、剣を握ってしがみついた。同時に剣を動かして傷口を広げる。悲鳴はさらに大きくなった。
痛みに耐えきれなかったのか、グロベアの動きが鈍くなる。その隙を狙って剣を引き抜き、今度は脚に剣を突き刺す。グロベアはよろめいただけで持ちこたえた。僕はすぐにもう一度突き刺す。そしてとうとう、グロベアは地面に倒れこんだ。
倒れたグロベアの身体にすばやく乗ると、今度こそ頭に向けて剣を突き刺した。ビクンと身体を振るわせたが、すぐにぐったりとして動かなくなった。息が絶えたことを確認して一息ついた。
「こんなに大変だったんだ……」
ラトナと一緒に狩ったときは、これよりも半分以下の時間で仕留められたうえに疲労もほとんどなかった。だが今は、壁に背中を預けて地面に座りたくなるほどの疲労感が身体を襲っていた。
九階層でこれなら、十階層はどれほど苦労するのだろうか? 考えると嫌になる。
少しだけ休憩すると、重い腰を上げてグロベアから目的の素材を剥ぎ取った。依頼されたものはグロベアの毛皮だ。指定された量だけを取ってその場を離れる。まだ休みたかったが、ずっと同じ場所にいると騒ぎを聞きつけたモンスターに見つかる可能性がある。
だが移動するのが遅かったようだ。
「二体目か……」
目の前から、別の個体のグロベアが歩いて来ていた。しかも唸り声をあげているところを見るに、最初から臨戦態勢のようだ。避けられそうにない事態に溜め息が出た。
だが、これは乗り越えなきゃいけない試練だ。中級ダンジョンにまた挑むのなら、これくらいの困難は打破しなければならない。
再び、剣と盾を強く握りしめた。
「行くぞ」
僕はグロベアに向かって走り出した。