8‐4.二人の距離
翌日、僕は病院に行って身体を診てもらった。その結果、グーマンさんが言った通り、打撲だけだということが分かった。診断結果が同じなら、薬を買うだけで良かったかもしれないと少し後悔した。
そして診察後、時刻は昼過ぎだった。出店で買った食料を食べながら今日の予定を考える。正直、かなり暇であった。
病院から買った薬のお蔭で、明日には痛みが引くとの話だ。だがそれまでは、殴られたときのような鈍い痛みと付き合わなければならない。つまり安静に過ごす必要がある。この時間が少し苦手だった。
長い期間で暇が出来ればアルバイトができるのだが、半日だけだとそれもできない。サリオ村に居たときは暇な時間がほとんど無かったため、こういう時間の過ごし方を知らなかった。レンに会いに行くことも考えたが、会えば必ず遊ぶことになるので避けることにした。
とりあえず、街を観光しようと歩き回ることにした。今思えばマイルスをゆっくりと見回ったことが無い。丁度いい機会だ。
前向きになったところで、「あ、ヴィックだ!」とよく知る声に名前を呼ばれた。声の方を向くと、予想通りフィネの姿があった。ギルドの制服ではなく私服を着ている。
「やぁフィネ。今日は休み?」
「そうです! ただ家にいるのも退屈なので散歩してました」
偶然にもフィネも暇を持て余していたらしい。家におらず外に出るのは彼女らしい行動だ。
だが観光しようとしていた僕にとっては好ましい行動だった。
「暇だったら一緒に歩かない? マイルスを観光しようと思ったんだけど、地理に疎いから知ってる人がいたら心強いと思って……」
「……ホントですか?!」
普段以上の大声を聞かされ、一瞬だけ耳鳴りがした。それに気づかない本人は、嬉しそうな顔をしていた。
「あ、うん。フィネさえ良ければだけど―――」
「行きます!」
最後まで言い切る前に、食い気味に返事をされる。なにがあって、ここまで嬉しがれるのか不思議だった。
「……そんなに行きたかったの?」
「はい! ヴィックから誘ってくれるなんて今までなかったので、やっと一線を越えてくれたのかと思うと嬉しくて……」
そういえばフィネを誘ったことは無かったような気がする。というか、以前ウィストを依頼に誘ったときも同じように驚かれてた気がする。
もしかしたら僕は、知らず知らずのうちに友達との間に一線を引いていたのかもしれない。今後は積極的に誘うことにしよう。
喜んでいるフィネを見て、「じゃ、行こっか」と誘う。
「あ、ちょっと待って」
フィネは周囲を見渡してから何かを見つけると、そこに向かって駆け寄った。建物の陰に隠れて姿が見えなくなったが、十秒もしないうちに戻って来る。
「では、行きましょう!」
張り切って声を出す姿を見て、少しだけ変化があることに気づいた。さっきよりも髪型が整っていて、服の皺もとれている。
物陰で何をしていたのか察しがつく。そして僕は無意識に笑顔になっていた。
マイルスのいろんな場所を、フィネに案内された。
有名な建造物や名所。美味しい料理を提供する出店や冒険者ギルド御用達の道具屋。良い景色が見える場所にも立ち寄った。また服屋にも入って、フィネが選んでくれた服を購入した。プライベート時の私服が無かったので丁度良かった。
選んでくれたことと今まで世話になった礼として、フィネにも服をプレゼントした。最初は遠慮していたが、「試着だけでも」と言うと色んな服を着てくれた。服を着替えるたびに色んな表情を見せてくれて、そのなかで一番気に入ってそうな服を判断し、その服を買って押し付けるように渡した。フィネは申し訳なさそうな顔を見せたが、しばらくすると頬を染めながら笑みを見せていた。喜んでくれたことに、僕の口元も緩んでいた。
そして夕暮れ時、「今日は楽しかったです」とフィネは嬉しそうな表情を見せた。
「こんなに遊んだのは久しぶりです」
「前はどうだったの?」
「ウィストやミラ、ラトナと一緒に色んな所に行って食事もして、途中でノイラと会ったので五人で楽しみました!」
「楽しかったんだね」
「はい! けど今日も楽しかったです! こう、前とは違う嬉しさがこみ上がって来て……。ヴィックはどうでした?」
「そうだね……」
こんな風に女性と一緒に遊んだのは初めてだった。ベルクやカイトさんと遊んだことはあったが、それとは違った楽しさがあった。
その思いを口にして伝えた。
「僕も楽しかったよ」
僕の答えに、フィネは笑みを浮かべる。
「良い気分転換ができて何よりです」
その後、夕食の準備で帰宅したフィネと別れてから冒険者ギルドに向かった。食事をしたいということもあったが、マイルスダンジョンで受けられる依頼を探すためでもあった。
鍛え直すために明日からマイルスダンジョンに入ろうと思っていた。しかし、ただモンスターを倒すだけでは時間が勿体ないので、ついでに依頼を受けようと考えた。
ギルドの中は賑わっていた。ダンジョンから帰ってきた冒険者達が多く、素材の買取や食堂で食事をとったりしている。今、依頼を受けようとして受付に向かっても時間がとられそうなので、先に食事をとることにした。
カウンター席に座ってから注文し、間もなくして出てきた料理を頬張っていると、
「買取おねがいしまーす」
ウィストの声が聞こえた。
買取用の受付台を見ると大きな袋を持ったウィストが、受付にいるリーナさんにそれを渡していた。
「初めての中級ダンジョンなのに、もうこれだけ狩れたの? やるねー」
「いやー、鍛錬の賜物だよ」
袋から出てくる色んなものの中に、僕が知っているものがあった。僕を倒したサイガンの角、それが二つも入っている。それだけじゃなく、ムガルダンジョンにいるモンスターの素材と思われるものがいくつもあった。
美味しかった料理が、途端に何の味もしなくなった。
「やっぱモノが違うよなー、彼女とは」
いつの間にか隣の席にヒュートさんがいた。彼が僕に向かって話しかけてくる。
「中級ダンジョンに入ってすぐにあの成果だ。ああいうのを見ると、自分が小っちゃく見えちゃうよ。ねぇ?」
ヒュートさんはつまらなそうな顔をして愚痴を吐く。同意を求められたが答えたくなくて、無視して料理を口に運ぶ。やはり味はしなかった。
「……あの調子じゃあすぐにムガルを踏破しそうだね」
「……そうだね」
ムガルダンジョンにはウィストと相性の良いモンスターが多くいる。だから少し早く僕がムガルダンジョンに挑んでも、先に踏破されることは予想していた。
だがそう思っていても、胸の内に宿る感情がふつふつと湧いて来る。僕が鍛え直す間に、ウィストがどこまで先に行ってしまうのか不安になった。
食事の手を止めて酒を注文する。少しでもいいから気分を紛らわせたい。すぐに出てきたビールを一気にグラスの半分まで飲むと、若干心地よくなった。
「あの様子だとすぐに他のダンジョンも踏破しちゃうんだろうね」
相変わらず愚痴を続けているが、ふとある事を思い出した。
「他のダンジョン……」
マイルスの近くには、ムガルダンジョン以外にもう一つ中級ダンジョンが存在する。マイルスの東門から馬車で一時間ほどの場所にある、レーゲン中級ダンジョン。そこには僕が苦手とするパワフルなモンスターは居ないと聞いていた。
リーナさんの勧めで昨日はムガルダンジョンに挑戦したが、そこを先に踏破出来ればこの不安を取り除けることができる。逸る気持ちが芽生えてきた。
情報を集めてからレーゲンダンジョンに挑戦する。方針を決めると目の前の料理を早く片づけた。会話を続けたそうにしていたヒュートさんには悪いが、別れの挨拶をして外に出る。明日から冒険に備えて、早く宿に帰りたかった。
なぜリーナさんがレーゲンダンジョンではなくムガルダンジョンを勧めたのかを不思議に思ったが、調べれば分かることだと思って頭の隅に追いやった。
頭の中では、如何にしてウィストに追いつくか、それしか考えられなかった。




