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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第八章 底上げ冒険者

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8‐2.下級と中級の違い

 重い瞼を擦りながら、布団から身体を起こした。ペラペラの薄い布団だったが、路地の堅い地面に比べたら大分柔らかい。お蔭でぐっすりと眠れた。

 二十人程が布団を敷けるほどの大部屋には、すでに十人程度しか残っていなかった。寝る前には歩ける程度の隙間しか無いほどの人が床に就いていたのだが、今いない人は僕より早く起きて出て行ったのだろう。僕も布団を畳んで部屋の隅に置いた。


 部屋を出て、宿屋の従業員に挨拶をしてから外に出る。外に出て朝日を浴びると、すがすがしい気分になれた。絶好の冒険日和である。




 晴れて中級冒険者になった僕は、生活レベルを少しだけ上げた。寝床を路地から宿屋に変更し、ぼろかった服を新調して、食事もしっかりと三食取るようになった。中級冒険者になると稼ぎが増えるらしいので、多少は贅沢できるだろうと考えたからだ。


 そしてマイルスダンジョンを踏破してから一週間後の今日、僕は中級ダンジョンに挑むことにしていた。装備はもちろん手入れ済みで、事前に情報も集めている。

 準備は万端。後は食事をとるだけだった。


 僕は冒険者ギルドに入って、食堂に移動する。一人用のカウンター席に座って注文をしたとき、よく知る顔を目にした。


「おはよう。ウィスト」

「おっはよー。今日も絶好の冒険日和だね」


 ウィストと挨拶を交わす。同じ思考に、ついくすりと笑ってしまった。


「どしたの? 楽しそうな顔して」

「ただの思い出し笑い。それより、ウィストは今日どうするの?」

「マイルスダンジョンだよ。踏破してからヒランさんが確認するまで、時間があって暇だったんだー。けど良い依頼があったから、そっちをやっちゃう予定」


 八階層に再び挑んでから一週間もせずに踏破するとは、さすがウィストである。

 今度はウィストから「そっちは?」と尋ねられたので、僕も予定を答えた。


「ムガル中級ダンジョンに行くよ。といっても、様子見程度だけどね」

「おー、とうとう行っちゃうかー」


 ウィストが感心するように声を上げた。その声が嬉しかったが、顔に出さないように我慢した。


 ムガル中級ダンジョンは、王都マイルスの西門から馬車で三十分ほどかかる洞窟の中にある。難易度も中級冒険者になったばかりの冒険者にはちょうどいいレベルらしい。六階層までしかなく、生息するモンスターも他の中級ダンジョンに比べると比較的弱いモンスターが多いという話だ。だからマイルスで中級冒険者になった人は、ムガルダンジョンに行くのが一般的である。


「私も中級冒険者になったらすぐに行くから、それまでは束の間の優越感を味わっておくが良い……なんてね」

「優越感だなんて、そんなものあるわけないよ」


 ウィストの冗談に、苦笑しながら嘘を返した。

 実際は優越感を感じている。ラトナと組んだお蔭だったが、ウィストよりも先に中級冒険者になれたことを誇らしく思っている。


 そしてこれが、少しの間だけのものだということも分かっていた。


 ウィストはマイルスダンジョンに再挑戦してから、一週間もしないうちに一人で踏破している。さらにベルクから聞いたところ、ウィストは一度最深部まで行ったが、ヒランさんの思惑を汲み。再度挑戦して最深部に到達したという話だ。

 もう一度行けるという確信が無ければ、そんなことはできない。レンと相手をして、相当な実力をつけたのだろう。だから同じ条件になれば、またウィストの方が先を行くことになると思っていた。


 だが、慌てるほどの事じゃない。ウィストがそれほどの実力者だということはすでに知っている。一度抜かれようと、また追いつけばいい話だ。

 だからそれまでの間、ウィストより先んじたことで得た優越感を堪能しても良いんじゃないかな。


「どうだかねー? ま、怪我だけはしないようにね。怪我している間はつまんないから」


 入院経験者はそう言って、別れの挨拶をしてから離れていく。そしてギルド職員と二言三言交わしてから外に出た。依頼の内容を確認していたようだった。

 ウィストがギルドから出た直後に、頼んだ朝食が運ばれてくる。美味しい料理が、僕のやる気を増大させた。

 少しだけでも進んでおこう、そう決心させるほどに。





 王都内を移動できる馬車に乗って西門まで移動する。利用客の中で冒険者は僕一人だけだった。僕だけが武器と装備を身に付けていたため、車内で浮いている様な気がした。

 西門の手前で降りると、隣町まで向かう馬車に乗せてもらう。三十分程進むと、ムガルダンジョンに続く脇道を見つけたのでそこで降りた。そこから少しだけ歩くと、目的地に到着する。


「この先が中級ダンジョンか……」


 暗い洞窟を見て呟いた。この洞窟の中にムガルダンジョンの入り口がある。少しだけ躊躇ったが、勇気を出して歩を進めた。

 洞窟内は暗かった。壁に松明が設置されているが、マイルスダンジョンに比べると松明ごとの感覚が広い。洞窟を照らす光源が少ないせいで暗くなっているのだろう。

 歩き始めてから三分もしないうちに看板を見つけた。『ムガル中級ダンジョン』と書かれてある。看板の奥には、一際暗い道が続いている。


 思わず、唾を飲み込んだ。この先には、マイルスダンジョンよりも危険なダンジョンがある。そこに一人で向かわなければならない。そう考えると緊張感が高まった。

 不安が胸に押し寄せてきて鼓動が早くなる。左手でそっと盾を触った。身を守る盾に触れると、少しだけ落ち着けた気がした。大きく深呼吸をして、さらに心を落ち着かせる。


「……大丈夫。僕は、マイルスダンジョンを踏破したんだから、大丈夫だ」


 自分に言い聞かせると、目の前の道が若干明るくなった気がした。これなら進めそうだ。

 僕は意を決して、ムガルダンジョンに踏み出した。

 薄暗い道を歩いていると、道の真ん中にぽっかりと空いた穴があった。縁に鉄の梯子が備え付けられており、そこから上り下りができる。近くにモンスターが居ないことを確認してから梯子を下りる。


 ムガルダンジョンの一階層は、さっきまでの道よりも暗かった。松明の数がさらに少なくなっている。これでは視界を十分に確保できない。

 念のために持ってきていた携帯ランプをバッグから取り出した。円筒状のガラスの上下を金属で固定させ、上下部を繋げる取っ手が二つ横に付いてある。両方の取っ手の上の方には、針金で輪の形になるようにお互いを繋いでいて、それをベルトに引っ掛けることで手で持たずに明かりを照らすことができる。

 ランプに明かりを灯してから進みだす。ランプのお蔭で足元がよく見える。でこぼこが少ない平坦な道なのでこける心配はなさそうだ。


 武器を構えながら歩いていると、自分以外の足音が聞こえた。ここまでは一本道だったため、後ろから来ることは無い。

 足を止めて武器を構え、前から来るモンスターを待ち構えた。前からモンスターが歩いて来る。明かりに照らされた姿を見て息を呑んだ。


 鼠色でグロベア並みの大きな身体。顔はとがっており、鼻には大きな角が生えている。そう簡単には斬れそうにないほどの硬さを持っていることが見ただけで分かった。記憶を辿ると、その姿はサイガンというモンスターの特徴と一致した。グロベアと同等のパワーを持つうえ、知性もあるモンスターだという情報だ。


「初っ端から苦手なモンスターか……」


 力の強いモンスターは苦手である。受け流しをしても、力を流し切れないことがあるからだ。そのせいで碌に戦えないことがよくあった。

 だがいつまでも苦手意識を持っている訳にはいかない。苦手を払拭できる良い機会だと己に言い聞かせる。


 冷静に相手を観察することから始める。四足歩行のサイガンは武器を持っておらず、観察するように僕を見ている。僕と同じように警戒しているらしい。未知なる敵に対しては、簡単に突っ込むような性格ではないようだ。

 僕は様子を見るため、少しだけ剣を動かした。サイガンは身体を動かさず、視線だけが剣を追っている。かなり慎重な性格だ。


「そっちに動く気が無いのなら……」


 先手を打つ。その手段が頭に浮かんだ。

 もたもたしていたら、他のモンスターが現れる可能性がある。ならば早く倒して先に進むのが一番だ。仮に勝てそうになくても、すぐに逃げれば問題無い。

 そう考えてサイガンに向かって剣を振るった。サイガンは僕の剣を目で追っている。剣を角で防いだ後に、反撃に移るのだろうと思った。


 だが、その考えは甘かった。


 剣はサイガンの顔に触れると、一ミリも肌を斬れずに止まった。


「……え?」


 予想外の展開に、間抜けな声が出た。致命傷を与えられるとは思わなかったが、全く傷をつけられないのは想定外だ。


 偶然、皮膚の堅い所に当たったのだと思って、サイガンの横に移動して剣を振るう。剣先を背中に向けて振り下ろしたが、さっきと同じように肌を斬ることができずに止まった。二度も同じことが起こると、偶然とは思えなかった。


「嘘でしょ……」


 サイガンは僕に対して向き直ると、地面を蹴って向かって来る。全くダメージを与えられないことに慌てつつも、盾を向けて防御する。


 直後、目の前が真っ暗になった。


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