8‐1.いつもと違う冒険
大きく薙ぎ払った大剣から、モンスターを斬った感触が伝わった。その感覚から、一匹だけ斬れたことが分かった。防御から素早く反撃に移ったため、対応が遅れたのだろう。
ベルクの攻撃から逃れたモンスターは、すぐに攻撃体勢をとる。攻撃して隙だらけになった相手を逃す間抜けはいない。だがそれを想定していない冒険者が、マイルスダンジョンの十階層に来るわけがない。すぐさまカイトがベルクとモンスターの間に入り込んで盾を掲げる。直後に、盾から鋭い刺突音が連続で聞こえた。盾の表面を見ると、百は下らない数の細い針が刺さっていた。
「……こんなのが刺さったら死ぬかもな」
「腕や足なら死なないかもよ?」
「試さねぇよ」
目の前にいるモンスターから目を離さずに話す。針を放ったモンスターは一匹だけで、奥には同種のモンスターが五匹も残っている。
モンスターの名前はハリバリ。見た目はチュールに似て、体高は三十cmもない小さなモンスターだ。だがその厄介さはチュールと比べ物にはならない。
頭頂部から尻にかけては、触るだけでも血が出るほどの鋭い針を隙間なく生やしており、戦闘時には針を駆使した攻撃を仕掛けて来る。針の生えた球の様に丸まって跳んで来たり、身体の針を飛ばす攻撃をしてくる。食らえば身体に大量の穴が空くだろう。
針を飛ばす攻撃を繰り返させればいずれ針の脅威は去るが、今回はハリバリが十匹もいた。ベルク達は時間を掛けて倒していき、やっと半分にまで減らしたところだった。撤退して挑みなおすのが賢い選択かもしれないが、それはできなかった。
「ここまで来たんだから、何とか倒してぇな」
今ベルク達がいる場所はマイルスダンジョンの最深部。この空間の奥にある石版に名前を刻めば、晴れて中級冒険者になることが認められる。ここまで来るのに長い時間を掛けた苦労を思い出すと易々と帰られない。それにラトナを待たしているという負い目があり、それがベルク達を退かせない理由となった。
ラトナは三日前に、ヴィックと一緒にマイルスダンジョンを踏破した。チームを抜けたラトナを再び迎え入れるのは、同じようにマイルスダンジョンを踏破した時だと決めていた。その間、彼女はベルク達を待ち続けている。だから簡単に退くつもりは無かった。
「そうだな。だが、もう必死になることは無さそうだ」
カイトがハリバリから目を逸らさずに言った。ふと、あいつの姿が見えないことに気づいた。だが、すぐにその姿を見つける。
ミラはハリバリの群れの背後を突く位置に移動していた。その手にはしっかりと槍が構えられている。
「でりゃあぁ!」
ミラの口から出た雄叫びが聞こえると、ミラに気付かなかったハリバリに槍が突き刺さる。鋭い連続突きにハリバリの反応が遅れた。遠くにいた個体の二匹は奇襲から逃れたものの、ミラの攻撃を受けた三匹は動かなくなっていた。小さい身体を貫通する程に槍が刺さったのだから当然だろう。
逃げたうちの一匹がミラに向かって針を飛ばすが、軽々とそれを避ける。ウィスト程じゃないがミラは身軽だ。見え見えの攻撃なら簡単に避けられる。
それから後は簡単に終わった。ミラがハリバリの攻撃を警戒しながら近づいている隙に、ベルクとカイトが近づいて攻撃をする。一太刀ずつ浴びせてぐったりと倒れるハリバリを見て、死んだことを確認した。
「やっと倒せた……ってのは言い過ぎか」
大剣を担いでから言うと、「そうね」とミラが返す。
「最初はびっくりしたけど、思ってたより楽だったかな。すばしっこいけど、分かりやすい動きだったし」
「だな」
対面した時こそ針を飛ばす攻撃に動揺したが、それ以外で驚くことは無かった。そして針を飛ばす時も分かりやすい前動作をとるので、避けたり防いだりするのは容易だった。
「ラトナがいなくても何とかなるもんだな」
未知なるモンスターと戦うとき、いつもならラトナが対処方法を教えてくれた。だが今はチームを抜けているため、自分達で考えなければいけない。
抜けた直後は当たり前のようにあった指示が無いことに戸惑ったが、次第に自分達で考えるようすることで解決した。今のように十階層のモンスターもラトナ抜きで対応できたほどだ。
そう感じたのはベルクだけでは無かった。
「そうね。けどラトナがいたらもっと早かったよ。間違いない!」
ミラが力強い言葉でラトナの重要性を口にする。仲間思いなミラなら言うだろうと想定していた言葉なので驚くことは無い。「そうだな」と、いつも通りに肯定の言葉を返した。
「二人とも、早く名前を書いて帰るよ」
石版に名前を刻んでいるカイトに催促される。いつの間にか自分の分だけは終わらせていたようだった。今カイトが持っている石版に名前を刻めば、マイルスダンジョンを踏破した証拠となる。
先にミラに名前を刻ませた後、ベルクが自分の名前を刻んだ。そうしてやることを終えて、帰ろうとした時だった。
「あれ? 三人とも来てたんだ」
最奥部の入り口にウィストがいた。ウィストはベルク達の姿を見ると納得したような表情に変わる。
「どうりで十階層でモンスターに襲われないわけだ。三人が倒してたんだね」
どうやらベルク達の後から来たウィストは、十階層のモンスターとは遭遇しなかったようだ。ここまで来る途中、数々のモンスターをベルク達が倒して来たので、見かけないのも無理は無い。
「大変だったよー。面倒なモンスターが何体も来るから」
ミラが愚痴を言うが、ベルクも同じ気持ちだった。九階層までは普段と同じやり方で進めるが、十階層のモンスターにはそれぞれ特性があるため従来通りには進めない。毎度毎度、倒す手を考えなければならなかった。考え無しに戦っていた九階層が懐かしい。
「覚悟はしてたんだけど、思った以上だったよ。十階層は癖の強いモンスターが何体も居て、遭遇せずにここまで来るのは難しいって言われているほどだから」
カイトが疲れた表情で話す。どんな攻撃をしてくるか分からないモンスターから仲間を守りつづけていたせいで、いつもより疲れているのだろう。帰ったらいつも以上に労ってやろうとベルクは考えた。
帰る前に、ベルクはウィストに呼びかけた。
「ウィスト。俺達はもう行くけど、名前を残すんなら今のうちにやっとけ」
石版を持って行こうとしたが、「ううん、いい」と断られた。
「また来直すよ。こんなんじゃ踏破出来たって感じしないから」
「わざわざ苦労する方を選ぶのか?」
意地悪く言ったのだが、同じ調子で「うん」と答えられる。
「楽するのはいつでもできるからね。それに十階層のモンスターをちゃんと倒さないとヒランさんに悪いしね」
ヒランの名前が出てベルクは不思議がったが、「なるほどな」とカイトは納得した。
「八階層以下は中級冒険者になるための試練ってやつか」
「そういうこと」
ウィストがきめ顔でカイトを指差した。
「ヒランさんが苦労して管理している意味を考えたら、その想いを汲んであげたいって思ったの。真面目すぎかな?」
「いや……良いんじゃねぇか」
口ではそう言ったものの、ベルクは納得し切れなかった。楽できるときに楽をしても悪いことではない、そう考えているからだ。だがウィストの方が正しいとも思ってしまう。腕前だけでなくこういうところにも差があるのだなと、実感してしまった。
突然、ベルクは背中を強く叩かれた。ばんっと大きな音が十階層に響き渡るほどだった。
背中を叩いたのは、眉をひそめたミラだった。
「まーた弱気になってたでしょ? 何回言ったら分かるの」
イラつきが混じったセリフを言うと、
「ウィストにはウィストの、ベルクにはベルクの良いところがあるんだから、いちいち気にしないの」
いつもの言葉で励まされた。少し心配するような撫でるような声で。
ミラに限らず、こういう言葉は至る所で聞こえてくる。人それぞれに良いところがある、と。ありきたりなセリフである。
だがその言葉で、少し安心することも確かだった。
「俺はお前のそういうところが好きだよ」
本音の言葉に、ミラは顔を真っ赤にした。
「なっ……なにこんなところで言ってんのよ!」
「どんな場所でも想いを伝えられるのが俺の良いところだよ」
「こ、このばかっ!」
ぷんぷんと怒りながら、ミラは来た道を戻って行った。それを見たカイトが一言言った。
「コーヒー飲みたいから早く帰ろっか」




