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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第七章 一人前の冒険者

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7‐12.手段と目的

「では、明日にでも確認いたします。確認が出来次第、中級冒険者として認定します」


 ギルドに戻ってダンジョンを踏破したことをヒランさんに伝えると、その言葉が返ってきた。石版に刻んだ僕とラトナの名前をヒランさんが直々に確認しに行くので、明日中には中級冒険者として認められるだろう。


「しかし、少々驚きました」


 表情を変えないまま、ヒランさんが意外そうな様子で言った。


「何がですか?」

「あなたがウィストよりも先に踏破することです。チームを組んでいるとはいえ、彼女よりも早く踏破するとは思いませんでした」


 実際、僕も驚いている。ウィストは今もグルフ対策としてレンの相手をしている。彼女なら対応できるまでにそれほど時間がかからないと思っていたのだが、思った以上に意外と苦戦しているのかもしれない。


「苦手なモンスターがいて、その対策に時間がかかっているみたいです」

「そうですか。しかし、彼女なら大丈夫でしょう」


 納得したヒランさんは別れの挨拶をしてから仕事に戻った。ただ、僕はウィストへの気掛かりが残っていた。近いうちに様子を探ってみよう。


 話を終えた僕は食堂に足を運ぶ。ラトナはすでにテーブル席を確保していた。僕はラトナの向かい側に腰を下ろす。


「んじゃー、今日はじゃんじゃん頼んでね。前に奢れなかったことだしー」


 ダンジョンを踏破した記念に、再びギルドの食堂で食事をすることになった。一緒に踏破したので割り勘でも良かったのだが、前のお詫びということもあって強情なラトナの提案を断り切れなかった。


「ヴィック! ラトナ!」


 メニューから料理を選んでいるとき、ギルドの制服を着たフィネに声を掛けられた。

 フィネは満面の笑みを浮かべている。その表情のまま、「おめでとうございます!」と大声で祝われた。


「マイルスダンジョン、踏破したんですよね!? 凄いです!」

「ありがとう、フィネ」


 お祝いの言葉に、僕はお礼を返した。太陽の光のような温かい笑顔でお祝いされたら、お礼を言いたくなるのは当然だ。


 それに僕がここまで来れたのはフィネのお蔭でもある。フィネの励ましと支えが無ければ、今頃腐っていただろう。そんな彼女に感謝しないわけがない。

 ラトナもお礼を返すと、フィネははにかみながら、


「お礼を言われるほどじゃないですよ。応援していただけです」


 と謙虚な言葉を返した。だが彼女のお蔭で今の僕があるのは事実だ。


「良かったら一緒に食事できない?」


 踏破できた喜びをフィネと分かち合いたくて食事に誘った。今まで受けた恩を、少しでもいいから早く報いてあげたかった。

 フィネは嬉しそうな顔をして「ありがとう」と答えたが、


「けど今はまだ仕事中だから……気持ちだけ受け取っとくね」


 そう言えば彼女はまだ仕事中だ。焦って彼女の都合を無視して誘ったことに自己嫌悪した。


「そうだったね……けっこう忙しい?」

「今は楽になりました。けど夕方は忙しかったです。十階層のモンスターの鑑定が大量に―――」

「フィーちゃん」


 フィネの言葉をラトナが遮った。「はい」とフィネは返事をしてラトナに向き直る。


「話の途中でごめんねー。お腹減っちゃったから料理持ってきてー」


 ラトナは適当な料理を注文すると、フィネは厨房に向かって行った。もう少し話をしたかったのだが……。


「話、途中で止めちゃってごめんねっ。けど他の職員さんがちょーっと睨んでたから」


 そういうことなら仕方がない。僕のせいでフィネが怒られるのは勘弁したい。


「そっか……嫌な役回りをさせてごめんね」

「……良いって、それくらい」


 ラトナが気まずそうな顔で答えた後、「それよりも!」と話題を変えようとする。


「やっと踏破したんだから、あたしに聞くことがあんじゃないのー?」

「…………あ、そうだったね」


 忘れていたことをラトナが思い出させてくれた。そう言えば踏破したら、なぜ仲間から離れてまで僕とチームを組もうと思ったのか、その理由を聞くことになっていた。

 「もー、忘れちゃだめじゃん」と微笑みながら指摘されたが、ちょっと申し訳なくなった。


「以前から組んでたみたいな心地良さだったから、つい期間限定だってことを忘れてたよ」


 もちろん忘れては無かったが、前半の言葉は正直な気持ちだ。

 ラトナは最初から、僕の動きを補う様な働きぶりを見せていた。僕も途中からラトナの動きを見なくても分かるようになり、それがずっと一緒のチームだったような錯覚を感じさせた。


 僕の言葉を受けたラトナは、「嬉しいこと言ってくれるじゃん」と照れくさそうにしながら返した。


「まぁ、たいした理由じゃないんだけどね」


 僕はラトナの話に耳を傾ける。仲間を離れるほどの理由。それほど重要な内容を聞き逃しはしまいと思って、聞くことに集中した。


 少しだけ間をあけてから、ラトナはその理由を告げた。


「強くなりたかった。それだけ」


 あっさりとそう答えた。まさかと思って次の言葉を待ったが、一向に喋りそうな空気ではない。

 我慢できずに、「本当にそれだけなの?」と尋ねた。

 ラトナは「うん」と頷く。


「納得いかないかな?」


 同じように僕も頷いた。

 ラトナには優秀な仲間がいる。それは彼女自身も認めていることだ。彼らの力を借りれば、あのチームにいたまま強くなることは可能だ。その方が確実で、安全である。僕一人と彼らを天秤にかければ、誰もが彼らを取るだろう。

 僕と組んでも危険度が増すだけで、彼らのチームに戻ってもその経験が役立つのか不確実だ。ラトナがそれを分からないとは思えない。


「ヴィッキーと組めば、今のあたしに足りないものを教えてくれると思ったんだー」


 僕は首を傾けた。僕に有って、ラトナに無いものと言えば……。


「これとか?」


 盾を見せると、「違うよー」とすぐに否定された。


「盾はカイっちの役目。あたしに無いのは『必死さ』だよ」


 ラトナの答えに、少し納得してしまった。それはラトナには似合いそうにないものだったからだ。


 ラトナは普段の生活では軽いノリで周囲を賑わせるが、冒険になると頭の良さを活かしてサポートや知識を伝えてくれる。だが決して、息を荒げるほどの必死さは見せなかった。

 いつもは明るくて冒険では冷静な一面を見せる彼女からは、周囲を感化させるほどの情熱を持つ姿を想像できない。


「だからヴィッキーで、それを体感したいと思ったの」

「なんで僕なの?」


 呆れた顔で答えられる。「ヴィッキー以上に必死な冒険者、そうは居ないよ」と。


「ウィズに追いつくために、根詰めた生活してんじゃん。普通、そこまでできないよ」


 ウィストの愛称が出て、自分でも否定しきれなかった。たしかに以前は、いや今もウィストに追いつこうと努力している。宿泊費や食費を削るために、野宿や食料を現地調達してお金を貯め、装備を買い揃えている。

 マイルスダンジョンを踏破して、実績だけはウィストに勝ったので少しだけゆとりのある生活をしようと思っているが、ここまで来るのに必死だったことは間違いない。


「ヴィッキーの戦いぶりを見て、それを学ぼうと思ったんだー。お蔭で勉強になったよ。ありがとちゃん」

「……いつも通りに動いただけだから、お礼を言われるほどじゃないよ」


 とは言ったものの、内心は嬉しかった。自分の頑張りが認められて、嬉しくないわけがない。


 話に区切りがついたところで、注文した料理が運ばれてきた。キリが良かったので、すぐに乾杯をして食事をし始める。前の反省を生かして、今日のラトナはお酒を控えていた。そんな彼女に遠慮して、僕もお酒は飲まないことにした。


「ヴィック、ラトナ、おっひさー」


 食べ始めてから十分ほどで、ウィストに声を掛けられた。言葉通り、会うのは久しぶりだった。


「久しぶりー。今日は遅かったね」


 陽が沈んでからずいぶん時間が経っている。ダンジョンに通っていることはもう少し早い時間に戻って来ていたはずだが、この様子だとまたレンを相手にしてたのだろう。


「ちょっと鍛錬に熱中しちゃってねー」


 レンの事を出さずに答えた。レンは危険指定モンスターのエンブだ。人が多いギルド内で口外はしたくない。それはウィストも分かっているようだ。


「鍛錬も大事だもんね。けどそろそろグルフにリベンジしたら?」


 鍛錬に時間を掛けすぎていると思って言ったが、ウィストは不思議そうな顔で僕を見た。


「グルフ?」


 何の話だと言わんばかりの態度に不安を感じた。決してとぼけている様には見えない。

 もしやと思って、ウィストに問いかける。


「グルフの対策として、鍛錬を続けていたんだよね?」


 数秒間の沈黙が流れる。十秒ほど経つと、ウィストががっくりと膝から床に落ちた。「あぁー」と間の抜けた声を上げながら床に手を着ける。


「すっっっかり、忘れてたぁー!」


 凄く無念を感じさせる言葉を、彼女は発した。


 ダンジョンに挑まなかった理由がくだらないことで良かったと心底思った。


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