7‐9.相応しい行動
マイルスダンジョン九階層目に入ってから二時間、今は二匹のグルフを相手にしていた。
相変わらずの素早い動きに、連携が取れた攻撃。レンとの鍛錬で速さには対応できるものの、複数体で連携されると少々難しくなる。
だがそれは、チームを組むまでの話だった。
僕に向かって、一匹のグルフが襲い掛かってくる。盾で防いで反撃しようとしたときに、残りのグルフがすかさず攻撃を仕掛ける。いつもなら反撃を後回しにして二匹目の攻撃を防いでいたが、今回は攻撃を優先した。
一匹目のグルフに攻撃した瞬間、残りのグルフの鳴き声が聞こえる。急な痛みに驚いた弱々しい声だ。攻撃した後に見ると、グルフの身体に矢が刺さっている。僕の後ろにいるラトナが放ったものだ。
二匹ともダメージを負ったせいで動きが鈍くなっている。その隙を突いて追撃を仕掛ける。ラトナも同じように追撃してくれたお蔭で、難なくグルフを討伐できた。
元々、得意とするモンスターだったとはいえ、ここまでスムーズに倒せたことは無かった。ラトナのサポート力が高いお蔭である。
仲間の頼もしさを、改めて実感した。
ほどほどに狩りをしてからダンジョンを出た頃には、すでに陽が暮れていた。
「いやー、熱中したねー」
狩りの成果に満足したのか、ラトナは嬉しそうな笑みを浮かべている。僕も同じ気持ちだった。これほど楽にモンスターを倒せたのは初めてだ。たくさんのモンスターの部位を入れた袋が、それを実感させてくれる。
儲けはラトナと分け合うが、それでもいつも以上の稼ぎになるだろう。この調子なら、中級冒険者になるのも遠い話ではなさそうだ。
「うん。こんなに狩れたのは初めてだよ」
嬉しさを言葉にすると、ラトナとの会話も弾んだ。
「ラトナ達はいつもこんなに狩ってたの?」
「まぁねー。皆頼りがいがある友達だからねー。けどヴィッキーもいきなり組んだのに動き良かったじゃん」
「ウィストと組んだこともあったから……数回だけど。そのお蔭だね」
「ほほぅ。今後も期待できそうだねぇ。カイっちとは違う動き方だからびっくりしたけど、ヴィッキーの方がやり易いかも」
「どう違うの?」
「ヴィッキーはどっしりと構えて動きが少ないけど、カイっちはめっちゃ動く。盾を使って防御しながら近づいてるんだよねー。凄く動くからいつも誤射しないか不安なんだけど、注意を引きつける役目は十二分に果たしてくれるのよん」
「そんな戦い方なんだ……」
「そそ。ソランさんと同じやり方だって。あとベルっちも身体が大きいから不安。ま、お蔭で隠れながら撃てるんだけどね」
「たしかにあんなに大きかったら、隠れるのに好都合だね」
「そゆことっ。それにピンチの時は身体を張ってくれるナイスガイだから頼りになるんだー。あとミラらんはいい感じに動いてくれるっしょ。あたしが襲われそうになったらすぐに助けてくれるし、けど攻撃も手を緩めない頑張り屋だよっ。だからあたしが抜けるって言った時はあんなに心配してたの。怒らないであげてね」
「大丈夫。そんなに怒ってないから。ラトナを心配してたからってことぐらいは分かるよ」
「ヴィッキーっておっとなー」
話が途切れることが無いくらい、楽しい会話が続く。こういう時間は新鮮だった。
ギルドに着くと、買い取りのため受付に向かう。ラトナは「テーブル取っとくね」と言って食堂に向かおうとした。
「えっと、僕食べないつもりだけど」
「ダメじゃん、ちゃんと食べないと。身体が大きくならんよ」
ラトナに反論されるが、新たな装備を買うためのお金を溜めたいところだ。
しかし、「今日は奢っちゃうよ」と言われると話は別だ。
「いきなりチームを組ませちゃったから、そのお詫びってことで」
今日の成果から言えば、むしろこっちがお礼をしなきゃいけないのだが、奢りという言葉に逆らえなかった。
了承すると、ラトナは軽い足取りで食堂に向かった。
「へぇ。チーム組んだんだねー」
買い取りに出した素材を鑑定しているリーナさんがそう言った。耳と口は僕の方を意識しているが、目線は素材の方に向けている。
「ちょっと意外。組むならウィストかと思ってたんだけどねー」
「まぁ、成り行きですね。けど期間限定ですよ」
「どれくらい?」
「マイルスダンジョンを踏破するまでです」
「ふーん。変なタイミングだねー」
妙な言葉をリーナさんが口走った。言うほど悪いタイミングだろうか? キリが良い頃合いだと思っていたのだが。
「二人が良いなら良いけどねー。ほい、鑑定終わったよー」
あっという間に大量の素材の鑑定を終わらせると、買い取り額分のお金を渡される。いつもの稼ぎよりも倍以上の額だった。少し感動してしまう。
お金を受け取ってからラトナのところに向かうと、すでに飲み物がテーブルに置かれていた。
席に着くと、ラトナがグラスを持ち上げる。倣うように僕もグラスを持った。
「それじゃ、チーム結成を祝って……乾杯!」
「乾杯」
ラトナとグラスを合わせてから、飲み物を口に運ぶ。冒険後のお酒は美味しかった。
「ヴィック君、ラトナちゃんとチーム組んだの?」
ラトナが先に頼んでいた料理を口に運んでいるときだった。ヒュートさんが僕らの下に来てそう訊ねた。
「えぇ。まぁ成り行きですけど」
「酷い! そんな軽いノリだったのね! お詫びとしてもう一杯飲みなさい!」
「酔うから嫌だ」
ラトナの絡みを適当に返す。若干酔っているようにも見えた。
するとヒュートさんは、
「じゃあさ、僕も一緒に組んでも良い? 三人ならより安全にダンジョンを進めれるよ」
と提案してきた。
予想外の展開だった。まさか一日のうちに二人の冒険者にチームを組むことを誘われるとは、想像すらしなかった事態だ。追い風が吹いている、そう感じるほどの一日である。
もちろん了承する気で、それを伝える寸前だった。
「ヒュートんって、何階層まで行ったことあるの?」
僕が答えるより先に、ラトナが口を開いた。その質問にヒュートさんは、「五階層だけど?」と返した。
するとラトナは「うーん」と唸った。少し考える素振りを見せてから、「じゃ、だめかなー」と断りの言葉を口にした。
「なんで? 人数の多い方が効率よく進めるでしょ?」
「実力が近かったらねー。けど実力差が大きいとその逆になっちゃうから」
ラトナの納得できる説明に、何も言えなかった。僕にも心当たりがあることだったからだ。
冒険者になって間もない頃、ウィストと一緒にエイトさんとチナトさんが出した依頼を受けたときのことだ。偶然遭遇したグロベアから逃げるとき、僕の不注意で皆の足並みを乱してしまった。最終的には助かったものの、下手すれば死んでいた可能性があった。
そのときの事を思い出すと、続けてヒュートさんを誘う言葉が出なくなった。同期をあんな目に遭わせたくは無かった。
「けど一緒に付いて行けばその差も無くなるでしょ? 時間はかかるかもしれないけど」
ヒュートさんは食い下がるが、ラトナは首を縦に振らない。
「あたしもヴィックも早く踏破したいからー、のんびりできないんだ。八階層以下は危険が一杯だから、ヒュートんを守りきれる保証もないからねー」
遠回しな断り文句を聞いて、ヒュートさんは奥歯を噛みしめた。だが少し待つと「そっか」と呟き、最初に声を掛けたときと同じ笑みを浮かべた。
「じゃ、今回は諦めるよ。またね」
ヒュートさんは早歩きで去って行った。その背中を見ながら心の中で謝罪する。
実力差はあるかもしれない。けどチームを組んで、三人で冒険をしてみたかったのも事実だ。
同じ年頃の冒険者達とチームを組んで冒険する。それは僕のささやかな願いの一つでもある。
溜め息をついてしまうと、ラトナが「ごめん」と謝罪した。
「ヴィッキーは組みたかったんだよね? あたしの我儘で勝手に断ってごめんね」
申し訳なさそうなラトナの顔を見ると、文句を言えなくなった。いつもの調子じゃないと違和感があって、くすぐったかった。
「大丈夫だって。けど意外だった。ラトナも早く踏破したかったんだね?」
「……そだよー。早目に戻ってあげないとミラらんも寂しがるからねー」
明るい調子に戻ったのを見てから食事を再開した。
ただ、さっきのラトナの態度はらしくない。
もしヒュートさんが足を引っ張ることになっても、励ましながら進もうとするのがラトナらしいからだ。




