1-6.宿無し
冒険者ギルドを出た僕は武器を買った後に宿屋を探した。武器屋では胸当てと剣、そしてモンスターの素材を剥ぎ取るためのナイフを購入していた。思っていたよりも高かったため、元々持っていたお金とさっき稼いだお金はほとんど無くなった。
武器屋の近くで宿屋を見つけると、僕は財布の中身を確認する。財布の中には二千G相当の硬貨が入っている。これが今の僕の全財産だった。
「これで宿に泊まれればいいんだけど……」
宿代の不安を抱きながら、思い切って宿屋の扉を開ける。正面に受付があり、その奥にはふくよかな女性が座っていた。
「いらっしゃい」
「泊まりたいんですけど……一番安い部屋って空いてますか?」
「今日は満室だよ」
「……え?」
意外な展開に、思わず声が出てしまった。
「一番安いのは大部屋だけど、一部修理しているからね。その分大部屋の宿泊客を減らしてるんだよ。個室ならあるけど一千Gだ。あんたに払えるかい?」
「一千G……」
僕は財布の中を改めて確認する。さっき確認した時と同じ分の硬貨が入っている。
個室分の料金は一応ある。しかしこれからの生活の事を考えると出費は抑えたい。個室に泊まると所持金が半分も減ってしまう。
僕は「いえ、止めときます」と断って宿を出ようとする。
「他の宿屋に行くなら急いだ方が良いよ。この時間だと、ほとんどの宿が満室になるから」
僕の背中に女性が言葉をかける。それを聞いて、焦る気持ちが湧いて出た。
宿を出た僕は駆け足で街中を走り回った。
「あー、うちも満室なんだよ。ごめんね、ぼく」
「……そうですか」
宿屋を探して三件目。前の二件と似た言葉を聞いて、僕は肩を落とした。先に訪れた宿屋は、着いた頃には満室になっていた。冒険者ギルドから大分離れた三件目の宿屋も満室であった。
ついてない。頭にそんな想いを浮かばせて三件目の宿屋から出ると、日が暮れて夜になっていたことに気づいた。
こんな時間になってしまったら、もうどこの宿も満室なのではないか。あったとしてもこの付近にあるのだろうか。
そんな不安が頭によぎると同時に腹の虫が鳴く。そう言えばマイルスに着いてから一食も摂っていなかった。
「仕方がない。今日は野宿か」
食欲に負けた僕は、宿に泊まるのを諦めて野宿することに決めた。
これ以上探しても無駄に体力を消費する結果になるかもしれない。もしそうなったら明日からの冒険者活動にも支障が出るだろう。それにサリオ村に住んでいた時は、隙間風が吹く物置小屋で寝ていたから野宿することにも抵抗は無かった。
やることを決めると早速食事にありついた。大通りにあった屋台で鳥の串焼きを三本ほど買い、適当なベンチに座ってそれを食べる。串に刺さった肉を一かけら食べるだけで、身体中が幸福感で満ちた。肉を食べたのは初めてだったかもしれない。
満足した食事を堪能して少しばかり幸せな気分に浸る。野宿すべき場所を探したかったのだが、早い時間に場所を決めてそこに居座っていたら、人目を引きそうで嫌だった。
しばらくして人通りが少なくなると、僕はベンチから腰を上げて行動に移した。通りの端の方を歩きながら脇道を見て、野宿先を探す。
雨風を防げて暖かそうな場所を見つけようと目を凝らせ、良さそうな場所を見つけたら近づいてみて寝られそうか確かめた。しかしそういった場所には先客が居たりする。居ない場所を見つけても、人通りが多くて目につけられやすい場所だったり、ゴミが多くて汚い場所が多くて寝られそうになかった。
野宿する場所を探して一時間以上経っただろう。未だに良さそうな場所が見つからず、さっきの食事で得た幸福感も消え去っていた。
疲れ切ったうえに野宿することもできない事態に嫌気が差し、面倒臭くなった。
「もうどこでもいいか」
人目にさえつかなければどこでもいい。それさえできていれば次に見つけた場所にしよう。そう考えてまた探し始めると、間もなくして丁度良い場所を見つけた。
商店の隣にある薄暗い道。既に商店は閉まっており店の明かりは点いていない。道は程よく狭くて薄暗く、人通りも少なそうだ。そのうえ道の奥に進むと空箱が置かれており、これを動かせば物陰になりそうだ。妥協しようと決めた矢先に良い場所を見つけて可笑しくなった。
結果として最高の場所を見つけると、やることもないのですぐに寝ることにした。地面は固かったが、物置小屋と大差なかった。
明日から頑張ろう。そんな決意を胸に秘めて、僕は眠りについた。
だが、来て間もない地で野宿するのは止めるべきであったと後悔した。
まだ日が昇ってない時間に僕は目を覚ました。辺りは暗く、寝始めたときから大して時間が経ってないように思えた。なのに起きてしまったのは、予想以上の冷え込みが原因だった。
村にいたときも冬は冷え込んだが、あの時は毛布を重ねこんで寝ていた。凍死されたら面倒だと思ったのか、叔父達は余った毛布を与えてくれたのだ。不本意だったが、あの時は叔父達に感謝した。後に家で寝かせてくれたら良いのにと思いもしたが……。
しかし、今は毛布は一枚も無く、風を遮る壁は一切ない。村では春の季節だと冷え込みは無かったが、マイルスではまだあるみたいだ。
空箱を使えれば風を遮られるんじゃないか。そうすれば少しはマシになる。店の物を勝手に使うのは申し訳ないと思ったが、命に関わる事態だ。そう自分に言い聞かせて箱に手を伸ばした。
だが箱に手をかけた瞬間、人の気配を感じた。
箱の向こう側から、誰かにじっと見られている様な視線を感じ、箱を動かすことができなかった。商店の人だろうか。それとも通りすがりの一般人か。はたまた強盗か。色んな想像が頭を巡り、どうすれば良いのか分からなくなって恐怖を感じてしまう。
もしかしたら気のせいかもしれない。淡い期待を抱いて箱の向こう側をそっと覗き込もうと静かに動く。
すると、向こう側にいた人と目が合った。
「うわぁ?!」
驚いた僕は、声を上げて慌てて後ろに下がった。
「あら、やっぱり居たのね」
だけど僕とは違い、その人はあまり驚いていない様子だった。
銀色の長い髪でおっとりとした顔の女性は、躊躇うことなく僕に近づいて来た。僕の前でしゃがみ込むと、子供に教え諭すように喋り始める。
「ここで寝るのは止めた方が良いわ。もう帰っているけど、ここの店長はとても恐い人だから、朝に見つかったらすごく怒られるわ」
優しい口調の言葉に、僕は数秒考えてから「はい」と答えた。せっかく見つけた野宿先に未練はあったが、店員に見つかって迷惑になると言われたら去るしかない。
外していた防具を再び身に着け、出て行く準備を始めた。
「ちょっといいかしら?」
去ろうとして立ち上がったとき、その女性に声を掛けられた。
「何ですか?」
「貴方冒険者かしら?」
「……そうですけど」
「あら、やっぱりそうだったのね」
そう言って女性は嬉しそうな顔をする。なぜ冒険者だと嬉しいのか、理解できなかった。
すると女性は、続けてこう言った。
「じゃあ来なさい。一晩くらいなら家に泊めてあげるわ」
この言葉は、もっと意味が分からなかった。