7‐8.初めてのチーム
「……どういうことだ?」
驚いて何も言えない皆を代表して、ベルクが尋ねた。その表情には、見るからに不安が宿っている。僕も同じ顔をしていたかもしれない。
「一旦チーム抜けてー、ヴィッキーと一緒に冒険するってことだよん」
対してラトナは、いつも通りの調子で答えた。笑顔を見せながら楽しそうに。
だがその答えには僕だけではなく、皆が納得していなかった。
「笑えない冗談はやめて。流石にたちが悪すぎるよ」
ミラさんが不快な表情を見せて咎めるが、「ううん。本気」ラトナは言葉を翻さない。
「そうじゃなくて……なんでそんな事を言うの?」
「そだねー。ここで言うのはタイミングが悪かったかも」
「違うわよ。これから中級冒険者になるためにダンジョンの踏破を目指してるじゃない? まだ終わっても無いのにそんな話をされても―――」
「んー、その前が良いかなーって思ったんだー」
「その前って……そういうことね」
合点がいったようなセリフを口にし、ミラさんは僕の方を向く。しかも憎しみが痛いくらい伝わるほどの鋭い目で。
ミラさんは僕の前に来ると、服の首元を掴んだ。
「あんた、ラトナの手を借りて踏破しようとしてるのね!」
何故か僕が元凶にされた。全く心当たりが無いというのに。
「待って待って! 僕も全然分かんないんだよ!」
「ふざけないで! だったらラトナがあんたの名前を言うわけないじゃない!」
「知らないものは知らないよ! ミラも心当たり無いの?」
「あんたなんかと名前を呼び捨てるほどの関係にはなってないわよ!」
「ごめん! 謝るから、首を緩め、て。締まっ、てる、から……」
強く首を絞められて、息が苦しくなる。窒息しそうになる寸前、途端に呼吸が楽になった。ミラさんの手を、ベルクが引き離して解いてくれたからだ。
僕は咳き込みながらベルクに礼を言うと、「こっちもすまん」と謝られた。ミラさんが首を絞めた事だろう。ベルクが謝ることではないのだが……。
「けどホントに心当たり無いか? ラトナが何の相談も無しにお前の名前をあげるのは、ちょっと違和感があってな……」
ベルクも僕が何か知っていると思っているようだが、僕は「知らない」と首を横に振る。
ラトナとは仲が良いが、チームを組むという話は一切していなかった。だからラトナの報告には、ベルク達と同じように僕も仰天していた。しかも知らないうちに相方にされていて、理解が追いついていない。それほど唐突な話だ。
一方、当の本人は能天気な口ぶりだった。
「うん。まだヴィッキーには相談してなかったんだー。事後承諾になっちゃってごみんね」
「事後承諾も何も、まだ納得してないって……」
「いいじゃーん、それくらい。それともぉ、あたしじゃ不満?」
「不満とかそういう問題じゃなくて……」
たしかにラトナと一緒に冒険をすれば、いろいろと出来ることが増えるうえ、冒険も楽しくなるだろう。
しかし問題はそこじゃない。
仲間に何の相談も無しに決めている今の状況が問題なのである。僕とチームを組む組まないの相談はその後だ。
「とにかくまずは、皆と相談して―――」
説得しようとしたとき、ラトナは僕の服を掴んだ。裾をぎゅっと掴み、切なげな弱々しい顔を浮かばせている。その顔は、マイルスダンジョンが解放された日の朝、ギルドでラトナと話しているときに見せたものと同じだった。
仲間には言えない何かを隠している、そんな予感がした。
それが何かは全く見当がつかない。だがあのときの僕は、何かあったら相談に乗ると言った。
ラトナが何をしたいのかは分からない。けど手助けをしたい気持ちは、今も変わりない。
だから僕は、ラトナの思いを汲むことにした。
「ちょっとだけでいいから、一緒に組ませてくれないかな? ラトナとは組んでみたいと思ってたから……」
ベルク達に向かって、組むことを提案する。これが僕に出来ることだと思ったからだ。
しかし、当然の様にミラさんの口から異論が出た。
「はぁ? やっぱりあんたはラトナの力を利用して、ダンジョンを踏破するつもりね!」
「違う。そんな単純な事じゃなくて―――」
「誰が単純よ! 言っとくけど、私はあんたを認めてないんだから!」
ミラさんは声を荒くして抗議する。納得させるのは難しそうだ。それに、ここまで嫌われるとちょっと悲しくなる。
一番の難所はミラさんの説得だ。どうにかしようと方法を考えているとき、カイトさんが口を開いた。
「ラトナ、思いつきで言ってるんじゃ無いんだよな?」
ラトナが「うん」と答えると、カイトさんは諦めた様な表情をした。
「期間限定なら俺は良いと思う」
カイトさんが了承する意思を告げた。ミラさんはポカンと呆けた表情を見せ、ベルクは「良いのか?」と確認する。
「あぁ。ラトナにはラトナなりの考えがある。俺はそれを尊重するさ」
カイトさんがそう答えると、
「……まぁ、お前がそういうなら、俺は文句を言うつもりは無いさ」
ベルクも承諾した。
「で? どれくらい離れるつもりだ?」
カイトさんがラトナに尋ねると、「ここを踏破するまでかなー」と答えた。「ちょうど良いかもな」とカイトさんは納得した。
「じゃあヴィック。いきなりで悪いけど、ラトナの事を頼む」
「あ、はい。任せてください」
カイトさんに託されて、それに応えた。少しプレッシャーを感じた。
「ちょっとちょっと! なんでみんなあっさり許可してんの?! 私は許さないよ!」
「まぁまぁ、落ち着けよ。ヴィック、後は任せたぜ」
「待ってよ! まだ話は終わって……ってなんでこんなときにぃー!」
まだ抗議を続けるミラさんを、ベルクが肩と膝裏に手を回して持ち上げる。所謂、お姫様抱っこで連れて行った。
ミラさんは顔を真っ赤に染めながら抗い続けるが、さっきより声は小さくなっていた。カイトさんもベルク達に続いて僕達から離れて行く。
そして僕とラトナだけがこの場に残った。
「やっと二人っきりになれたね……なんちゃって」
すっかりいつもの調子に戻ったラトナ。さっきの切なげな表情が嘘みたいだ。
「じゃ、グロちゃんを解体して持って帰ろっかー。それとも後で取りに来る派?」
グロベアの死骸を見ながら尋ねてくる。
それも重要なことだが、先に確かにしたいことがあった。
「なんで仲間から離れたの?」
これは、どうしても聞きたいことだった。
仲間という存在は、僕が欲しがっていたものだ。嬉しいときには喜びが倍になり、悲しいときは辛さを分かちあえる、頼もしい存在だ。一時期は、いつも四人で冒険するベルク達に嫉妬したくらいである。
それほど重大な宝物を手放すなんて、僕には考えられないことだ。その理解しがたい行動を起こした理由を、どうしても知りたかった。
ラトナはうーんと唸りながらも、「今は言えない……かな」と答えてくれた。
「踏破したら何でも教えてあげる。だから今は、何も言わずに組んでくんない? お願い」
背を向けられたため、ラトナの表情は見えない。しかし真剣な意思を感じ取った。
結局答えは聞けていないのだが、ここまで必死な思いを告げられたら、異を唱えることは出来なかった。
「わかった。踏破した後にちゃんと教えてよね」
「もっちろーん。何でも答えちゃうよ。スリーサイズから好きな人の名前まで!」
ラトナが明るい調子に戻ったのを見て、安堵の息を吐いた。こうじゃないと、こっちの調子が狂いそうだった。
何はともあれ、僕とラトナはチームを組むことになった。成り行きで決定したことだが、内心喜んでいる自分がいた。心強い仲間を手に入れたのだ。嬉しくないわけがない。
だから僕は舞い上がっていた。そのせいで、ラトナの真意を探ることを後回しにしてしまった。




