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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第七章 一人前の冒険者

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7‐7.準備は大事

 マイルスダンジョンの八階層への二度目の挑戦。しかしそれほど手こずることは無く踏破した。

 グルフを含めたモンスターが次々と襲い掛かってきたが、その度に落ち着いて対処できた。レンの予測不可能な動きに比べたら、グルフの動きは分かりやすかった。レンとの鍛錬のお蔭だった。

 僕は九階層に降り立ち、一つ息を吐いた。


「ここが問題なんだよねー……」


 八階層のモンスターは強いが、九階層はそれ以上に厄介なモンスターがいる。クラノさんも、そのモンスターを注意していた。

 モンスターの名はグロベア。かつて、僕が尻尾を巻いて逃げてしまった相手だ。

 嫌な記憶が脳裏に甦る。あの日からウィストに対して劣等感を抱く日々が続いたのだ。忘れられるはずがない。


 一度、大きく深呼吸をした。

 これはチャンスだ。あのときの自分と決別する良い機会でもあるのだ。奴に勝てば昔の僕とは違うということを証明できる。そう思うと、少しだけ前向きになれた。


 気を取り直して九階層を進み始める。


 九階層には、八階層に居たモンスターに加えて、グロベアが住み着いている。だがグロベアはもちろん、それ以外のパワータイプのモンスターも十分注意が必要だった。

 力の強いモンスターは、僕にとっては天敵と言える相手だからだ。


 僕の戦闘スタイルは、モンスターの攻撃を盾でやり過ごしてから反撃するものだ。この戦い方の利点は、防御時に盾を動かすだけなので体力の消費が少なく、すぐに反撃できるという点だ。

 しかし盾で防ぎきれない攻撃をされると、その利点が無くなってしまう。あまりの威力に、身体が耐えきれないからだ。

 僕の身体が強くて丈夫なら耐えられるのだが、この半年ではそこまで変化していない。弱点をカバーするために盾による受け流しを習得したのだが、今の僕の技量では限界がある。だから対策が必要だった。そのためにクラノさんからの情報を得ていた。

 資料から得られる情報とは違い、実際に戦った者の経験談は非常に役立つ。その話を聞いて対策を立てれば、あとはそれが有効かどうかを確かめるだけだ。





 九階層に入ってから一時間。モンスターと何回かは遭遇し、戦うたびに手応えを感じていた。モンスターの習性や特徴を知っていれば、楽勝とは言えずとも、苦戦することなく倒せてた。力の強いモンスターを想定した対策は上手くいっていた。しかし、まだ本命のグロベアとは遭っていない。油断は出来なかった。


 僕は松明のある道を進み続ける。すると遠くでモンスターの鳴き声と人の声が聞こえた。僕以外にも九階層に来ている冒険者がいるのだろう。ウィストはレンと遊んでいるはずだが、ベルク達は来ているはずだ。おそらく彼らだろう。

 思えば、僕は彼らの戦っているところを見たことが無かった。ウィストとは組んだことがあるが、彼らと一緒に戦ったことは無い。友達であるにもかかわらず、だ。


 ふと彼らの戦闘に興味が湧いた。僕は声がする方に足を向ける。遠くからでも良いので見てみたい。そんな気持ちが湧き出てきた。

 歩を進めると音が大きくなる。気づかれない様に、音を立てずに近づく。僕が立てた足音のせいで、皆の気を逸らすのは避けたかった。


 音を頼りに進んでいると、目の前の曲がり角の先で戦っている気配を感じた。その先で彼らが戦っているはずだ。慎重に近づいて、曲がり角から顔を出す。

 予想通り、ベルク達の姿があった。四つ角の左側にベルク達、右側にモンスターがいる。


 ベルク達の戦闘を見て、息を呑んだ。

 彼らはグロベアを相手取っている。しかも、グロベアを圧倒しているように見えた。


 盾を持ったカイトさんと大剣を扱うベルクが前に出て、槍を構えたミラさんとボウガンで狙いを定めているラトナが後ろにいる。男性陣がグロベアの攻撃を捌き、隙を見て女性陣が攻撃する。グロベアがその攻撃に気を取られたところを、男性陣が追撃する。それを繰り返しているようだった。

 グロベアも反撃するが、カイトさんとベルクは盾や大剣を使って防ぎ、ミラさんは素早く反応して避ける。ラトナはミラさんよりも後ろに離れた場所にいるので、そもそも攻撃すらされない。


 全く危なげない戦いぶりだった。個々の力があるうえにこれほどの連携をされたら、グロベアも成す術が無い。ベルク達の負ける姿が想像できなかった。


 このままグロベアを倒すまで眺めていよう。そう考えていたとき、視界に奇妙なものが入った。

 奥の道、ベルク達にとって左側の道に、何かがいるように見えた。目を凝らすと、黒い影がゆっくりと歩いている。ラトナが腰に掲げたランプの明かりに照らされて、その姿が明らかになっていく。

 それは、彼らが相手にしているグロベアと同じものだった。

 ゆっくりと歩くグロベアに、彼らは気づいていない。しかもグロベアは、一人だけ離れた場所にいるラトナを狙っている。そしてラトナも気づいていない。


「ラトナ! 左!」


 僕は咄嗟に声を掛けた。彼らの狩りを眺めるだけの予定だったが、さすがに危機を見逃すわけにはいかない。

 声に気付いたラトナはすぐに左を見た。


「みんな! グロベアが―――」


 グロベアに気付いたラトナが仲間に声を掛ける。だが言い切る前に、グロベアがラトナに圧し掛かった。ラトナは押し倒され、グロベアの圧倒的な重さに身動きが取れない。グロベアの牙が、ラトナに襲い掛かろうとした。


「どけえぇ!」


 その直前、僕は走って勢いづけたまま、盾ごとグロベアに突進した。グロベアの不意を突いたが、体重差で吹き飛ばすには至らない。しかし、一瞬だけグロベアの身体を浮かすことができた。その隙に、ラトナがグロベアの下から抜け出る。

 ラトナが脱出したことを確認して、僕もグロベアから距離を取る。見たところ、ラトナに怪我は無さそうだった。


「大丈夫?」

「うん、平気。ありがと」


 ラトナはすでにボウガンを構えて、新たに出現したグロベアを見据えている。


 ベルク達も新手のグロベアに気付いているが、ベルクとカイトさんは最初に相手をしているグロベアに手が一杯だ。ミラさんは新手の方に向き直るが、背にしたベルク達をちらちらと見ている。挟み撃ちの形になっているので仕方がないだろう。


 これからどう動くか。僕が悩んでいると、隣から空気を裂く音が聞こえた。隣りを見ると、ラトナがボウガンの矢を発射しており、グロベアの身体に矢が刺さっていた。


「ごめーん、ヴィッキー。ちょっと手ぇ貸して」


 新手のグロベアは僕達の方を向く。明らかに僕達を敵視していた。


「普通こういうのって、先に聞くもんじゃない?」

「細かいことは気にしなーい。サポートするし、時間稼ぎだけでもいいから、お願い」


 どのみちグロベアは僕達の方に襲い掛かってくる。追いかけられたら逃げきるのは難しいし、仮に僕だけが逃げきれても、今度はベルク達が危険な目に遭う。それにラトナを助けた時点で、ほとんど覚悟はしていたことだった。


「分かった。後ろは任せるね」

「任せなさーい」


 嬉しそうなラトナの声を聞いた直後、グロベアが向かって来る。目の前のグロベアはベルク達が相手している個体より若干小さいが、五階層で遭遇した個体に比べると大きい。立ち上がったグロベアを見ると、その差がよく分かった。


 後足だけで立つグロベアは右前脚を振り下ろす。まともに食らえば腕がもたないだろう。後ろに下がって躱す。同時に、グロベアを想定した対策を取ることにした。

 正直言って、不安はある。情報を集めて考えた対策が通じるのかどうかが懸かっているからだ。失敗する可能性はある。

 だが一方で、楽しみにしている自分もいた。

 これが通用すれば、一つの大きな自信となり、ウィストやベルク達に追いつく切っ掛けにもなる。

 不安はあっても、恐怖は無かった。ラトナのフォローもあるうえ、失敗しても時間さえ稼げばベルク達が援護に来てくれる。だから全神経をグロベアの動きに集中できた。


 僕は少しだけグロベアと距離を離す。グロベアは攻撃しようとして近づいて来て、左前脚を振り上げる。その瞬間を狙った。

 右後脚に向かって剣を振るって傷をつける。グロベアは構わずに攻撃するが、左に跳んで難なく避ける。そしてすぐにラトナの前に戻った。今度は右前脚で攻撃しようとするが、同じように動いて今度は左後脚を攻撃してから避ける。


 足元に弱い。聞いた通りの情報だった。


 グロベアはかなり大きな体格だが、胴体が長くて手足が短い。そして立って攻撃するときは決まって、多少の被弾を恐れずに近づいて攻撃をする。それはリーチが短いからだ。

 大きな身体に圧倒されて見失いそうになるが、前脚から繰り出される攻撃は範囲が小さい。遠くに離れると突進してくるが、一二歩程度ならば歩いてから攻撃してくる。前脚の攻撃は当たれば致命傷にもなりうるが、避けられれば隙が出来る。その隙を狙って攻撃も出来るが、至近距離で二撃目が来ると考えるとお勧めは出来ない。だから僕は、攻撃する瞬間を狙っていた。


 前脚を振り上げた瞬間に足に攻撃して避ける。これが一番安全だと考えた。

 振り上げた瞬間ならば、どっちの脚で攻撃してくるのかが分かっているので方向は読みやすい。そしてリーチが短いので、遠い方の足の近くにいれば少し動くだけで避けられる。

 予想以上に攻撃の速度が速かったり、リーチが長い個体だと攻撃を食らう可能性があったのだが、


「よしっ」


 思いのほかの成果に手応えを感じた。念のために他のモンスターでも練習したのだが、思った以上の効果だ。


 僕は何度も同じ方法で攻撃を繰り返す。すると、グロベアの動きが鈍くなった。いくら身体が丈夫とはいえ、何度も斬りつけられるとたまらないはずだ。

 グロベアは前脚を地面につける。次の動きを察して動かれる前に、下がった頭に剣を突き刺した。

 しかしグロベアが前脚を上げて剣を防ぐ。前脚に剣を刺せたものの、頭以外だと次の攻撃を止めれそうにない。

 すぐに刺さった剣を抜くと、案の定、グロベアが突進してきた。

 まともに食らえば致命傷だが、突進攻撃は六階層の他のモンスターで何度も見てきた。盾で防ぐ準備は出来ていなかったが、避ける余裕はあった。

 横っ飛びで突進を避ける。だがグロベアは止まらない。狙いは僕の後ろにいたラトナだった。

 グロベアはラトナに向かって一直線に向かって行く。

 だが心配は無用だった。


 突進の勢いはあるものの、距離を取っていたので、ラトナにも動きを見る余裕はあったようだ。ラトナはぎりぎりまで引きつけてから、上に跳んで避ける。しかも壁際にいたため、グロベアは勢い余って壁に激突した。しかもラトナは避けた直後に、冷静にボウガンで追撃していた。

 素早く装填して矢を連続で放つ。グロベアが振り向いたときには、背中の至る箇所に矢が刺さっていた。


 グロベアは歯を剥きだしにして睨んでいる。あの様子だとまた突進してくるだろう。僕は立ち位置を確認して避ける準備をした。

 しかしその準備もむなしく、グロベアはその場に倒れ伏した。

 呆気無い終わりに、思わず首を傾げた。かなりタフだと聞いていたので仕留めるのにはまだ時間がかかると思っていたのだが……。


「あ、いま痺れているだけだから、止めはよろしくねん」


 ラトナは気の抜けた顔でそう言った。グロベアは目を開けながら、苦しそうな表情をしていた。


「ラトナがやったの?」

「うん。矢に痺れ毒を塗ってんだー。けどそんなに長く効かんからー」


 それを聞くと、僕はグロベアの方に近づいて剣を刺した。グロベアはすぐに動かなくなり、絶命する。動かない相手に攻撃するのは初めてだったので、少し妙な気分だった。だが状態異常に陥らせる攻撃は格上相手に対しては有効な手段である、ということを学べたのは収穫だった。


「ラトナ! 大丈夫?!」


 ミラさんの声が聞こえた。声のした方を見ると、ベルクとカイトさんもいる。どうやら向こうも終わったようだ。


「平気だよん、ミラらん」

「ホントに? こいつの巻き添えとか食らってない?」


 ミラさんが一瞬だけ僕に視線を向けてそう言った。相変わらずの嫌われっぷりだ。


「ミラらん、それは無いっしょー。ヴィッキーがいなかったら私死んでたかもしれないんだよー」

「それは……」


 不満気な顔をミラさんが見せる。ベルクが「たしかにな」と追随する。


「あの奇襲は完全に予想外だ。下手したらラトナだけじゃなく、オレ達も襲われたかもしれん。助かったよ」

「俺からもお礼を言うよ、ヴィック。ありがとね」


 カイトさんからも続けてお礼を言われる。その流れに逆らえず、ミラさんも小さい声で「ありがと」と言った。


「偶然居合わせただけだから、気にしなくても良いよ。その……友達だし」

「……それもそうだな」


 僕の言葉にベルクが笑顔で返す。友達という言葉を肯定してくれたので、とても嬉しかった。


 するとラトナが「よしっ」と声を出した。


「ちょっと話があるんだけど良い?」


 ラトナの言葉に皆が耳を傾ける。その内容に僕だけじゃなく、ベルク達も驚いた。


「しばらくの間、ヴィッキーとコンビ組むね」


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