7-4.切れなかった縁
目的地はマイルスダンジョンからそう遠くない場所にある。洞窟から北に向かって歩くと、五分もしないうちに森に入る。さらに十分程歩くと、目的地周辺に辿り着いた。
山の中にはモンスターが好む植物が多く存在する。様々なキノコが木の根から生えており、色とりどりの木の実がなっている。特に今は、それらが一番収穫できる時期らしい。
僕達が着いた場所は、それらを堪能することができる場所だった。視線を向けた先には、必ずと言っていいほどの食料を見つけられる。街の出店に並ぶような野菜や果物がお金を払わずに得られるのは冒険者の特権である。
「へー、近くにこんな場所があったんだー」
ウィストが感心するように声をあげる。知らないのも無理は無い。ここは言わば死角と言っていい場所だ。
北門から外に出る冒険者のほとんどは、マイルス下級ダンジョンに入ろうとする下級冒険者と、離れた場所にあるツリック上級ダンジョンに向かう上級冒険者だ。下級冒険者は、ダンジョン以外のモンスターや地理に詳しくないためマイルスダンジョン以外の場所に行こうとはしたがらない。上級冒険者は、遠くにあるツリックダンジョンに行くために、時間を無駄にしたくない理由でこの場所に足を向けない。
だから知っている者と言えば、偶然この場所に訪れた冒険者か、誰かに教えてもらった者くらいだろう。
「ちょっとした伝手……というか因縁で知っちゃったんだよねー」
「因縁?」
僕の言葉に、ウィストは耳聡く反応する。ここまで来たら隠すつもりは無いので、開き直って話すことにする。
「先月、僕がマイルスダンジョンで捕まってたってことは覚えてる?」
「うん。なかなか忘れられない話だったからねー。それがどしたの?」
「それと繋がっていることなんだ。というか、繋がらされたというべきか……」
ウィストが不安そうな表情で僕の顔を覗く。「大丈夫?」と心配されたが、今はもう平気だ。お礼を返してから話を続ける。
「馬車襲撃事件の首謀者のフェイルは、モンスターを扱うのが上手いらしい。だから襲撃の際にもあれほどのモンスターを用意できたみたいなんだ。ソランさんのお蔭であのときのモンスターは一掃されたけど、一匹だけ残ってた」
「ソランさんが逃がしちゃったの?」
ウィストが驚きながら言った。とても考えられないことだったのだろう。逆の立場なら僕も今みたいな反応をしただろう。
僕はすぐに否定した。
「いや。あの場にいたモンスターはウィスト達とソランさんが倒してるよ。けど、あの場にいなかったモンスターが残ってた。僕達が向かっているのは、その生き延びたモンスターが住み着いている場所だよ」
「あそこにいなかったモンスター……もしかして」
ウィストが感づいた瞬間、聞き慣れたモンスターの声が耳に入った。甲高く短い鳴き声が僕等の頭上から聞こえる。上を向いても、その鳴き声の持ち主の姿を見つけられない。毎度の様に、木の葉で姿を隠しているようだ。
顔を上げていると、左から足音が聞こえた。地面を駆けて砂が連続で飛ぶ音ではなく、地面から多くの砂が弾けるような音だ。目的のモンスターが跳んでいることを肌で感じ取った。
わざと上を見続けて釣ったところまでは予想通りだが、跳躍してくるのは意外だった。跳躍中は宙に身体が浮いているから咄嗟の回避ができないからだ。何度もやり合った相手が、そんな愚策を取るとは思わなかった。
しかし、容赦するつもりは無い。すばやく身体の向きを変えて待ち構える。そいつは身体をやや横向きにして跳んで来ていた。左肩を前に出して、右手を隠すような体勢だ。
一瞬、身体で隠しきれなかった右手が目に入る。短い木の棒を握っているのが見えた。なるほど、近づいたところで棒のリーチを生かして攻撃する気なのだろう。何も考えずに突っ込んできたわけでは無いようだ。だが見えてしまえばその策は意味をなさない。
僕は右手を前に出すように半身になって待ち構える。右手でそいつを止めて、左手は木の棒による攻撃に備える。木の棒を取り上げれば僕の勝ちだ。
半ば勝利を確信したときだった。僕の目には、そいつが突っ込んできたことと、右手に棒を持っている目立つところしか見えていなかった。
だからそいつが、左手で何かを握って隠していることに気づかなかった。
近くまで接近すると、そいつは左手を前に出して掌を広げた。すると左手から僕の顔に向かって砂が飛んでくる。
「うわっ!」
予想外の事に驚き、つい右手で顔を庇いながら目をつむってしまう。そして自分の判断ミスに気付いたときにはもう遅かった。
そいつは僕の身体にぶつかると、左手で僕の額にタッチした。そして嬉しそうに鳴くと、僕から離れて喜びを表現するように跳び回り始めた。一方の僕は、敗北を知って悔しい気持ちが湧き出て来る。
いつもならここですぐに再戦に挑むのだが、今日はウィストが一緒だった。一連のやり取りが終わってからウィストを見ると、ぽかんと呆けた表情をしている。
まぁ当然だろう。いきなりモンスターが現れたかと思えば僕に襲い掛かり、ちょっと触れただけで離れて楽しそうにはしゃぐ姿を見ても理解し切れないだろう。
とりあえず目的のモンスターが現れたこともあり、紹介することにした。
「これがマイルスダンジョンで僕が出会った、生き延びたモンスター、エンブ。名前はレン。危険指定モンスターだけど、仲良くしてあげてね」
灰色の毛を身に纏ったエンブが嬉しそうな顔をしてこっちを見ていた。
それは、馬車の襲撃から一週間後の事だった。ギルドに差出人不明の手紙が僕宛に届いた。
不思議に思ったものの、手紙を貰うことは生まれて初めての事だったため、深く考えずに手紙を読んだ。文字の勉強をしていたので、時間がかかったものの読み切ることができた。
手紙にはこう書かれてあった。
『こんにちは、ヴィック君。突然の手紙に驚いたかい? 差出人に僕の名前を書くと、君の手に届く前に処分されると思ったからあえて書かなかったよ。びっくりさせてごめんね。
早速本題だけど、先日、君を計画に巻き込んじゃったことを謝りたいと思ったんだ。けど手紙の文面だけだと誠意は伝わらない。そこで君に贈り物をしようと思った次第さ。
贈り物は、マイルスダンジョンで君が出会ったエンブだ。彼の名前はレン。生後二年の男の子だ。マイルスダンジョンの北の森にいるから行ってみると良いよ。
ちなみに、レン君はなかなか過酷な生涯をおくってきたモンスターなんだ。生まれてから間もなくして親が殺されて冒険者に捕まってしまったんだよ。そこを僕が冒険者を殺したついでにレン君を引き取ったけど、最初はびくびくと震えていてね、かなり人を怖がっていたのさ。
最近になってやっと陽気な性格に戻ったんだけど、特別な事情で僕と離れることになったんだ。それをレン君に伝えたときは僕から離れようとしなかったんだけど、君が来ると教えたら嬉しそうな顔をしたんだ。お蔭で僕はレン君と離れることができたよ。
だからちゃんと会いに行ってね。もし行かなかったら寂しさに耐えかねたレン君がマイルスに来ちゃうかもしれないよ? そしたらソラン達に捕まって殺されるだろうね。けどレン君と似た境遇の君なら、当然放っておかないよね?
ということで、後は任せた。
フェイルより』
手紙を読み終えたとき、非常に疲れた気分に陥った。
敵であるはずのフェイルから僕宛に手紙が送られてきたことはもちろん、危険指定モンスターのエンブを預けようとする意図が分からない。
面倒な事態を抱えたくないため、ヒランさんに手紙の内容を伝えて後を任せようと考えた。
しかし、マイルスダンジョンで会ったエンブの事を思い出してしまった。
エンブと戦っているとき、今までにない高揚感を感じた。どんな手を使えば勝てるのか、エンブはどう動くのか、どうすれば勝てるのかと考えながら戦い、最後に勝利したときの感動は今まで味わったことが無いものだった。
そして別れるときに見せたエンブの寂しそうな顔が思い浮かぶと、ヒランさんに伝える気が無くなってしまった。親がいないという境遇を知ったせいもあり、脳裏に浮かぶエンブの顔が、やけに悲しそうな表情になってしまった。
僕は諦めて、フェイルの思い通りに動くことにした。




