7-3.相性と対策
「ごめんね。ここまでついて来てもらって」
マイルスダンジョンの入り口がある洞窟の外に出ると、バツが悪そうに謝罪をされた。
「気にしなくていいって。僕が好きでやったことなんだから」
正直な気持ちで答えたつもりだった。ボロボロな格好の友人を、武器を持たせないままダンジョンで別れる考えは全く無かった。八階層より上にもモンスターはいる。いくらウィストが強くても、武器が無い状態でモンスターと対峙するのは危険だ。だから一緒に外に出るまでついて行くのは当然の考えだった。
しかし気遣われたと思ったのか、未だに面目無さそうな顔をしている。
「優しいね、ヴィックは。気遣える余裕があるのが羨ましいよ」
弱々しい声で、ウィストはらしくない言葉を口にする。ここまで精神的に参っているウィストを見るのは初めてだ。ダンジョンから出て安全な場所にまで来たが、僕の不安は取り除かれなかった。
いったい何がウィストをこんな風にさせたのか気になってしまった。どれくらいかというと、服の破れた箇所から露わになったウィストの身体が気にならなくなる程だ。陽の下に出て見えやすくなっていたのでさりげなく視線を向けていたが、今はそんな心境にはなれなかった。
「何かあったの? 僕で良かったら聞くけど……」
僕が聞いていいことなのかという懸念はあったが、今のウィストを放っておくことは出来ない。出来ることがあれば、力になりたかった。
ウィストは言いにくそうに唸っていたが、少し待つと「聞いてくれる?」と尋ねられた。もちろん、僕は頷いた。ウィストは浮かない顔をして話し始める。
「九階層まで行ってたんだけど、そこから進めなくて困ってるの」
思っていたよりも単純な問題で、内心ほっとした。人間関係や今後の生活に関する問題だと助言できるほどの経験値が僕には無い。精々、野宿の仕方を教えられるくらいだ。
「ここ二三日は、グルフっていうモンスターのせいで進めないの。なかなか厄介な相手だから、上手くいかないんだよねー」
「グルフ?」
意外な答えだった。グルフはさっき僕が倒したモンスターだ。三匹を同時に相手したが、上手く立ち回ったお蔭で倒すことができた。僕にもできたのだから、ウィストは当然勝てると思っていた。
「意外だった?」
心を見抜いたような言葉にドキッとした。
「一二匹なら倒せるんだけど、三匹以上の数で来られたら防御で精いっぱい。その防御もグルフの動きに対応できずにこの有り様。……ちょっとエロいでしょ?」
「う……いや、気づかなかったよ」
不意打ちの質問を肯定しそうになったがすぐに誤魔化した。だがウィストはにやりと笑って「スケベ」と言う。顔が熱くなるのを感じた。
「で、そのグルフが原因ってこと?」
話を戻すと、ウィストが「そうだよ」と答えた。
「他のモンスターは平気なの。五階層で倒したグロベアとか、色んなモンスターと遭遇したけど問題は無かったの。けどグルフに複数掛かりで襲われたら、処理しきれなくてこっちが痛手を負っちゃう。多分、相性が悪いと思うんだ」
モンスターとの相性。それは冒険者にとって重要な事柄だ。
世界にはたくさんの種類のモンスターがいて、様々な特徴がある。俊敏だったり、力があったり、硬い身体をしていたり、賢かったり、奇抜な動きをしたりと色んな特徴を持っている。
冒険者はそれぞれの特徴を持ったモンスターと対峙するが、冒険者にも個性がある。だからそれぞれの特徴に対して、得意な相手だけではなく苦手な相手もいる。そしてそれは、冒険者の活動を決める重要な指針にもなる。
苦手なモンスターが多くいるダンジョンには入り辛くなる。無理に入っても怪我をする確率が増えたり、チームで行動していると足を引っ張る可能性もある。それをカバーするのが仲間という存在なのだが、常にチームの利点が発揮できるとは限らない。そのリスクを抑える必要は当然ある。だから苦手なモンスターがいるダンジョンには入らないという選択肢を取ることになり、結果、活動範囲が狭まることになる。
ウィストにとって、グルフというモンスターはそういう相手のようだ。僕からしてみれば、落ち着いていれば安定して狩れそうなモンスターだが、これも相性が理由なのかもしれない。あとは密かに練習していた結果が出たお蔭もあるだろう。
眉をひそめながら、ウィストは今までの戦況を説明し始める。
「俊敏な動きで連携を取って攻撃してくるから、それに困ってるの。一匹を攻撃してたら他の二匹が攻撃してくるし、守りに入っても避けられたところを狙われるからこっちは傷が増える一方。仕方なく剣で受けてから反撃するんだけど、ぎりぎりまで見てきてから攻撃してくるから防御できないところを狙ってくるんだよねー。攻撃した隙を狙って反撃するのは成功したけど、これが何回も続くと思ったら何とかしなきゃなーって」
苦手なモンスターを克服するのは、ソロで活動する冒険者にとっては必須事項だ。仲間がいれば、負担をかけてしまうものの対処することができる。
しかしソロではそれができない。相性が悪いモンスターと遭遇したら、自分一人で何とかする必要がある。だから苦手モンスターを克服し、どんなモンスターが来ても対応できる冒険者にならなければいけない。ウィストも同じような選択肢を取っていた。
「何とか攻略法を考えてたんだけど、それがなかなか思いつかなくて……。今日もいろいろと試しながらグルフを狩ってたんだけど、ミスっちゃって剣を折っちゃったんだ。で、隠れながら出口に向かってたときにヴィックと会ったのが今日の出来事ってわけ」
語り終えたウィストの眉間には、未だに皺が残っている。本気で悩んでいることが表情からも見て取れた。
苦手モンスターを克服することは、ソロの冒険者にとって大事なことだ。特にウィストは、親が冒険者になった理由を知りたくて冒険者になった背景がある。だから特定のモンスターから逃げてダンジョンを踏破したり、不得手な相手が多いダンジョンを避けたりして、知る切っ掛けが減ることを危惧している。だから真剣に悩んでいるのだろう。
友人が悩む姿を見て、僕も同じように解決方法を考えた。ウィストは友達であると同時に僕の目標でもある。そんな彼女が足踏みしている事態を見過ごせなかった。
考えているとウィストが、
「そういえば、ヴィックはグルフに勝ったんだよね?」
と思い出したかのように言った。
ダンジョンから出る途中に、八階層に残していたグルフの死体の横を通った。そのとき、「ヴィックが倒したの?」と聞かれて、自分が倒したということを伝えていた。
「八階層に下りたばかりに三匹も同時に相手して、しかも倒しちゃうなんてすごいじゃん。どんなふうに戦ったの?」
特に隠すことも無いので、そのときの状況を話した。ただ、あまり役に立つことは無いだろう。
僕は盾と片手剣で戦うが、ウィストは双剣を使っている。戦い方は、僕は盾で構えてから相手を観察して動くが、ウィストは自分が動き回って相手を攪乱させてその隙に攻撃する。
つまり正反対の戦法を取っているのだ。ここまで違う相手の話を聞いても、あまり収穫は無いだろう。
しかし、ウィストの着眼点は僕とは異なっていた。僕が話し終えると、あることを聞いて来た。
「事前に練習してたの? 封鎖解除される前から?」
「うん。けどグルフ対策ってわけじゃ無くて、偶然そうなっちゃったってこと」
「……どんなモンスター?」
話し終えてから、自分の失言に気付いた。封鎖解除される前のことを話すべきでは無かった。ウィストは探る様な目で僕を見ていた。
「ここから離れた場所にもモンスターはいるけど、グルフの対策にできるようなモンスターはいない。足は速いけど臆病なモンスターがほとんどなはずよ。だからどこにグルフ対策に出来るモンスターがいるのか知りたいんだけど……」
それが普通のモンスターなら、僕は躊躇いなく答えた自信がある。この程度の情報交換は今までも行なったし、友達のためなら多少の労苦も買って出よう。
しかし今回ばかりは少々特殊な事情があり、それが僕を悩ませた。
しばらく考えて、僕はどう答えるのかを決めた。
「分かった。教えるよ」
友達で目標でもあるウィストの頼みだ。多少のリスクを負ってもウィストに教えたいという気持ちが消えなかった。
ウィストは嬉しそうにして礼を言う。
「ありがとう! ホントに助かるよ。で、何てモンスターなの?」
早速聞きたがるウィストだが、僕はその場では答えなかった。今いる場所はダンジョンに繋がる洞窟の入り口だ。もしかしたら人が近くにいるかもしれない。用心して、その名前をここで口にはしたくなかった。
「じゃあ付いて来て。そのモンスターがいるところに案内するから」
「名前を教えてくれるだけで十分だよ? あとは私が探すから」
至極当たり前な言葉だが、今回は名前だけでも情報としては不十分だった。それに、わざわざそんな手間を掛ける必要は無い。
「大丈夫。だって、すぐ近くにいるから」
そう言って、洞窟の北側に身体を向ける。向いた先には何の変哲も無い山しかない。その山に向かって、僕達は歩を進めた。




