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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第七章 一人前の冒険者

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7-2.犬も歩けば

 マイルスダンジョンの封鎖解除から二週間が過ぎた。この二週間、僕は調子を取り戻すために七階層から上の階層でモンスターと戦っていた。思っていたよりも勘は鈍っておらず、今では前と同じように動けられる。それを確信したのが昨日だった。


 今僕は、八階層目に続く穴の手前にいる。ここを降りると八階層だ。


 緊張してなかなか足が前に出ない。八階層以降は、中級冒険者になるための階層だと聞いた。そこにいるモンスターは、一癖も二癖もある恐ろしいモンスターしかいない。七階層までを軽々と踏破した冒険者でも、死ぬことは珍しくないらしい。

 だがここを攻略できないようでは、中級冒険者になるのは夢のまた夢だ。それに僕よりも先に、ウィストやベルク達は八階層に挑んでいる。僕だけが足踏みしている訳にはいかなかった。


 意を決して、八階層へと続く梯子を下りる。途中で狙われない様に、周囲を警戒しながら慎重に下りていく。以前嗅いだ異臭も無い。少し安心してから八階層に下り立った。

 目の前に広がる光景は、モンスターの死骸が無いことを除けば、前に見たのと同じものだ。広い通路に、壁には松明が設置されている。七階層までより松明ごとの間隔が広くなっているがたいした問題ではない。

 一番の問題は、下りたときから感じる殺気の方だ。目を凝らして道の奥を見ると、何体かのモンスターが僕の方を見ているのが分かる。自然と盾と剣を構えていた。


 梯子を下りている途中には殺意を感じなかった。しかし梯子からさほど移動していないのに、今は痛いほど殺意を向けられている。だがその殺意よりも、このときまで殺意を隠していた知性の方が恐ろしく感じた。

 もし下り切っていないときに殺意を向けたら、危機を感じて僕は下りなかった。それは他の冒険者でも同じだろう。だからモンスターは、僕が下り終わるまで殺意を隠した。これは冒険者の事をよく知っていないとできない方法だ。おそらく道の奥にいるモンスターは、かなり経験を積んだ存在だろう。


 武器を握る手に力が入る。最初から強そうなモンスターと対峙するとは、少々予想外だった。

 道の奥から足音が聞こえ始める。砂利を踏む音がいくつも聞こえる。一匹ではなさそうだ。


 松明の明かりに照らされて、その姿が見えてきた。黒くて深い毛皮の四足モンスター、グルフだ。姿形と戦い方は、四階層で遭遇したフォラックと似ている。集団で行動し、素早くて狩りが上手いという共通点がある。

 しかし臆病なフォラックと違って、グルフは獰猛で好戦的だという違いがある。しかも身体の大きさもグルフの方が一回り上だ。大きい個体だと、僕の身長と同じくらいの体長のグルフがいる話だ。


 目の前にいるグルフは三匹。どれも平均的な大きさで、体高は一メートルに届かない程度だ。だがその大きさでも勢いよく体当たりしたら、僕を倒せるほどの力が生まれる。

 グルフがゆっくりと近づいて来る。表情にも変化が無く、何を考えているのか読み取れない。グルフの動きを見極めるために、じっと様子を窺う。

 静かなダンジョンの中で、グルフの足音だけが聞こえてくる。獰猛な性格と聞いていたが、そうとは思えないほど慎重に足を運ぶ。もしかしたらグルフ達が、実は僕の存在に驚いているのかもしれないと淡い期待を抱いてしまうほどだ。


 しかしグルフ達が三手に分かれてから、その想いは消え去った。一匹はまっすぐに歩いて来るが、残りの二匹は左右に分かれて回り込むように進む。獲物を確実に捕えるために、逃げ道を塞ごうとしている意図が見えた。やる気の高さがはっきりと伝わる。

 僕は後ろに回り込まれない様に足を後ろに運ぶ。同時にグルフ達は足を止めた。いきなり動きを止めたことに驚いたが、グルフ達との距離を確認して納得する。僕が一歩踏み込んで剣を振れば届くほどの距離にまで近づいていたのだ。止まったのは、僕の攻撃に警戒をしたからだろう。


 動きを止めた理由が分かって、少しだけほっとした。何もわからずに迎え撃つのと、分かったうえで迎え撃つのとでは話が違う。少なくとも目の前のグルフには、僕の攻撃範囲を見切る能力がある。それはつまり、冒険者と対峙したことがあり、そのうえ冒険者を相手にして生き延びた個体であるということだ。だからこのグルフは慎重に動いているのだろうと推測をたてた。


 お互いに睨み合いながら相手の様子を窺う。正面のグルフはじっと僕を見つめているが、左右のグルフは唸り声を鳴らしながら睨んでくる。

 僕は一挙一動を見逃さない様にグルフを観察する。戦闘に入る前に、少しでもいいから情報を集めたかった。


 どれくらい膠着状態が続いたのかはわからない。均衡を崩したのは、右手方向にいたグルフだった。一定の距離を保って睨み合っていたが、そのグルフは一歩だけ距離を詰めて来た。それが切っ掛けになった。いや、切っ掛けにした。


 僕は右にいるグルフの方に反応して、同じように一歩踏み出した。その瞬間、逆の左側にいたグルフが駆けてくるのを視界の端に捉えた。予想通りの動きに対して慌てずに、視線だけを向けたままグルフを引きつける。グルフが跳びかかったとき、振り向いて盾を殴るようにぶつけた。盾はグルフの顔に当たり、突っ込んできたグルフは勢いよく吹っ飛んだ。

 吹き飛ばされたグルフが地面に転がったとき、他の二匹が襲い掛かってくる気配を感じた。僕の背中に目掛けてまっすぐ来ている。僕は前に跳びながら、二匹の方に振り向いた。すでに距離は二歩程度にまで詰められている。だが、焦りは無かった。

 着地すると、左手に近い方のグルフを盾で防ぎ、残りの一匹に対して右手の剣を突き刺した。グルフが走って来ていたこともあって、剣は首に深く刺さった。絶命を確認する前に、剣が刺さったグルフの身体を地面に置き、足で押さえて剣を抜く。血飛沫を飛ばしながら抜いた剣を、盾で動きを封じていたグルフに向かって振るった。素早く後ろに跳んで避けられるが、僕は攻撃を続けた。わざとらしく大振りで剣を振るう。グルフは難なく攻撃を避けるが、これは想定内の事だ。

 何度も攻撃をしていると、後ろから殺意を感じた。同時に剣を大きく振るって、目の前のグルフを後退させる。その直後に振り向いて、最初に吹き飛ばしたグルフが向かって来るのを見ながら剣を突き刺した。噛みつこうとして開いた口の中に、剣が突き刺さる。


「くっ―――」


 狙いが外れて、動揺が生まれる。元々は首を狙っていたのだが、突き刺す直前にグルフが跳びかかったため、驚いて剣先の向きが顔に変わってしまった。狙いが首でも顔でも絶命させることには変わりない。問題は次の動きだ。

 剣を突き刺した後、グルフは意識が途絶えないうちに口を閉じていた。一匹だけなら開こうと閉じようと問題無い。だが、まだ一匹残っている。口を閉じられると、突き刺した剣が抜きにくくなる。最初と同じように剣を抜こうとするが、閉じた口が邪魔で思うように剣が抜けない。


 案の定、もたついている隙を狙って最後のグルフが駆けて来る。諦めて剣を手放してグルフに向き直る。グルフは盾を躱すように周りを駆ける。だがその速度と動きは想定の範囲内だ。僕は落ち着いてグルフの動きに合わせて盾を向け続ける。

 盾を躱せない状況が続くと、痺れを切らしたグルフが突っ込んできた。むりやり盾を避けるように、地面を這う様な低い体勢でだ。対応するために、しゃがみながら盾を向ける。同時にグルフに見られない様に剥ぎ取り用のナイフを手にした。

 低く構えた盾にぶつかる直前、グルフは盾を躱すように僕の頭上を跳んだ。グルフは盾を躱すことを諦めていなかった。僕の体勢を変えさせるために、低い体勢で向かってきた。そして僕が対応するや否や、上に跳んで背後に回るつもりだったのだろう。


 だがそれも、予想通りの動きだった。


 僕は頭上に跳んだグルフに顔を向ける。宙に浮いた身体は隙だらけだ。突き上げるように、ナイフをグルフの腹に突き刺した。グルフが跳んだ方向に逆らうようにナイフを動かす。グルフの身体は、ナイフを突き刺した場所から尾の付け根まで斬り裂かれた。グルフが地面に落ちる音を聞いて、やっと一息つけた。


「一安心、かな」


 ナイフの血を拭き取った後、突き刺したままの剣を抜き取る。ナイフと同じように血を払ってから、念のために剣に刃こぼれが無いか確認する。問題はなさそうだった。


 僕はグルフの死骸を放置したまま、八階層を進み始める。

 八階層のモンスターの種類や強さを探るために、今日は出来る限り探索するつもりだ。今後の活動のために、情報収集は必要なことである。その最中でモンスターと遭遇したときに、荷物が多くてまともに動けないという事態にならない様に、死骸は帰りに回収しよう。


 モンスターに警戒しながら、九階層までの最短ルートを歩いた。一先ず九階層に続く道を把握してから、脇道を探ろう。モンスターと遭遇して逃げることになっても、最短ルートにいれば七階層に上る梯子に逃げやすい。


 そう考えて歩いていると、「ヴィック?」と聞き慣れた人物の声が聞こえた。

 目を向けると、脇道の入り口に隠れるように座り込んでいたウィストがいた。しかも身体の至る所に傷がつき、服が破けている箇所もある。予想外の事態に驚きながらも声を掛けた。


「どしたのウィスト? そんなにボロボロで」

「……ちょっとドジっちゃった」


 恥ずかしそうな表情を見せながら答えた。きょろきょろと周りを見た後に立ち上がると、「ちょっとお願いがあるんだけど」と申し訳なさそうな顔で尋ねられた。


「八階層の出口まで守ってくれない?」


 そう言いながら、ウィストは普段持っている双剣を見せつける。左右に持った剣の両方とも、刃が折れている状態だった。

 事情を知った僕は迷わずに頷いた。


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