6-5.いざ、次のステージへ
目を覚ますと、灰色の地面に薄汚れた建物の壁が目に入る。ここ数ヶ月、ずっと変わらない光景だった。
朝だというのに陽が当たらない薄暗い路地で野宿を始めて、四ヶ月が経っていた。最初は固い地面に慣れなくて寝付けなかったが、今ではもう熟睡できるほどだ。
身体を起こしてから荷物を確認し、身支度を始める。防具、武器を身に付けてバッグを背負うと、少しだけ嬉しくなった。
新しい装備を使えることもあるが、またダンジョンに冒険しに行けることを楽しみにしているからだ。
軽い足取りで通りに並んだ出店で朝食を買い、食べてから冒険者ギルドに向かった。
冒険者ギルドに着き中に入ると、いつもより人の数が多そうに見えた。おそらく、皆僕と同じ気持ちなのだ。久しぶりのダンジョンに入りたくて、早く準備してきたのだろう。
いらない荷物を預けるために受付の前に並ぶ。すでに何人かが並んでいたので、その後ろに回る。並んでいる者のほとんどが下級冒険者だった。
間もなくして僕の番が来たので、いつものように荷物を預ける。すでに見知った顔なので、すぐに手続きは終わる。終わったら後ろの人の邪魔にならない様に素早くどいた。
これでダンジョンに入るための準備は終了だ。これからダンジョンに潜ることになる。久々の冒険に期待して胸が弾む。落ち着こうと思って深呼吸をしたところだった。
「おっはよー、ヴィッキー」
後ろからラトナに背中を叩かれながら話しかけられる。いきなりのことだったので、驚いて身体がビクンと跳ねるように反応した。
「わお。驚きすぎだよー」
「いきなりだったから……おはよう、ラトナ」
言い訳をしながら挨拶を返した。珍しく、ラトナ一人のようだ。
「他の三人は?」
「後から来るよん。あたしは待ち切れずに先に来ただけー」
相変わらず楽しそうな様子でラトナが話す。よほど楽しみにしていたのだろう。僕にまで嬉しさが伝わってくる。
すでに準備も出来ているように見えた。機動力を重視した動きやすそうな装備に、背中には無駄なものが入って無さそうな小さいリュック、腰にはボウガンと矢が携えられている。
「ヴィッキーは、今日はどこまで下りるつもりなの?」
「久しぶりだから五階層くらいかな。勘を取り戻してきたら六階層に行くつもりだよ」
「ほぅほぅ。うちらは七階層まで行く予定だよ。封鎖されるまで入り浸っていた場所なんだけど、久々だと不安なんだよねー」
ラトナが珍しく、困ったような顔を見せた。意外な表情だったので内心驚いた。
「大丈夫でしょ。そっちは四人で行くんだから、ミスしても仲間が助けてくれるよ」
「……うん。そうだったそうだった。ちょっと弱気になっちゃったよー。危ない危ない。しっかりしないとね」
ラトナが自分に言い聞かせるように言って気を取り直す。その様子を見て少し心配になった。
一緒にアルバイトをしていた間、どんなに忙しくてもラトナは疲れも焦りも見せずに仕事をしていた。しかも仲間のミスもフォローする程の余裕があった。僕と同じで新人のアルバイトだというのに、その要領の良さと周りを気遣える人格は、僕には真似出来そうになかった。ウィストとは違う種類の優秀さをラトナは持っている。
そんなラトナが弱々しい態度を僕に見せるのは初めてだった。仲間には見せている姿なのかもしれないけど、今ラトナの近くにいるのは僕だ。もしかしたら、仲間にも見せたくない姿を、気が緩んで晒してしまったのか?
弱気になった原因もそれを見せた思惑も分からない。ただの冗談かもしれない。しかし友達であるラトナのそんな姿を見て、何も言わずに見過ごすのも心が痛む。
重すぎず、軽すぎない言葉をかけるのが一番良いと思った。
「何かあったら相談してよ。ラトナには借りがあるから」
丁度良い答えを出したつもりだった。モンスターを譲って貰った借りが残っているのは事実だ。それを利用してくれれば遠慮なく相談できるだろうと踏んだ。
しかしラトナは目を丸くしたあと、呆れたように笑った。
「借りっていうけど、いちいち気にしてたら友達なんてやれないよー。それにー、一緒にバイトをしてくれた時点で、あたし的には十分恩を返された気になってたしね」
「そうなの?」
「うん。ヴィッキーはあのときの借りを重要なものと思ってたみたいだけど、あたしはそこまで重い物とは思ってないよ。バイトの件もそう。ヴィッキーは軽い気持ちだったかもしれないけど、こっちは凄い助かったの。だからおあいこってわけ。けど貸し借りが残っていたとしても、そんなに深刻に考えなくてもいいよん。ヴィッキーのこと結構気に入ってるから、それくらいじゃ友達辞めないし」
「そっか。僕の心配し過ぎか……」
「そうそう。けど、その気持ちは受け取ってあげよー。ありがとん」
ラトナの軽い調子が戻った気がする。ラトナらしい表情を見て、少し安心した。
なんであんな風に気弱になっていたのかは分からずじまいだったが、すぐに気が良くなるということはたいした問題じゃないのだろう。
「じゃ、あたしはみんなを待つから、また夕方にでも会おー」
ラトナはそう言って、テーブル席の方に向かって行って食事を注文した。僕はすでに準備を終えているので、ギルドを出てダンジョンに向かう。
ギルドの建物から出たとき、ちょうどウィストがギルドに入ってくるところだった。
「あ、おはよー、ヴィック」
「おはよう、ウィスト。いつもより遅いね」
「えへへ。ちょっと食べすぎちゃったから、ぐっすり寝れたんだー」
照れながらウィストは笑う。そういえば昨日は、ほとんど食べている姿しか見なかった気がする。お酒も飲んでいたので、よく眠れただろう。
「僕は今日、五階層に行く予定だけど、ウィストは?」
「私は七階層に行くよ」
「いきなり?」
「まぁね。早く八階層に挑戦したいからさ、最初から飛ばしていこうと思って」
来るのは遅かったものの、気合は僕以上の様だった。さすがだと言いたくなったが、それを抑えた。
「そっか……僕も、すぐに追いつくから」
隣に追いついたかと思ったがまだ遠い。だが劣等感を感じて足踏みする気は無かった。その決意を、ウィストの前で口にした。
ウィストはにやりと笑う。
「ふふん。まぁ、頑張り給えヴィック君。待ちくたびれて私がおばあちゃんになる前に追いついてね」
挑発してくるウィストに、僕も対抗心を燃やす。
「安心しなよ、ウィスト。そんなに待たせる気は無いからさ」
「じゃ、期待してて待ってるからね」
僕に向かってウィンクすると、ギルドの中に入っていく。その姿を見届けた後、僕は気合を入れ直してダンジョンに向かった。
ウィストにはもちろん、ベルク達にも負けられない。早く彼らに追いつきたい。
逸る気持ちを抑えきれず、自然と早足になっていた。




