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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第六章 休業冒険者

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6-4.英雄はつらいよ

「おう、ちゃんと食べてるか?」


 話し終えたヒランさんが去り、ラトナが料理を取りに席を外しているとき、ソランさんが僕とウィストが残っているテーブルに来た。ソランさんの顔には少しだけ赤みが差しており、手には大きなグラスを持っている。中にはビールが半分以上残っていた。


「はい。ご馳走様です」

「なに言ってんだ。もっと食え。冒険者は体力が大事だからな」


 ソランさんはヒランさんがいた席に座る。座ると喉を鳴らしながらビールを飲んだ。グラスから口を離して短く息を吐くと、「さて」と言って僕に視線を移す。


「言い忘れていたな。先月は助かったぜ」

「えっと、何がですか?」

「護衛任務の事だよ。あのときお前が事情を説明してなかったら、間に合わなかったかもしれないからな」


 先月の話だ。馬車の護衛任務についた冒険者と依頼人がモンスターに襲われたとき、ソランさんが馬を走らせて助かったことだ。馬を借りるために無茶な事をしたが、ソランさんが借りてくれたお蔭で無事に皆を救出することができた。


「近いうちに何かが起こるってヒランに聞いてたんだよ。馬車の護衛依頼のときも、万が一に備えてアリスを馬車に送っていたんだが、まさかあれほどの数のモンスターを用意してるとは思わなくてな。お前を見つけたときも、ツリックダンジョンでフェイルを捜索して帰って来たばかりだったから、状況が良く分からなかったんだよ。馬を借りたのも、お前に貸すついでに護衛任務の様子を見に行こうとしてたんだが、お前が教えてくれなかったらのんびりと行くつもりだった。だから感謝してんだ」


 《マイルスの英雄》と呼ばれる人が、下級冒険者の僕にお礼を言った。ハイエナと呼ばれていた頃には考えられなかったことだ。照れてしまい、つい顔がほころんでしまう。


「いや、そんなたいしたことはしてませんよ」


 謙遜しながら、にやけた顔を隠すために下を向く。気持ちが落ち着くまで、顔を上げられそうになかった。


「そっかぁ? まぁ調子に乗らないのはいいことだ。油断したら簡単に死ぬのが冒険者だからな。下級ダンジョンでも普通に死ねるから、気を付けるんだぞ」

「もちろんです。そもそも、油断できる余裕は無いです」

「自慢できることじゃねぇな。あとお前もだな」


 僕の言葉に苦笑すると、ソランさんはウィストの方に向いた。


「ヒランから聞いたぞ。冒険者になって四ヶ月なのに、ほぼ一人で七階層を踏破したスーパールーキーだってな。ヒランも感心してたぜ」

「ホントですか?! 無我夢中だったんで気にしてなかったけど、改めて聞くと嬉しいですね」


 ウィストが嬉しそうな顔をする。やはり英雄と呼ばれる人に褒められると、嬉しいものだ。ウィストの気持ちがよく分かる。


「これからも死なない程度に頑張れよ。んじゃ」


 ソランが席を立とうとすると「もう行くんですか?」とウィストが尋ねた。まだ席に着いてから五分も経っていないから、僕も同じ気持ちだった。


「あぁ。他の連中とも話をしたいからな。ったく、英雄も大変だぜ」

「じゃあちょっと気になったことがあるから、それだけでも」

「いいぞ。何だ?」


 ソランさんがまた席に腰を下ろしたときに、ウィストが質問を口にする。


「馬車の護衛任務のとき、あのときは丁寧な言葉遣いでしたけど、今は違うんですね?」

「なんだ、そんな事か。言っただろ? 英雄も大変だって」


 ソランさんがめんどくさそうな表情をして語りだす。


「俺はフローレイ王国の王都マイルスを救った英雄だ。マイルスの民は自分達を救った俺を讃え、王様も俺の石像を作るほど感謝した。俺を主役にした舞台や物語も作られた。いわばマイルスの顔役だ。後世に残るほどの活躍をした英雄が、チンピラみたいな奴だったら幻滅するだろ?」


 その言葉を否定はできなかった。言っていることは間違っていない。しかし、そこまで気を付けるほどなのか?


「だから冒険者を相手するとき以外は、清く正しく礼儀良くしてるってわけだ。その方が民衆受けもいいしな」

「何でそこまでするんですか? 英雄とはいっても、口調くらいは自由にしても良いと思いますけど」


 僕の質問に、ソランさんは予想していたかのように淡々と答える。


「普通に冒険者をする分には、それで良いかもしれないな。だが、俺の場合は事情が違う」

「どう違うんですか?」

「……この街の冒険者ギルドを変えるためだ。以前のマイルス冒険者ギルドの事を知っているが?」


 一ヶ月前に聞いた話だ。ゲノアスとその一味によって、冒険者の評判がすこぶる悪かったということだ。

 僕だけじゃなく、ウィストも頷いた。


「俺は自分さえ良ければどうでもいいっていう性分だから、ゲノアス達が絡んでこない限りは放っておいたんだ。ヒランも最初は俺と同様だったんだが、心変わりして冒険者ギルドの改善を目指した。そのために同志を集めて変えていこうとして、俺も声を掛けられた。最初は断ったんだが、相棒との約束を思い出して参加することにしたんだ。知名度を上げるための活動をして、周囲の声を味方につけ、上の連中にも圧力をかけた。結果はこの通りだ」


 ヒランさんはダンジョン管理人になり、元凶は取り除かれた。地道な活動で冒険者達の評判は上がり、今では街からも信用されるほど。誰が見てもヒランさんの改革は成功したと言えるだろう。

 しかし、語ったソランの顔からは、困難を乗り越えた達成感や満足感を読み取れなかった。その顔を見て、さっきヒランが言った言葉を思い出した。「約束を果たそうとしている」という言葉だ。


 自分の性分を変えてまでヒランさんに協力したということは、余程大事な約束で、大事な相棒だったんだろう。戦っている姿はほとんど見たことが無いことと、ソランさんの英雄譚を他人から聞かされるときは、決まってソランさんの相棒の話は出なかった。そういった印象から一人で冒険者として活動していたと思い込んでいた。


 だからこそ、ソランさんに相棒がいたという話を聞いた時は心底驚いた。しかもその相棒との約束を、今も破らずに守っている。

 英雄と言われるソランさんに、それほどまで影響を与える人物の事が知りたい。一方で、その相棒がもういないというヒランさんの言葉を思い出し、聞くことができなかった。


 「まぁなんにせよ」とソランさんが再び立ち上がって言った。


「俺達が地道な努力をして変えた冒険者ギルドだ。評判は落とさない様に、清く正しい活動をしてくれよな。そうじゃなきゃ、いろいろとうるさい奴がいるからな」


 他の冒険者の下に向かおうとしているソランさんに、「うるさい奴、ですか?」とウィストが再度疑問をぶつける。


「あぁ。さっき冒険者ギルドを問題視していたのは役人達も同じなんだよ。それを変えるために局長を変えてきたんだが、これがかなりケチな奴なんだよ」

「そういえばリーナさんも言ってましたね。人数がギリギリだから大変だって」

「人件費もぎりぎりまで削ってる。他にも無駄なものがあれば容赦無く予算を削っていくほどだ。以前、隅の方にダンジョンやモンスターに関する書物を集めた資料棚があったんだが、図書館で十分っていう理由で取り除かれた。たかがテーブル二個分のスペースすら惜しむ奴だ。まぁ、やり手で結果も出してるから良いんだけどな」


 苦笑しながらソランさんは語る。冒険者ギルドの局長とは会ったことが無いので、どんな人かは想像できない。

 ケチな奴というからには、余程お金の管理に厳しいのだろう。しかし今も毎日野宿をしている僕にしてみれば、お金の大切さは身に染みて分かっているので、否定的な考えを持てなかった。


「ケチではない。倹約家と呼びたまえ」


 後ろからソランさんの言葉を訂正する男の声が聞こえた。男のセリフから嫌な予感を察して振り向くと、綺麗な服を着て、緑色の髪をオールバックに固めた男性がいた。背筋をピンと伸ばしながら、ソランさんに身体を向けていた。

 ソランさんは嫌そうな顔をしながら、「うわぁ」と引くような声を出す。


「なんだよ。来ねぇと思って話してたのに、結局来たんだな。忙しいとか言ってたくせに」

「時間が空いたら行くと言ったはずだ。勝手に勘違いしたのは君だ」

「そうだな。俺が悪かったな。で、何の用だ? まだ時間じゃないだろ」

「急かしに来たわけではない。様子を見に来ただけだ。酒に酔って暴れて物を壊す輩がいたら処分しようと思ってな」

「仕事熱心な事で。こういうときくらい羽を休めたらどうだ?」

「勤務時間じゃなければそうするさ」


 男性はソランさんに物怖じすることなく、遠慮しない物言いをする。ソランさんが嫌がる仕草を見せるものの、全く気にかけていない。まるでこういう扱いに慣れているようだ。


 さっきソランさんは、冒険者以外には礼儀良くしていると言った。しかし目の前の男は、とても冒険者には見えない。太っても無ければ痩せてもいない普通の体格で、身体にはモンスターにつけられた傷が一切無い。にもかかわらず、普段と同じ口調で話している。だがその理由は、さっきのセリフで察しは付いていた。


 その男性がソランさんから目を離して、僕達に目を向けた。「ふむ」と声を出すと、顔だけではなく身体も僕らの方に向けた。


「初めまして、ウィスト君、ヴィック君。私はマイルス冒険者ギルドの局長、ネルック・アンドルフだ。君達のことはよく聞いてるよ」


 予想していた通りの人物だった。冒険者ギルドの局長がいきなり登場したので最初は驚いたが、ソランさんと会話をしている間に気持ちを落ち着かせていた。

 しかし、予想外の事があったのも事実だ。一度も顔を合わせたことのない人が、なぜ僕らの名前を知っていたのか、ということだ。


「初めまして。僕らの事、ご存じなんです?」

「あぁ。君達は実に優秀な冒険者だからね」


 失礼ながらも、ネルックの事を心配してしまった。ウィストはともかく、僕まで優秀と言ったのだ。今までそんなことを言われたことは無かった。

 だが冷静になって考えて、ただのお世辞だと判断した。ギルドの局長という立場なら、相手に気を遣う事も多いはずだ。ウィストを褒めようとしたら一緒にいる僕も目に入ったから、一人だけ言うのも気まずいと感じて僕の事も一緒に言ったのだろう。


「ウィスト君はまだ冒険者になって半年も経ってないのに七階層を踏破している。しかも先月の事件では、機転を利かせて馬車や冒険者を守ったそうじゃないか。実に素晴らしい冒険者だ」

「いやー、それほどでもないですよ」


 ウィストが照れながら謙遜の言葉を口にする。上の立場の者から褒められて嬉しいのは、つい先ほど僕も実感したところなのでウィストの気持ちがよく分かる。


「そしてヴィック君」


 律儀にも僕も褒めてくれるようだ。おそらく、誰にでも言えるような言葉を述べてくれるのだろう。そう思って期待せずに構えた。


「努力家の冒険者だと聞いている。無知なまま冒険者になったにもかかわらず、ほぼ独力で七階層を踏破した努力家のようだね。生活が苦しいというのに向上心を持ち続けるのはとても難しいことだ。その強い心があったから、エンブ相手に生き延びることができたのだろう。私は君を尊敬するよ」

「……は、はい!」


 前言撤回だ。この人はウィストのついでにではなく、ちゃんと僕を見て褒めてくれた。驚いて一瞬呆けてしまった。

 しかし、僕みたいな冒険者をよく知っていたものだ。冒険者ギルドの局長は、末端の冒険者の事も調べないといけないのかと勘ぐってしまう。


「是非、これからも冒険者として頑張り給え。くれぐれも―――」


 ネルックさんは目を細めた。


「無能な冒険者にはならない様に」


 棘のある言葉を口にすると、「では失礼する」と言って踵を返した。何事も無くきびきびと歩いて外に出る姿を見たソランさんが、「ああいう奴だ」うんざりするような口調で言った。


「なんか、その……めんどくさそうな性格ですね」


 ウィストが苦笑いしながら感想を述べる。僕も褒められて高揚した気分が、いつの間にか冷めていた。まるで「無能な冒険者はいらない」と言っているように聞こえた。


「普段から忙しい奴だから滅多に会うことは無い。安心して冒険を楽しめ。じゃあな」


 ソランさんは今度こそ、僕達の下から離れた。他の冒険者の方に向かって行き、僕達にしたのと同じように話を始めた。


「冒険者ギルドって、いろいろと複雑なのかもね」


 ウィストが今日を振り返る様なセリフを言った。思わず僕も頷いてしまう。

 明日から冒険者生活を再開するというのに、気になる事がたくさん増えた。

 平穏に冒険できることを祈って、グラスに残ったビールを飲み干した。


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