6-3.パーティーの思惑
「皆様、お集まりいただきありがとうございます」
陽が沈み切ったとき、マイルス冒険者ギルドの中には大勢の人が集まっていた。
その中で、ヒランさんが挨拶を始める。
「この一ヶ月間、マイルス下級ダンジョンを封鎖することになり、多くの方にご迷惑をおかけいたしました。下級冒険者の方々には、普段と違った慣れない仕事をして苦労された方が多いはずです。ダンジョンの封鎖が解除されるまでの間、調査が終わるまで待って頂けたことを心より感謝いたします。上級冒険者のなかには、今回の調査に手伝っていただけた方もいらっしゃいます。わたくし一人の力では、この短期間で調査を終えることは無理だったことでしょう。力を貸してくれた皆様には感謝してもしたりません。中級冒険者の方は……特に言うことはありませんね」
「ひでー」
誰かが笑いながら嘆きの声をあげる。周囲の冒険者もこらえきれずに笑う者がいた。ヒランさんの口角が少しだけ上がっていた。
咳ばらいを一つすると、再びヒランさんが話し始める。
「さて、皆様も長い話は好きではないでしょう。だから最後に一言だけ言って終わりにいたします」
ヒランさんが皆を見渡してから、一言述べた。
「これからも、マイルス冒険者ギルドをよろしくお願いいたします。乾杯」
皆はグラスを上げてから、飲み始める。
パーティの始まりだった。
「やっほー、ヴィック。元気してた?」
テーブルに並んだ料理を口に詰めていると、ウィストが話しかけてきた。いつもと変わらぬ元気な姿だ。
口に入れたものを飲み込んで「それなりにね」と返した。
「ウィストは元気そうだね」
「当然……と言いたいところだけど、ちょっと痩せたかもね」
ウィストは自分の腹に手を置きながら答える。
「受注できる依頼が少ないから、他の冒険者と取り合いになるんだよねー。森のモンスターを狩ってたりしたけど、ダンジョンみたいに捕まえられないから、お蔭で食費を節約することになったよ」
ウィストはアルバイトをせずに、依頼をこなしたり森のモンスターを狩って一ヶ月を過ごしていた。森にもモンスターはいるが、ダンジョンの様にそこら中にいる訳ではない。見つけたとしても、木々や草を利用して逃げる個体が多いため見失いやすい。だからダンジョンのモンスターより狩るのが困難だ。
「じゃあ今日はお腹が減っているわけだ」
「そう! お腹一杯になるまで食べて、明日のダンジョンに一番乗りしてやるんだから!」
ウィストは取り皿にたくさんの料理を積み上げる。取り終わると近くの空いているテーブルについて食べ始めた。丁度、僕の向かい側の席だったので、美味しそうに食べる顔がよく見える。
「隣良いか? ヴィック」
ウィストの顔を見ていると、いつの間にかベルクが隣りに立っていた。後ろにはいつもの仲間がいる。
「もちろん良いよ」
四人用の四角いテーブルで左側は壁で防がれてるが、通路側に椅子を置ければ十分座れる。ベルクが僕の隣に座ると「ねぇ」とミラさんが僕に声を掛ける。
「ちょっとのいてくれない。そこに座りたいんだけど」
「他にも席があるんだけど」と突っ込みたかったが、鋭い目つきで言われるとびびって席を立ってしまった。「ありがと」と言ってミラさんが僕が座っていた席に座る。
「おいミラ、ヴィックが座ってたんだぞ」
「いいじゃん。譲ってくれたんだから」
「もー、最近は隠さなくなったね、ミラらん。ヴィッキー、こっち空いてるよ」
ラトナが通路側に椅子を持ってきて座り、その横にはもう一つ椅子が置かれている。ウィストの横にはカイトさんが座っているので、空いている場所はラトナの隣だけだ。僕はラトナの横の椅子に腰を落とした。
「じゃあー、みんなの今後の活躍を祈って……乾杯!」
六人がグラスを持って、軽くぶつけあった。ただ、ミラさんは僕のグラスにぶつけてくれなかった。もしかして嫌われているのだろうか……。
「いやー、飯が美味い! 労働の後だとさらに美味く感じるぜ」
ベルクがウィストに負けじと口に料理を放り込む。大きな肉に齧り付く姿は様になっている。
「ベルクは今日も仕事だったの?」
「あぁ、なかなかきつかったな。身体がデカいもんだから、目ぇつけられて重い物ばっか運ばされたんだよ。いくら力があるとはいえ、丸太を一日で百本運ばされるのは辛すぎる……」
遠い目をしながらベルクは語った。ベルクは建設現場で働いていると以前聞いた。給与は高いがかなり過酷な環境だったようだ。
「だから俺みたいに接客業をすればよかったんだよ」
カイトさんが愉快そうに笑いながら言った。
「お前なあ……オレの顔が接客に向いてると思うか?」
「物好きもいると思うよ」
「褒められてる気がしねぇ言葉だなあ」
「私なら行ってあげるけどね」
「ねぇカイっち、最近ミラらんのアピールが露骨すぎてつまんないんだけど」
「確かにね。もう少し変化球を加えたら良いと思いますねぇ」
「うるさいわよ」
四人が楽しそうに会話をしている。絶え間ない掛け合いに、少々置いてけぼり感を感じた。
ふとミラさんと目が合うと、なぜか勝ち誇った表情をされる。嫌われるようなことをした覚えは無いのだが……。
「他の三人はどこでバイトしてたの?」
ウィストが会話に割って入る。堂々と話しに割り込める度胸は、流石と言わざるを得ない。
「俺は西区の菓子店だよ。そこで接客をしてた」
「女性客が多いから、イケメンのカイトにはぴったりだね。私は中央区の洋服屋よ」
「あたしは料理屋。フリクルって店でヴィッキーと一緒に働いてたんだよ。ねー?」
ラトナが僕に可愛らし気に同意を求めてきた。
「うん。ラトナに紹介してもらったんだ。働く場所を決めてなかったから助かったよ」
「良いってことよ。こういうときは助け合わないといけないからな」
「ベルっちは何もしてないじゃーん。即行でバイト先決めたからびっくりしたよ」
「ま、オレの身体は需要があるからな。しっかりと有効活用しないとな」
「あっちの人にも需要有りそうだね」
「しばくぞ、カイト」
「あっちの人って?」
「ヴィックは知らなくていいんだよ」
楽しげな会話に、僕も入り込むことができた。目線をウィストに移すとウインクされる。「ありがと」と声を出さずに口だけを動かして、僕は礼を伝えた。
ウィストは満足げな表情をして食事に戻る。今のウィストはコミュニケーションより、食欲を満たすことを優先しているようだった。
「カイト。ソランさんに話を聞きに行かなくていいの?」
会話を楽しんでいるとミラさんが話題を変えた。
カイトさんは思い出したかのように、
「そうだった。滅多にないチャンスだから行かないと」
と言って席を立つ。同時にベルクも、「オレも行こっと」とカイトさんについて行った。
テーブル席に残ったのは、僕とウィスト、ミラさんとラトナだった。
二人が席を立つと、ミラさんが僕を睨み付けた。まるで憎き敵を見るような目つきだ。僕もカイトさん達について行けばよかったと後悔した。
「ねぇ、ちょっといいかな?」
「……えっと、なに? ミラさん」
「なに、ですって?」
「何でしょうか。ミラさん」
普段からは想像できないミラさんの低い声にビビり、言い直してしまう。怒らせた心当たりは、全く無いのだが……。
「何で私が怒っているのか、理解してる?」
覚えのないことに、僕は黙って首を横に振る。ミラは「ふーん」と不満気に返す。
「別に気にすること無いよ、ヴィッキー。ただの嫉妬だから」
冷めた空気にラトナが入り込んだ。少しうんざりしているように見える。
「この一ヶ月、ベルっちがカイっちとヴィッキーと一緒に、男だけで遊びに行くことが多かったから、それが不満なんだって」
「ちょっと、そんなこと言ってないでしょ!」
「言ってたじゃん、ミラ。ベルクがいなくてつまんなーいって」
ウィストもラトナに乗っかって話す。心なしか、二人とも楽しげな声色だった。
「言ってない! ただ、仲間同士の交流も大切にしてほしいって……」
「ほぼ毎日、顔を合わしてるんだから、たまには許してあげなよ。あたしらだって女同士で会ってるもん、ねー」
「ねー」
ラトナの言葉に、ウィストが同意する。この三人も女性だけで集まっているのなら、確かにおあいこだ。
だがミラさんの顔を見ると、納得している様には見えなかった。
「それにさ、会えない時間が愛を育むってこともあるじゃん。そういう時間は必要じゃない?」
「そうそう」
「……二人とも、やけにこいつを庇うんだね?」
ミラさんが僕を睨みながら言う。こいつとは無論、僕の事だ。名前すら言ってくれない嫌われっぷりである。
「そりゃ、同期だからね」
「私に至っては助けてもらった相手だからね」
二人がミラの追及を軽く躱すと、ミラは黙り込んだ。
すると、
「私もソランさんの話聞いて来る」
と言って席を立った。
ミラさんが席を離れると、ラトナが安堵の息を吐いた。
「ごめんね、ヴィッキー。ミラらん最近ベルっちとあまり話せなかったせいで、機嫌が悪かったんよー」
「あー、なるほど。大丈夫だよ、ラトナ」
正直言って恐かった。二人がいなければ、何も言えずに頷くだけになっていただろう。
「けど明日からは大丈夫でしょ。一緒にダンジョンに行けるんだから」
「だね。ミラらんは分かりやすいから」
二人の顔に笑顔が咲いた。その様子を見て僕も安心していると「楽しんでますか?」と後ろから声を掛けられる。
通路側の席にいた僕が振り向くと、ヒランさんがグラスを持って立っていた。
「あ、はい! そりゃ、もう、存分に」
慌てて返事をすると、くすりと笑われた。
「そう固くなる必要はありません」
ヒランさんはさっきまでミラさんが座っていた席に腰を下ろす。
「今日は来てくださってありがとうございます」
「いえいえ、ご飯をお腹一杯食べたかったので丁度良かったです。しかも参加費がタダなら、行かないわけないですよ」
「だよねー。無料なうえ、有名人が来てるなら行かないわけないよねー」
ウィストとラトナが言うことはもっともだ。参加費を取られないうえ、ソランさんを含めた色んな上級冒険者に会って話が出来るのなら、行かないわけがない。
ヒランさんは微笑みながら、
「そう言ってくれるなら、頑張った甲斐があったというものです」
と答える。
「ただ、御礼ならソランに言ってください。今回のパーティー、企画はともかく参加費を無料にしてくれたのは彼のお蔭ですから」
ソランさんの方を見ながら、ヒランさんが言った。この人数が参加するパーティーの費用を無料にさせるとは、思っていた以上に豪快な性格のようだ。
「凄い人ですね。何でそこまでしてくれるんですか?」
ウィストが感心しながら尋ねる。たしかに、少し気になるところだ。お金が余っているのだろうか? だとしたら、とても羨ましい。
「良いところを見せたいとかじゃないんですかー? ソランさんって、ヒランさんと仲良いですよね。あとアリスさんとかも」
からかうようにラトナが聞く。年上相手にも攻めるとは、なかなか恐ろしいことを……。
だが、その理由は納得出来る。誰かのために頑張りたい、かっこつけたいという思いは、男なら持って当たり前の感情だ。その相手が大事な人なら、なおさら当然のことだ。同じ経験を、僕もしたことがある。ソランさんの相手がヒランさんなら、この行為もおかしいことではない。
しかしヒランさんは「違いますね」と言って否定する。
「彼は約束を果たそうとしているだけです。だからわたくしを支援してくれています。ただそれだけです」
「約束? どんな約束ですか?」
「詳しい内容は知りません。ただ―――」
ヒランさんは懐かしむような表情で答える。
「今はもういない、大事な相棒との約束の様です」
その目から、とても寂しそうな想いが感じられた。




