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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第六章 休業冒険者

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6-2.食事の誘い

 料理屋フリクルでのアルバイトが終わった後の事だった。

 食事をするために店を探していたところ、冒険者ギルドで仕事を終えたフィネさんに会った。


「あ、ヴィックじゃないですか!」


 仕事で疲れているはずなのに、いつもと同じ元気な声で呼びかけられる。


「最近ギルドに来ないから、心配したんですよー」


 フィネはとことこと歩み寄りながら、敬語とため口が混じった声で話す。友達になった日からこの喋り方だった。ため口で話すのに慣れていないのだろうか。

 僕は「バイトで忙しかったから」と心配そうな顔をするフィネに言葉を返した。


「顔くらい出しに来てくださいよー……あれ? ヴィック、ちょっと待って」


 そう言ってフィネは僕の顔を凝視する。しかも僕の顔を掴んで、息がかかるほどの距離にまで引き寄せた。間近で見られて、少し恥ずかしかった。


「えっと、どうしたの? そんなに見つめて……。顔に何かついてる?」

「やっぱり……」


 納得したような顔でフィネは頷いて、僕の顔から手を離した。すると「ごはんちゃんと食べてる?」と尋ねられた。


「……食べてるよ」

「ふーん。一日何食? 量はどれくらい?」

「一日三食、腹八分目……」

「目を逸らさないで言って」


 フィネの目を見て同じ言葉を言おうとする。しかし、フィネの真っ直ぐとした目を見ると言いにくくなった。


「一日一食……腹五分目もいかないくらいかな。はは……」


 僕は愛想笑いをするが、対してフィネの顔に笑顔はない。何やら怒っている様だ。


「なんでそれだけしか食べてないんですか?」

「あー、ほら、ここ最近アルバイトの収入だけで生活しててね。実入りは少ないけど危険なことは無い仕事だから、貯金してたの。で、貯金したお金で新しい防具を買ったんだけど、思ったより高くてね。お金がほとんどなくなっちゃったんだよ。他にも色々と使っちゃったから、その、節約のために食事を抜いてたってわけ」

「防具を買えても、体力が無ければ無用の長物ですよ」

「……耳が痛い言葉だね」


 買った防具自体はなかなかのものだった。中古品だが痛んでいる箇所も無く、サイズもぴったりだった。しかし以前まで身に着けていた防具より重いので、前よりも体力が必要となる。

 体力をつけるためにはちゃんとした食事が必要なのだが、つい目先のお金を意識してしまい、食費をケチってしまった。


「けど、よく分かったね。食事を減らしてる事」

「顔を見たら分かります。前より少しだけ細くなってる。流石に心配ですよ」


 鏡を見ないので気づかなかったが、見て分かるほど痩せているとは思わなかった。


「明日からはちゃんと食べるから、大丈夫だよ」

「……いえ、今日から食べましょう。一先ず、わたしの家に来てください」


 突拍子なフィネの言葉に、一瞬思考が固まった。私の家に来てください?


「えっと、誰が?」

「ヴィックに決まってるじゃないですか」


 さも当然のような口ぶりだった。たしかに話の流れ的にはそうなのだが、色々と問題のある発言だった。


「いや、だめでしょ。冒険者が冒険者ギルドの職員の家に行くなんて」

「大丈夫ですよ。ちょっとご飯を食べてもらうだけなんで。ばれなきゃ問題無し」

「そういう問題を抱えたくは無いんだけど」

「人生に秘密の一つや二つは付き物です!」


 引き下がりそうに無かった。ここは強引に話を纏めて立ち去るべきだろう。

 僕は二三歩ほど後ずさりして逃げる準備をした。

 しかし、フィネが素早く動いて僕の腕に抱き着いた。


「ちょっとフィネ! 何してんの?!」

「今逃げそうな気配がしましたから、捕まえておこうかなーって」


 モンスターのような鋭い勘だった。フィネは力強く僕の腕に抱き着いている。腕にフィネの胸が当たって心臓の鼓動が高まる。しかも周囲の視線を浴びている様な気がする。


 このまま抱き着かれるのはまずい。しかしフィネは、家に行くことを承諾しない限り腕から手を離しそうにない。

 僕は諦めることにした。


「分かった。ついてくよ」


 フィネの顔がぱあっと明るくなる。「そうこなくっちゃ」と嬉しそうに言う。


「それじゃあ、ちゃんとうちに来てもらうからねー!」

「分かったから、腕を離してよ。誰かに見られたら誤解されるよ?」

「じゃあ大人しく付いて来て下さいね」


 フィネは腕を離して僕の横に並ぶ。今なら逃げることは出来るが、行くと言った手前、逃げることは一種の裏切りだ。フィネ相手にそんなことはしたくない。

 誰にもばれないことを祈りながら、フィネの家に向かった。


 十分ほど歩くと、フィネの家に到着した。小さい石造りの家が並び立っている区画にあり、フィネの家も同じような造りだ。

 フィネがドアを開けて入ると、僕も続いて中に入った。家の中は予想通り狭く、中央にテーブルと四つの椅子が置かれ、壁際に台所があるだけだった。奥には別の部屋があるが、フィネにテーブルの椅子に座るように促されたので何の部屋なのかは分からなかった。


「来てなんだけど、家族の許可は取らなくてよかったの?」


 椅子の数を考えて、おそらく四人家族だろう。両親とフィネ、そしておそらく兄弟か祖父母がいると推測した。


「お父さんとお母さんは、今日は夜遅くまで帰って来ないです。けど―――」


 言葉の途中で、奥の部屋から物音が聞こえた。ドアが開くと部屋から少女が出て来る。

 フィネと似た顔で、若干フィネより背が小さい。しかしフィネが腰まで届くほどの長髪なのに対し、少女は顎と同じ位置までしか伸びていない長さだ。

 一番の違いは目つきだった。顔の造形は似ているが、フィネの爛々とした目と違い、少女の目は気持ちが冷めているように見えた。


「お帰り、お姉ちゃん」


 気だるげな声で少女はフィネに言った。性格もフィネとは違ってローテンションなようだ。


「ただいま! もしかして寝てた?」

「ううん、勉強してた。ところで、その人は?」


 僕の方を向きながら少女が尋ねる。見知らぬ人が家に来ていたら、不思議がるのは当然だろう。


「えっと、僕はヴィック。フィネの友人です」

「……冒険者?」

「そうだけど、よく分かったね」

「何となくだよ。で、何で呼んだの?」


 少女は次にフィネに尋ねた。


「ごはんをご馳走するの。ヴィックはここ最近何にも食べてないみたいだから」

「いや、少しは食べてるよ」

「あんなの、食べてるうちに入りません!」

「ふーん。そういうこと……」


 少女は納得した様子で僕を見る。その目から憐む感情が見え隠れする。久しぶりの感覚だった。


「私はもうすぐ寝るから、大声は出さないようにね」

「うん。お休み、ノイラ」


 ノイラと呼ばれた少女は部屋の中に戻って行った。フィネは声をいつもより小さくする。


「今のは妹のノイラっていうんだ。フローレイ国立学校に通ってるの」


 フローレイ国立学校といえば、国内で最も入学と卒業が難関な学校で、卒業生は全員給与の高い城での仕事が約束されているという話だ。

 見た目はともかく、性格や能力がフィネと正反対と言っていいほどの違いに内心驚いた。


「なんか、フィネとは似てないね」


 思ったことを口に出すが、「そう?」とフィネは首を傾げる。


「けど、ノイラと話せば顔だけじゃなくて性格も似ているところがあるって分かるよ」


 明るいフィネと、冷めたノイラ。性格が似ていると言われても、今の会話だけだと到底そうは思えない。

 疑問を抱いていると、


「じゃあ料理を作りますので待ってて下さい」


 とフィネは台所に立って料理を始める。


 フィネは色んな食料を用意して次々と切っていき、鍋ではスープを作っていく。切った野菜と肉をフライパンで焼き始めると、良い匂いが部屋中に漂ってきた。

 三十分ほど待つと、テーブルに料理が並べられる。蒸かした芋と野菜のスープ、そして大量の野菜炒めだ。具がたくさん入っていておいしそうだ。


「じゃあ、召し上がってください」


 前に置かれた料理の匂いを嗅いで、もう我慢が出来なかった。


「いただきます」


 フォークとスープを使って次々と料理を口に運ぶ。サリオ村に居たときも食べたことがある定番料理だが、叔母さんが作ったものよりはるかに美味しい。


「すごい、美味しい」

「ありがとう。作った甲斐がありました」


 満足げにフィネも料理を口にする。「美味しい」と自分が作った料理を自画自賛しながら。

 全ての料理を平らげると、満腹感が身体を支配した。こんなに満足できる食事をしたのはいつ以来だ?


「満足そうでなによりです」


 フィネが微笑みながら食器を片付ける。テーブルから食器をどけると、僕の前に紙袋を置いた。


「これ、明日の朝にでも食べてね」


 紙袋の中を開けるとパンが二つ入っている。指で軽く押してみると、まるで焼いたばかりのような弾力があった。


「いや、流石にこれ以上助けてもらうのは―――」

「お腹一杯食べたのに、いつまでそんなこと言ってるんですか?」

「それは、まあ、美味しかったから仕方がないよ」


 しかし、これ以上施しを受けるのは流石に遠慮したかった。フィネにまたご馳走してもらおうという甘えが生じてしまうかもしれない。それに返し切れないほどの借りを作ってしまうことになる。できればフィネとは対等でいたかった。


「今ヴィック達のように冒険者がバイトしてるのはわたし達のせいでもあるから、これくらいはやらせてください」

「あれは、ギルドのせいじゃないよ……」


 僕だけじゃなく下級冒険者のほとんどは、街でアルバイトをして生活費を稼いでいる。それは護衛馬車へのモンスター襲来事件が切っ掛けで、マイルスダンジョンが閉鎖されているからだ。理由は危険指定モンスターのエンブの調査のためだ。


 ヒランさんがフェイルを退けてからダンジョンを出る間にはエンブは発見されなかったが、僕の目撃情報を聞くと、安全確認のためにマイルスダンジョンを調査することになった。

 危険指定モンスターがいるかもしれないダンジョンに入りたがる下級冒険者はいない。だから調査に文句を言う冒険者はいなかったが、問題はその調査期間だ。


 調査の見込み期間は一ヶ月。これには冒険者の間から不満の声が上がった。兼業冒険者はともかく、冒険の稼ぎだけで生活している者にとっては、ダンジョンに一ヶ月も入れないのは死活問題だからだ。

 一ヶ月もかける理由は、エンブの調査だけではなく、ダンジョン内の抜け穴も調査するとのことだ。聞くところ、フェイルがヒランさんから逃げるときに、把握していなかった抜け穴から脱出したとのことだ。これを機に、全部の抜け穴を調査するらしい。


 詳しい説明を受けた冒険者は、渋々と納得した。マイルスダンジョンで問題が起きるのを未然に防ぐためということで、冒険者達にもメリットはあることだからだ。


 ダンジョンに再び入れるようになるまでに、冒険者は三つの選択肢のいずれかを取った。

 一つは今までの稼ぎで得た貯金を崩して、封鎖が解除されるまで待つという者。二つ目はマイルスダンジョンに入らなくても達成できる依頼を受けて稼ぐ者。三つ目は一旦活動を休止してアルバイトで稼ぐ者だ。僕は三つ目を選んだ。

 たいした貯金も無く、また依頼で稼ぐには僕レベルで選べる依頼が少ないから、消去法でそうなった。


「みんな納得しての事だから、フィネが責任を感じることは無いよ。むしろ、予定通りに一ヶ月で終わらせるなんて、凄いことじゃない」


 マイルスダンジョンは十階層もあり、各階層は一日かけても調べ切れないほどの広さだ。そんなダンジョンの調査を一ヶ月で終わらせるのは大変なはずだ。


「ヒランさんを始め、色んな上級冒険者さん達が手伝ってくれましたから」

「なるほどねー」

「だからわたしも、何か冒険者の人の助けをしたかったんです。せめて身近な人にだけでも」


 フィネの真剣な気持ちが伝わってくる。冒険者の手助けをしたい、その想いがフィネは強い。これを退けるのは至難の業だ。

 僕は諦めてパンの入った袋を手に取った。


「分かった。じゃあ、これは受け取るよ」

「はい! 美味しくいただいてください!」

「うん。じゃあ、またね」


 そう言って、僕は外に出ようとする。そのときフィネにまた呼び止められた。


「明日来るんですよね?」

「ギルドに? あぁ、あれのことね」

「是非来てくださいね。マイルスダンジョンの封鎖解除パーティーへ」

「もちろん。いろんな人が来るんでしょ?」


 「はい」とフィネは笑顔で返す。


「ソランさんをはじめ、上級冒険者がたくさん来るので、良い話が聞けると思うよ。もちろん、ウィストも来るみたい」


 行かない理由は、全く無かった。


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