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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第六章 休業冒険者

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6-1.助けられた人

 日が暮れたときが、一番忙しい時間帯だった。

 料理屋フリクルのテーブル席の間を、ピリナは駆けまわっていた。

 客の注文を聞いて厨房に伝える。簡単な作業だが、注文数が多ければ頭が混乱する大変な仕事だ。メモを取ることを忘れずに、客の注文を聞いて回る。注文を聞いた後、ピリナは厨房の方に駆け寄った。


「ビール二つ、揚げ芋一つ、エダマメ一つです!」

「あいよー!」


 注文を伝えると、大きな声が厨房から返ってくる。若干イラつきが混じっているように聞こえた。しかし毎度の事なので気にしない。ピリナも自分の仕事で手が一杯で余裕が無い。

 それはどの店員も同じはずだが、ある店員は違っていた。


「追加注文でーす。ブピッグの串焼き一つ追加だよー」


 明るい声が耳に入る。必死さもイラつきも感じられない声だった。

 横目で声の主を見ると、予想通りのラトナの姿があった。一か月前からアルバイトとして働き始めた冒険者だ。


 彼女は以前依頼でダンジョンに一緒に入った冒険者の仲間だ。いつも四人組で冒険している、仲の良いパーティーらしい。今回アルバイトとして働いているのは、しばらくの間ダンジョンに入れないので、その間の生活費を稼ぐためだ。


 店側としては人手が欲しかったので有り難い話だった。ピリナとしては、接客に慣れていないと教える手間が増えることを心配をしていた。その手間を考えて二人だけ呼ぶことにしたが、来てくれた人は最初から戦力として働いてくれるほどだった。その内の一人がラトナである。

 接客業は初めてと聞いたが、飲み込みの早さと要領の良さを活かして、あっという間にフリクルの従業員として機能し始めた。しかもラトナの可愛らしい容姿とノリの良い性格に魅かれて、来店客が増えるほどだった。こうも有能だと、逆に自分の立場が無くなって悲しくなるのが悩みだが……。


 そしてもう一人のアルバイトも有能だった。以前にも似た仕事をしていた様で、最初から接客仕事の基本的なことは出来ていた。客への気配りも出来ており、彼のお蔭で苦情も減った。

 しかしピリナは、彼とあまり話したことが無かった。異性が苦手だからとか、嫌いな相手だという理由ではない。


 ピリナは彼の顔を見る。黒髪で大人しそうな顔をしている、平凡な少年だ。

 だがその顔はとてもよく覚えている。以前、ピリナを助けてくれた冒険者だ。


 一ヶ月以上前、ピリナは店長の指示でマイルスダンジョンの七階層に食材を取りに行った。冒険者だけに任せたかったのだが、狙った食材は見た目で判別するのがとても難しいものだったため、ピリナが依頼を受けた冒険者と一緒に行くことになった。

 初めて入ったダンジョンは歩きにくく薄暗いため、すごく怖かった。冒険者に守られていたお蔭で安全だったが、七階層で多くのモンスターに襲われた。冒険者達が対処しきれなかったモンスターがピリナに襲い掛かって来たので必死に逃げたがすぐに追いつかれた。モンスターに囲まれて死ぬかと思った時に、助けてくれたのが彼、ヴィックだった。


 助けてもらった直後、頭が混乱していたため碌にお礼が出来ていない。だから今回再会したことを機に改めてお礼を言いたかったのだが、それをする勇気が無かった。歳がそう変わらない少年に、泣き顔を晒して助けを求めていたことを思い出すと、恥ずかしくて死にそうになるからだ。

 ヴィックと顔を合わせるたびにそのときの事を思い出し、ちゃんと顔を見ることができなくなってしまう。相手は何とも思っていなさそうなので平然とした態度で言えばいいだけなのだが、どうしてもそれが出来ない。

 自分の情けなさが嫌になって、ピリナは溜め息を吐いた。


「大丈夫ですか?」


 気を落として動きを止めていたピリナは、ヴィックに声を掛けられた。


「あ、うん、大丈夫だよ」

「大変ですけど、頑張りましょう」


 元気づける言葉を落として、ヴィックは再び仕事に戻った。後輩に励まされるとは情けない。ピリナはまた溜め息を吐いてしまった。





「お疲れすっすー」


 休憩時間になってピリナが休憩室に入ると、着替えているラトナから気の抜けた労いの言葉を受けた。


「お疲れ様です。まだ残ってたんですね」


 ラトナは一時間ほど前に仕事を上がっていた。にもかかわらず、こうして休憩室で待機している。


「うん。さっきまで掃除してたー。狭かったからすぐに終わったんだけどねー」


 ピリナが改めて部屋を見ると、机や床に散らばっていたゴミが綺麗に無くなっているのが分かった。仕事が終わった後に掃除までしてくれるとは、頭が上がらない。


「凄いですね、ここまでしてくれるなんて」

「そりゃ最終日だからねー。一ヶ月だけとはいえ、働いていた場所は綺麗にして出てきたくない?」

「最終日?」


 気になった単語を、ピリナはつい聞き直した。「言ってなかったっけ」とラトナが答える。


「アルバイト期間、私とヴィッキーが今日が最後の日って」


 ピリナは「聞いてない」と言いそうになった口を閉じた。思い返せば、昨日店長から聞いていた様な気がする。忙しすぎて忘れていたんだ。


「そういえばピーリ。ちゃんとお礼言えたん?」


 ラトナは勝手につけた愛称で、ピリナが気にしていたことを聞いて来た。以前助けてもらったヴィックに会ってから、どうお礼を言ったらいいのかをラトナに相談していたのだ。

 ラトナはピリナを後押ししてくれたうえに何度も機会を与えてくれたのだが、勇気が足りずにお礼を言い損ねていた。

 ピリナはそのことを伝えると、ラトナは「ありゃー」と残念そうに言った。


「そりゃ残念。ヴィッキーはもう帰っちゃったしねー。会うのは無理かも」

「そうですか……あ、けど家に行ってお礼を言えば―――」

「止めた方が良いね」


 思い付きで言った言葉は、ラトナから即座に止められた。少し真剣味を帯びた声だった。


「さすがに家に行ってまでは止めた方が良いかなー。ヴィッキーにもヴィッキーの生活があるしねー」

「……そうだよね。うん、また次の機会に言うことにするよ」


 ラトナの迫力に押され、つい引き下がってしまった。いつも緩い表情で周りを和ませているラトナからそんな声が聞けるとは思えず、そのギャップに驚いた。


「それじゃあね、ピーリ。またご飯食べに行くからー」


 着替え終えたラトナは、最後によく知った表情で別れの言葉を口にして、休憩室から出て行った。

 ピリナも間もなくして店を出た。肩を落としながら帰路につき、自己嫌悪していた。もう少し要領良く動けたら、物怖じしない性格なら、こんな気分にはならないのに。


 人が多い大通りを歩いていると、前方に見覚えのある背中を見つけた。さっきまで一緒に働いていたヴィックの姿だ。

 好機と思い、名前を呼んで呼び止めようとした。


「ヴィッ―――」


 しかし、ヴィックの隣にいる少女の姿を見て最後まで言い切れなかった。しかも仲が良さそうに、少女の方はヴィックの腕に抱き着いていた。


「それじゃあ、ちゃんとうちに来てもらうからねー!」

「分かったから、腕を離してよ。誰かに見られたら誤解されるよ?」

「じゃあ大人しく付いて来て下さいね」


 腰まで伸びた柔らかそうな茶髪の少女は、ヴィックに困り顔をさせながら一緒に歩いている。

 その様子を見たピリナは、声を掛けるのを止めた。

 助けてくれた人が恋人と過ごす時間を、邪魔したくなかった。


「……また今度にしよっか」


 いつ来るか分からない機会を、ピリナは待つことにした。

 どうせ同じ街にいるんだから、いつかまた会えるだろう。そう思ってピリナは、ヴィックに気付かれない様に再び歩き始めた。


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