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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
間章

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66/131

幕間

 マイルスに帰った翌日の夕方、僕は商店アルチに向かった。店内を窓から覗くとララックさんがいつも通り接客をしている。一度深呼吸をしてから店内に入った。

 店内に入ると、ララックさんは僕の方を見る。目が合うといつも通りに微笑んでくれた。


「いらっしゃい。今日は何の用かしら?」


 いつもと同じトーンで話しかけて来る。対して僕は、少し緊張気味だった。これからの事を考えると、動揺してもしょうがないと思う。

 手をぎゅっと握りしめて、僕はララックさんに言った。


「お話が、あります」


 言葉が途切れながらも言い切った。安心したと同時にさらに緊張してしまう。これで引き返せない。

 一方のララックさんは悩ましげな表情を見せる。どう答えようか考えている様子だ。その態度が緊張している僕を焦らしているように思えた。


「ちょっと今日は忙しいのよね……」


 断りたそうな雰囲気を出してくる。店内を見たところ忙しそうには見えない。それに以前、ララックさんはこの曜日は割と暇だということを言っていた。


 ララックさんは隠れサディストだ。一見大人しそうだが、接しているうちにいじめっ子の様な一面を僕に見せてきた。おそらく今も、こう言えば僕が更に困るだろうと考えての発言だろう。


 事実、僕は困っている。勇気を振り絞って口に出した言葉が、あっさりと否定されようとしている。今の言葉を口にするのも相当な覚悟が必要だった。断られて後日改めて誘うのは今日よりもハードルが高くなる。


 明日の僕を信用できないわけではない。もしかしたら意外とすんなりできるかもしれない。

 けど、今すべきだと思った。


「お願いです。時間を下さい」


 二度目の誘いを申し出ると、ララックさんは意外そうな表情をした。僕が退くと思っていたのだろう。

 ララックさんはじきに諦めたような顔になり、「わかったわ」と了承した。


 僕は安堵の息を吐いたが、まだ気は抜けれない。

 さらに胃を痛める事態が待っているのだから。





 ララックさんの退勤後、僕らは一軒の酒場に入った。そこはなかなか騒がしい場所であった。

 この酒場は料理も美味しいので酒を一滴も飲まない客もいる。さらに個室がたくさんあるため、一人客よりも複数人で来る客が多い。僕とララックさんもその内の一組だ。

 案内されたのは店内の隅にある個室だった。四人は入れる個室に向かい合うようにして座る。飲み物と軽い料理を注文して品が来るのを待った。


「貴方が誘ってくれるなんて初めてじゃないかしら?」

「そうですね。いつもララックさんの選んだお店に行ってましたから」

「今日はどういう用件なの?」

「……注文したものが来てから話します」


 頼んだものは早く来る品だったので、そう長くは待たなかった。間もなくして飲み物と料理が運ばれる。グラスを合わせた後、平常心を保つために頼んだジュースを少しだけ飲んだ。


「昨日、冒険者達が護衛した馬車が襲われたことをご存知ですか?」

「もちろんよ。大変だったみたいね」


 人の口に戸は立てられぬとは、よく言ったものだ。襲われている最中はカイトさんが放った信号弾のお蔭で他に被害は出なかった。しかしモンスターを退治した後にすれ違う馬車がいくつかあった。おそらくその人達の口から広まったのだろう。

 彼らが冒険者の都合より自分達の事を考えるのは無理はないが、それにしてもここまで早く広まるとは予想以上だ。溜め息を吐きたくなったが、今はそっちよりも目の前の事に集中すべきだ。


「その直前、マイルスダンジョンでフェイルと出会いました。襲撃事件の首謀者の一人です。今も指名手配されています」

「ということは捕まっていないのね?」

「他の連中は、もう捕まっているんですけどね」


 僕がマイルスダンジョンを脱出した後、ヒランさんはフェイルを捕り逃がしていた。フェイルの武器を破壊するまで追い詰めたものの、ヒランさんが把握していないルートを使って逃げ切ったらしい。マイルスに帰還後、ヒランさん本人から聞いた話だ。

 また、僕が危険指定モンスターエンブと出会ったことを話すと、後日マイルスダンジョンの調査が行われることとなった。安全確保のためらしい。その間、冒険者はマイルスダンジョンに入れなくなるということだ。しばらくの間、別の仕事を探さなくてはなるまい。


 僕は今一度、深呼吸をする。気持ちを落ち着かせると、本題に入った。


「話というのは、今回の事件にララックさんが関わっているんじゃないかと思っていることなんです」

「……へぇ」


 ララックさんは不敵な笑みを見せる。


「凄い人間になったのね。散々お世話をしてあげた人にこんなことを言われるなんて、思いもしなかったわ」


 胸に矢が刺さるほどの痛みを感じる。その痛みに耐え、話を続ける。


「直接関与したかという証拠はありません。ただ、少なくとも、この計画を知っていたんじゃないかって考えています」

「何でそう思ったの?」

「あの依頼の事です」


 ララックさんは黙って僕を見ている。茶々を入れずに話を聞いてくれるようだ。


「マイルスダンジョンが危険だということは、ララックさん程の情報通なら知っているはずです。にもかかわらず依頼を出した。しかも緊急案件として。おまけに、あのタイミングで危険指定モンスターの事を調べるように忠告をした。エンブがいることを知っていたからあんなことを言ったんじゃないですか?」


 ララックさんからの反論は無い。僕は話を続けた。


「それに、馬車護衛の依頼人達から話を聞いたんです。今回冒険者ギルドに依頼を出したのは、冒険者に依頼を出すことを薦められたということもありますが、それ以前に冒険者ギルドの評判を聞いたかららしいです。最近は依頼の達成率が高く、しかも早く解決してくれている。近場までの護衛なら、冒険者達に依頼を出しても大丈夫そうだってことを。依頼を出した商人の半分以上がその話を聞いていたそうです。あなたの口から」


 言い終わった後、沈黙が場を支配した。まだ僕達以外にも客がいるはずなのに静かに感じる。

 十秒ほど待つとララックさんが「終わりかしら」と聞いて来る。僕は黙って頷いた。


「それだけの情報で私に疑いをかけるなんて酷い子ね」


 非難する言葉に胸が痛む。僕はじっとララックさんの言葉に耳を傾けた。


「商人達に冒険者達の評判を流したのは事実よ。私自身、冒険者の知り合いが多くいるから、彼らの事を褒めて待遇を良くしてあげようと考えての事よ。以前からやっているわ。薬草採集の依頼は、代理人として私が依頼を出したのよ。本来の依頼人はお年寄りで、冒険者ギルドへの依頼の仕方を知らなかったから、代わりに私が出してあげただけよ。緊急扱いにしたのは、早く達成できればあの世代の人達にも良い評判が回ると思っての事よ。エンブについて忠告したのは、ちょっとしたテストの様なものよ。どれくらい危機管理が出来ているのか確かめるために、ね」


 ララックさんは僕が疑った要因に対して全部反論をすると、じっと僕の顔を見返してくる。その眼は僕を図ろうとしているように見えた。

 ララックさんの発言にはいくつか穴がある。罠かもしれないが、そこを突くことしか考えなかった。


「お年寄りでも依頼を出しに来る人はいます。本当にあなたが代理人なのですか?」

「忙しい人だからよ。ギルドに顔を出せないくらいに、ね」

「何の目的でヌベラの採集を依頼したんですか?」

「薬を作るためよ。その人は医者だから、薬を自作して患者に渡すの」

「なぜ冒険者達に恩を売るのですか? 全員が恩を返してくれるとは限らないでしょ」

「無駄なら無駄になったで終わりよ。また次の冒険者に親切にするわ。元々自己満足で始めたことだから」

「……最後に、僕が依頼を承諾しようとしたとき、あんなに動揺したのはどうしてですか?」


 ララックさんの息を呑む音が聞こえる。直後に、


「貴方が依頼を達成できるのか、不安になっただけよ」


 いつも通りの調子で答える。相変わらず、何を考えているのか分からない人だ。ボロをなかなか見せてはくれない。


 だからララックさんが油断をして飲み物に口をつけたときに、本当の最後の質問をする。


「じゃあ今の話をヒランさん達にしても大丈夫ですよね?」


 質問というより、脅しに近い言葉だ。恩人であるララックさんにこんなことを言いたくなかったが、真偽をはっきりとさせたかった。そうでもしないと、今後ララックさんを信頼し切れないから。


 ララックさんは飲む動作を止めた。ゆっくりとグラスを置くと、嫌な笑顔で僕を見る。どういじめようか、そんな事を考えている様な顔だった。


「さっきのが最後の質問じゃなかったのかしら?」

「すみません。間違えました」

「……そう」


 目を細くして僕を睨むように見る。滅多にない怒りの表情だ。レアなものを見れたが嬉しくはなかった。


「……もし言っても確たる証拠は無いわ。さっきも言った通り、私は親切心でやったことだから。それを証拠として使うのには甘すぎるわ」

「けど、十分疑われる要因にはなりますよ。今回は無罪放免でも、今後は冒険者ギルドに目を付けられて動きにくくなりますよ」

「動きにくくなる、ねぇ」


 何故かララックさんはくすりと笑った。可笑しい話ではないはずだ。


 首謀者のフェイルと繋がっている。その疑いがある人間が近くにいると聞けば、監視とまではいかなくても、事件が起これば疑われる切っ掛けになる。疑われる側からすれば良いことなんか一つも無いうえに、周囲から誤解を受けることもありうる。

 ララックさん程の知性のある人が、それを理解できないとは思えない。だというのに、笑ってられる余裕があることが不思議だった。


「疑惑なんて、もうとっくにかけられてるわ」


 予想外の言葉だった。ギルドの調査能力は僕が予想していた以上のものなのか?


「不思議な話では無いわ。元々、私はフェイルと組んで冒険をしていたのだから」

「……ホントですか?」

「えぇ」


 表情からは嘘を言っている様には見えなかった。フェイルと組んでいたことはともかく、冒険者だったことは全く想像できなかった。ララックさんの体格は、お世辞にも冒険者向きの身体には見えなかった。良い意味で。


「中級冒険者にまでなったけど、後遺症が残るほどの怪我をしたから辞めたわ。予定では兼業冒険者としてたまにダンジョンに潜るつもりだけだったの。けど同時期に冒険者になったフェイルに誘われてたら、あっという間にダンジョンを踏破してたの。それからも辞めるまでは一緒に活動してたわ。だから今この街で、一番フェイルと親しい人物と言われても過言ではないわ」

「……だから計画に加担した?」

「意外としつこいのね。何度聞いても否定するわ」


 抜け目無く問い質すが、やはり隙は無かった。諦めて話を聞き続けることにした。


「当時は期待の新人と言われていたわ。中級冒険者になるのも最短記録の次点を記録する程だった。けどあることを切っ掛けに、今みたいになったのよ」

「何があったのですか?」

「……『裏切られた』。そう言ってたわ」


 深刻な顔をしてララックさんは語る。

 裏切り。それは心に傷が残る行為だ。相手を信頼している分だけ、大きな傷が残る。


「それ以外の事は聞いてないわ。けどその言葉を聞いて以降、彼は冒険者として活動することは無くなったわ」


 期待の新人とまで言われるほどだったのに冒険者を辞めた。それほど衝撃的な目に遭ったのだろう。しかし、


「だからといって、他の冒険者を巻き込むのは許せません」


 他の冒険者に罪は無い。これではただの八つ当たりだ。ララックさんも「そうね」と返す。


「八つ当たりだって事は本人も分かっているはずよ。賢い人だから。それでも止まらないのは、相当恨んでいるってことよ」


 他に真意があるのかもしれないけど、と言ってララックさんはグラスに口をつける。


「だから私は」


 グラスから口を離して、僕をじっと見ながら言った。


「いつかフェイルが元に戻るまで、彼を立ち直らせる人を探し続けるわ」

「……冒険者に恩を売っているのはそのためですか?」

「当たり前でしょ。見返りを求めずに動く人なんている訳無いわ」


 さっき言ったことを早速撤回している。気のせいか顔も若干赤く見える。ララックさんが飲んでいるのはアルコールの度数が高いカクテルだが、まさか一杯目で酔っ払っているのか?

 意外な弱点が見れて、少し楽しかった。


「なんでそこまでできるんですか? いくら昔の相方とはいえ、そんな酷いことをする相手なら縁を切っても誰も文句を言いませんよ」

「あら、分からない?」


 ララックさんはにっこりと笑顔を見せる。その笑顔からは、少女のような無邪気さが垣間見えた。


「好きだからに決まってるでしょ」





「ありがとうございましたー」


 店員の言葉を受けて、僕はララックさんに肩を貸しながら店から出た。ララックさんはかなり酔っ払っているのか、一人で立つことも難しそうだったので家まで送ることにした。

 食事中に何度も事件の事について質問したのだが、ララックさんは反論するどころか会話すら難しくなるほどの泥酔ぶりを見せられた。なぜ事件の話題でファッションの話を聞かされたのか、未だに理解できなかった。


 ララックさんの家までの道は覚えていたので、迷わずに着くことができた。家に着いたことを伝えると、ララックさんは鈍い動作で鍵を出す。少しは酔いが醒めてきているようだった。

 家の中に入ると、僕はララックさんをベッドまで運ぶ。寝かせると布団をかけてから外に出ようとした。


「ねぇ」


 薄眼を開けたララックさんに声を掛けられる。


「何ですか?」

「前に言ったこと……覚えてる?」

「どれの事ですか?」

「……色んな選択肢があるーって言葉」


 出会った日にこの部屋で言われた言葉だ。もちろん覚えている。


「はい。それがどうかしましたか?」

「冒険者になって、半年以上経ったけど、どう?」

「そうですねー……」


 冒険者になってから色んな事が起こった。良いことも悪いことも体験した。それを全部踏まえて、僕は答えた。


「良かったです。選んだことに、後悔はありません」

「……良い言葉が聞けて嬉しいわ」


 微笑みながらララックさんは目を閉じた。寝息が聞こえるので本格的に寝始めたのだろう。

 ララックさんを起こさない様に静かに外に出る。特に用事も無いので寝床に戻ろうと思った。


 しかし聞き覚えのある声に呼び止められた。


「あ、ヴィックだー。ヴィックがいるよー」

「ホントだ! ヴィックがいる! こんな所で会うなんて珍しい!」


 前方にはウィストとフィネがいた。しかも二人ともやけにテンションが高い。この二人も酔っ払っているのか、若干顔が赤らんでいる。


「珍種のモンスターを見つけたみたいに言わないでよ」


 苦笑いしながら答えるも、


「うん。そうだね。ごめんね」

「すみませんでした!」


 と笑いながら返される。反省している様には全く見えなかった。といっても、いちいち指摘するのも面倒くさいし、明日になったら忘れているだろうからこれ以上は言わない。


「二人とも楽しそうだね。一緒に飲んでたの?」

「そうだよー。襲撃事件から無事生還、祝いってことでフィネが誘ってくれたんだよー。割り勘だけどね」

「奢りは無理! 新人職員は薄給なんです! リーナさんみたいになれたら奢れますけど!」

「よし。じゃあなろう!」

「はい! って簡単になれるかー!」


 とても楽し気にはしゃいでいた。その様子を見て微笑ましい気分になる。

 無事に生きて帰れてよかった。二人を見てて嬉しくなった。


 二人の時間を邪魔したくなくて、適当に帰ることにした。


「じゃあ二人とも、また明日ね」

「えー? 何言ってんの、ヴィック」

「そうだよヴィック。一緒にもう一軒行こうよ」


 二人が僕の服を掴んで来る。まさか止められるとは思わなかった。


「いや、お楽しみを邪魔したくないし」

「言ったじゃん、生還祝いって。ヴィックもその一人だよ」

「そう! 二人が無事に帰って来て嬉しかったんです! 奢るから行こうよー」

「あれ? 私には奢ってくれないの?」

「……また今度!」

「フィネのケチー。けど奢ってくれるならいいじゃん。それに今なら両手に花だよ?」


 二人はしつこく僕を引き留める。酔っ払ったうえでの行為なので、若干うざったらしいと思いながらも邪険にはできない。酔っ払っていても、これほど求められれば嬉しいものだ。


「分かったよ。一緒に行こうか」

「よしっ。じゃあ行こう。早速行こう。すぐに行こう」

「了解! 次は私が案内しまーす」


 二人は嬉しそうに前に進んだ。ウィストが僕の手を引いて、フィネが僕の背を押して。

 その力に逆らわずに、僕も一緒に歩いた。

 冒険者になってから得た、友達と一緒に。


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