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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第五章 下級冒険者

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5-17.力の使い方

 望むものはすべて手に入る。そういう生活をゲノアスは送っていた。

 金が欲しいと言えば金が手に入り、飯が欲しいと言えば飯が出され、手下が欲しいと言えば手下が増え、女が欲しいと言えば女を得れた。すべて、親の力によってだ。


 冒険者になったときもそうだった。親の後を継ぐまでの暇つぶしだったが良い思いが出来ていた。元々腕っぷしが強くて身体がデカかったこと、そして親の力のお蔭で誰もゲノアスに逆らわなかった。冒険者になったばかりの自分が、数年も冒険者をやっている奴を顎で使うのは快感だった。

 ダンジョンの管理人になれば今よりも良い思いが出来ると考えた。ダンジョンに入られる人間に制限をかければ、媚びを売ってくる奴らが増えると思ったからだ。

 マイルス下級ダンジョンのダンジョン管理人になるには、最低でも中級冒険者にならなければいけない。質の良い武具と手下の助力もあって、早々に下級ダンジョンを踏破して中級冒険者になった。


 当時のダンジョン管理人は、親父の敵対派閥の重要人物の親戚だった。親父が冒険者ギルドの局長でも、迂闊にそいつを管理人から外せば余計な火種を生むことになる。だからすぐにはダンジョン管理人にはなれなかった。しかしダンジョン管理人は冒険者と同等以上の体力が求められる役割だ。当時の管理人はその役割を全うすることが難しくなる歳だったため、近いうちに管理人を辞めるだろうというのが周囲の見解だった。

 だからそのときまで待つことにした。辞めさせるのは問題だが、本人から辞めることには問題無い。ついでにダンジョン管理人をやることを周囲にアピールして、他に立候補が出ない様に脅した。親父の権力を使えば問題無いが、念のためにだ。


 これで人生は安泰だ。バラ色の生活が来るのもそう遠くは無い。そう思っていた。


 あいつらが現れるまでは。






 襲った馬車が見える切り立った断崖が待ち合わせ場所だった。崖の先には木々が無いため、誰がいるのかがはっきりと分かる。ゲノアスが来るよりも先に、待ち合わせた奴が先に来ていた。


「フェイル! いったいこれはどういうことだ?!」


 崖先に立って馬車の様子を眺めているフェイルに大声で怒鳴った。フェイルはいつもの様に、顔に笑顔を張りつかせている。


「おやおやゲノアスさん。無事だったんですね」


 わざとらしい言葉に苛立ちを覚えた。


「無事だったんですね、だと?! どこがだ!」

「傷一つないじゃないですか。それを無事以外に何と言えと? 馬鹿なんですか?」

「……おい、今なんつった?」


 フェイルの口から、初めて侮蔑する言葉が出る。睨み付けるが、フェイルの表情は依然と変わらない。


「馬鹿に馬鹿と言ったんです。せっかく馬鹿でも言う通りにすれば成功できる作戦を立ててあげたのに、こんな結末になったら誰でも馬鹿だと言いたくなりますよ」

「はぁ? 作戦を立てたのはてめぇだろ! それが失敗したのはてめぇの作戦がダメだったからじゃねぇか!」


 フェイルは呆れた顔をしてゲノアスを見た。


「なんだその眼は? 何か言い訳してみろよ」

「お金はどうしましたか?」


 心臓に剣を突き付けられた感覚に襲われた。汗がつうっと背中を伝う。


「金って……何の金だ?」

「今回護衛させることにした商人達を援助するためのお金の事です。あらかじめゲノアスさんがかき集めたお金を使って、自分達の馬車を用意できない貧乏商人に馬車を用意する。それが作戦を成功させるための要因の一つです。説明しましたよね?」


 言っていたかもしれない。しかし、たかが馬車一つに何言っているんだ?


「貧乏な商人達に自分達で用意させたら、安い馬車と馬を借りるのは当然です。しかし安物の馬車はぼろくて壊れやすく、安い馬は高齢もしくは駄馬で体力が無くて足が遅い。それらを使わせたら計画が崩れる原因になりかねない。だからその不安を取り除くために、丈夫な馬車や若い馬をこっちが用意してあげるべきだと事前に言いました。しかし―――」


 フェイルは馬車の方を見ながら話を続ける。


「実際に使われた馬は老いた馬。しかも貧乏商人達の馬車は古いものですね。出発が遅れたのも、それが関係していたりして。さて、何でこんなことになっているんでしょうねぇ、ゲノアスさん」


 問い詰めるような言葉に、ゲノアスは言葉を詰まらせた。たしかに集めた金が惜しくなって出費を渋った。計画も順調に進んでいたので、多少のトラブルがあっても大丈夫だと判断した。

 そもそもこれは自分の金だ。文句を言われるような筋合いはない。


「俺の金をどう使おうが俺の勝手だろうが!」

「だからあなたは三流なんですよ」


 即座に言葉を返してくる。こいつ、こんなに挑発的な性格だったか?


「使うべき時に力を使わない。使うための準備をしない。存分に力を発揮するための準備が足りない。今回だって、用意した金を使えばあなたの願いは叶った。だというのに、目先の金が惜しくなった、油断した、想像力が足りなかったから失敗したんです。ギルドを追い出されたあの日の様に」

「そのことを言うなぁ!!」


 あの日の記憶が脳裏に浮かび上がる。


 ダンジョン管理人になったヒランに追放を言い渡され、ヒランに食って掛かったらソランに殴り飛ばされ、手下と一緒に歯向かおうとしたらアリスとその仲間達に圧倒された。

 何もやり返せずにおめおめと去ったあの日の事を思い出すと、今でも怒りが湧いて来る。だから酒を飲んで気を紛らわして思い出さない様にしていたというのに。


「あの時のゲノアスさんは無様でしたねぇ。一回り年下のヒランに軽くあしらわれて、ソランにもあっけなくやられて、挙句の果てには相手の数にビビって手下と一緒に逃げ出したんですから。あまりに惨めで同情しちゃいましたよ。ほんのちょびぃっとだけですけどね」


 愉快に笑うフェイルに殺意を抱いた。何でこんな優男にまで馬鹿にされなきゃいけないんだ? ここまで怒るのは久しぶりだった。


「お前……死ぬ覚悟はできてんのか?」


 腰に携えていた剣に手をかけた。


「おや、やる気ですか?」

「当たり前だ。てめえが全部作戦の準備をしていれば成功していたんだ。その責任を取って貰うぜ」

「責任ねぇ……」


 フェイルは崖の上に突っ立ったままだ。しかも武器を持っている様には見えない。

 一方のゲノアスは使い慣れた武器を持っている。実践で使うのは久しぶりだが、ブランクがあってもこんな男に負けるわけがない。


 剣を抜きながらフェイルに向かい、自慢の剣を鋭く振る。久々に剣を振るったが、剣先は狙い通りにフェイルの腹に向かった。ゲノアスの攻撃にフェイルは後ろに下がって避けるが、予想していた動きだった。

 フェイルの後ろは崖だ。まだ二三歩ほど後ろに下がれる余裕はあるが、剣を一振りか二振りすれば崖から落ちるのは明白だ。左右に避ける場所も無い。どう考えても負ける要素は無い。


 フェイルを追い詰めるため、剣をもう一振りする。これで下がれる余裕がなくなる、はずだった。


 ゲノアスが剣を横に振る直前、何故かフェイルが向かって来た。その位置は当然剣の届く範囲だ。それくらい分かっているはずだ。

 殺すつもりだからビビって剣を止めるつもりは毛頭ない。迷わずに剣を振り切った。

 剣が当たる直前でフェイルは足を止める。止まってももう遅い。そこは刃の通り道だ。そのまま腹を掻っ捌かれろ。


 しかし、ゲノアスの剣は空を切った。

 フェイルは足をその場に残して、上半身だけを後ろに引いて避けていた。予想外の結果と奇抜な動きに、呆気に取られてしまった。

 すぐにフェイルは身体を起こして、


「僕がこういう事を出来るって知らなかったでしょ?」


 と言って上着の下からナイフを取り出し、剣を持つゲノアスの腕を斬りつけた。


「て、めぇ……」


 痛みを耐えて剣を放さずに持ち続ける。ここで武器を無くしたら逆に追い詰められる。

 斬られた腕を庇うようにして身体の向きを変える。たかが腕を斬られた程度で引き下がる気はない。


 しかし、流石に剣を手放さざるを得ない状況になった。


「力というのは、ここぞというときに使うものなんですよ」


 フェイルがナイフを地面に捨てると、空いた両手でゲノアスの身体を掴む。その細い身体のどこにあったのかと言いたくなるような力で、崖から押し落とされてしまった。


 剣を放して手を伸ばし、右手で崖の縁に掴まる。すぐに左手も使ってしがみついた。

 一先ず安心したが、安寧の時間はすぐに去った。


「反射神経は良いんですね」


 崖の上からフェイルが、悪戯をしたがっている顔をして見下ろしていた。

 フェイルが何を考えているのか、さすがのゲノアスでも覚っていた。


「おい、俺を助けろ」

「嫌です」

「……金なら払う」

「勝手に盗るのでご心配なく」

「手下をくれてやるから!」

「あんたの手下なんていりません」

「何でもするから助けてくれ!」

「ホントですか? 一つだけしてほしいことがあるんですよ」

「何だ?! 言ってみろ!」


 フェイルはにっこりと笑う。


「作戦に失敗した責任を取ってください」


 フェイルは躊躇なく、自前のナイフでゲノアスの両手首を斬り落とした。

 身体がゆっくりと、重力に引かれて落ちていく。


「あ、そうそう。一つだけ言い忘れていたことがありました」


 遠ざかるフェイルの口から言葉が聞こえる。


「僕の駒として動いてくれて、ありがとうございます」


 感謝の言葉でイラついたのは初めてだった。


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