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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第五章 下級冒険者

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5-16.タッグ戦

 ウィストはヴィックと二手に分かれて走り出した。ウィストが右に、ヴィックが左に。ミノタウロスを挟むように位置を取ると、ミノタウロスは狼狽えるようにウィスト達を交互に見る。


 二人はミノタウロスがターゲットを決める前に、ミノタウロスに向かって駆ける。同時に二人掛かりで向かって来られ、ミノタウロスは焦りだした。視線を向ける動作がさっきよりも早くなっている。どちらを攻撃するか悩んでいるのだろう。

 ミノタウロスの判断よりも早く、ウィスト達はミノタウロスの下に辿り着く。そして同時に斬りかかるときになって、ミノタウロスが動き出した。ヴィックに向かって斧を振り下ろすが、一方のウィストには何もしない。いや、何もできないのだろう。二人相手の防御の仕方を、このミノタウロスは知らないのだから。


 ウィストは遠慮することなく攻撃をする。四、五、六回とミノタウロスの足を斬りつける。七回目の斬撃を浴びせようとしたときに、ミノタウロスの左手がウィストに伸びてくる。ウィストはそれを避けて、ミノタウロスの攻撃範囲外まで下がった。ヴィックの方を見ると、同じような距離にまで下がっている。怪我もなさそうだ。


 次にウィスト達はミノタウロスを中心にして、円を描くように右回りに走り出す。さっきと同様に、ミノタウロスは焦っているように見えた。そしてミノタウロスが行動する前に、ウィスト達は再びミノタウロスに向かって行く。至近距離まで近づくと、ミノタウロスはウィストを狙って斧を振るった。ウィストが攻撃を避けると同時に、ヴィックがミノタウロスに攻撃をする。ミノタウロスは振り向いてヴィックに反撃をするが、ヴィックは避けて後ろに下がる。ウィストも二三回斬りつけたあと後退した。


 作戦は至って単純で、しかし効果的なものだった。それは別方向からの二人同時攻撃である。


 目の前のミノタウロスは力は強いが、頭が良くない上に戦闘経験も少ない。だから一人が相手ならともかく、二人同時に攻撃されたらどう動けばいいか、それを判断できる知能が無い。しかも不測な事態に弱いのか、予想外な動きをされると焦る癖がある。焦ったときの攻撃は雑になるため避けるのは容易かった。


 この作戦の問題と言えば、ヴィックがミノタウロスの攻撃を間近で避けられるか、ということだった。

 同時に攻撃するということは、ミノタウロスの懐まで近づく必要がある。そこまで近づいたら、優柔不断なミノタウロスでも攻撃してくるのは予想できることだ。そのときにウィストを標的にしても、苦し紛れの攻撃ならば、たとえ至近距離でも避けられる自信はある。

 しかしヴィックにそれが出来るかが不安だった。盾で防げばいいのだが、距離がある状態でも受け流しし切れない攻撃を、至近距離で防ぐことは無理だろう。だから必然的に避けるしかないのだが、お世辞にもヴィックは身体能力が高いとは言えない。距離が離れていれば、ミノタウロスの予備動作を見て、動きを予測して避けることはできるだろう。だが至近距離ならばミノタウロスの動きを全体で捉えにくくなり、また攻撃が来るまでの時間が短い。だから予測が立てにくくなる上に避けにくくなる。だからヴィックには難しいと思っていたのだが……。


 何度も同時攻撃をしているうちに、ウィストにはヴィックの動きを見る余裕が出来た。ヴィックは攻撃される直前、ミノタウロスよりも先に避ける素振りを見せつける。ミノタウロスはその動きに釣られて攻撃するが、ヴィックは先に動いた方向とは逆に動いてミノタウロスの攻撃を空振らせる。またミノタウロスの前で止まって攻撃されそうになると、突然明後日の方向に動き出して避けている。


 ウィストの回避方法は、相手の動きを瞬時に察して動くというものだ。しかしヴィックは先に動くことで、相手に自分が狙った場所を攻撃させ、その瞬間に違う方向に移動することで回避するという方法だ。その方法で、至近距離でも避けることができている。所謂フェイントという技術だ。ウィストにはまだできない動きだった。

 お手本を見たと言ったが、いったい誰からこんな動きを見せて貰ったのかが気になった。あとで教えてもらうことにしよう。


 順調に戦えていることで、ウィストの口角が上がっていた。さっきまで絶望的な状況で先が見えなかったというのに、今ではミノタウロスを倒した後の事を考えている。

 その理由は分かっていた。

 一人では困難な場面でも、仲間が一緒なら立ち向かえられる。友達がいれば支えてもらえる。相棒がいれば共に乗り越えられる。その瞬間がとても楽しいのだ。

 お母さんの日記に書いてあった「冒険者をやめられない」という言葉の意味が、少し分かったかもしれない。

 この感覚を知ってしまったら、やめられそうになかった。


 幾度の攻撃で、ミノタウロスは身体中から血を流していた。至る所に傷をつけたというのに、未だに倒れないのは流石と言わざるを得ない。

 だが息切れをし、時折身体がよろめく姿を見て、限界が近いということを覚った。


 何度目か数えられないほどの同時攻撃を再び仕掛ける。しかしミノタウロスはウィスト達に近づかれる前に斧を振り回し始める。前後左右に斧を振り回しているため、攻め入る隙間が見当たらない。一方でその攻撃は、最後の足掻きの様にも見える。

 二人同時攻撃の対処方法が分からないため、とりあえず斧をぶん回せば大丈夫だろうという短絡的な解答だ。実際に攻めあぐねているので不正解とも言えないが……。


 ウィストがミノタウロスの攻撃を観察すると、一ヶ所だけ攻め入れる隙を見つけた。しかしその隙を攻めるには、またヴィックに囮をしてもらわなければいけない。


 ふとヴィックに視線を向けると目が合った。するとヴィックは意図を察したのか、笑みを浮かべて頷いた。ウィストが釣られて頷くと、ヴィックは動き出した。

 ヴィックはミノタウロスの斧がぎりぎり届かない距離まで寄ると、ミノタウロスの正面でうろちょろと動き始める。イラついたミノタウロスはヴィックに近付いて斧をぶん回すが、ヴィックはそれを避け続けた。

 その隙に、ウィストは別方向に走り始める。向かった先には何の変哲もない木々があった。ウィストは木々を蹴って、その反動で木を上る。ミノタウロスの頭より高い位置まで上ると、次にミノタウロスの近くにある木に向かって飛び移った。

 目的の木にまで移動して、ミノタウロスを見下ろす。さっきまでは見上げていたのに、今は見下ろしている状況が少し可笑しかった。


 ヴィックが避けながら、ウィストが上っている木までミノタウロスを引きつける。近づくにつれて、見つけた隙が未だに残っていることを確認する。ミノタウロスの頭上、そこだけ斧の軌跡がない。


 狙いは後頭部から背中にかけての一直線。十分に引きつけると、ウィストは横回転しながら木から高く跳び上がった。回りながら、着地位置を確かめる。狙い通りの位置に下りられそうだった。ミノタウロスは未だに気付いていない。ミノタウロスの頭上にまで高度を下げる直前に、双剣を前に突き出して刃を横に向ける。剣の構えを崩さずに、回転しながらミノタウロスの頭から足にまで斬りつける。一回、二回、三回転としながら、ミノタウロスの身体に横方向の切り傷を深く残した。


「ぐもぉおおおおおおお!」


 馬鹿でかい悲鳴をあげながらミノタウロスはとうとう前のめりになる。しかし足を前に出して踏ん張って倒れない。止めを刺すために近づくが、直前にミノタウロスは振り向きながらウィストの足元に斧を振るった。上に跳んで避けるが、空中に浮いたウィストに向かってミノタウロスは斧を振り上げる。

 迂闊な動きに後悔した。空中だと身動きが取れない。着地してから避けても間に合うか?


 だが、避ける必要は無くなった。

 ミノタウロスは斧を振り上げたまま静止していた。ふとミノタウロスの背後を見ると、ヴィックがミノタウロスの背中に剣を突き刺していた。剣身が見えないくらい深々と。


 ミノタウロスは仰向けになるように地面に倒れようとしたので、背後にいたヴィックは剣を抜きながら離れた。倒れたまま動かない事を確認して、ウィストは右手で拳を作ってヴィックに向ける。


「お疲れ様」

「うん、お疲れ……なにそれ?」


 ウィストの姿を見て不思議そうな顔をする。こういうことも知らなかったのか。


「こうやって拳を軽くぶつけ合うのよ」

「……何で?」

「やってみたら分かるよ」


 ヴィックは左手を握って拳を作る。軽くウィストの拳に自分の拳をぶつけると、「なるほど」と言って恥ずかしそうに笑顔を見せた。


「嬉しくなるね」

「でしょ?」


 ウィストも、つい笑ってしまった。


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