5-10.積み上げた信頼
マイルスを出発して一時間。ウィストが護衛する馬車団は、何事も無く進んでいた。
五台の馬車は道なりに縦に並び、総勢十名の冒険者に守られながら隣街に移動する。冒険者は上級冒険者が二名、中級冒険者一名、下級冒険者が七名の構成だ。今まで隣街へ続く道にはそれほど強いモンスターは出現していない。記録上、一番強いモンスターは、精々中級ダンジョンに生息するレベルのモンスターだ。この構成ならば難なく倒せられる。
先頭と最後尾に、馬に乗った上級冒険者がそれぞれ警戒をし、中級冒険者も馬に乗り、列の中央の馬車の横に並んで移動している。何かあったときのために、列の前後に素早く移動するためだそうだ。そしてウィストを含めた下級冒険者は、各馬車の御者の横や荷台に配置されていた。一緒に依頼を受けた四人組も、分かれて各馬車に乗っている。何かあったときのために、すぐに依頼者達を守れるようにだ。
しかしながら、旅路は至極穏やかであった。モンスターを一匹も見かけるどころか、近くの森からもモンスターの鳴き声すら聞こえない。襲われない方が良いのが一番安全だが、こうも警戒のし甲斐が無いと退屈になる。しかも馬車を引く馬は、私の乗っている馬車以外は皆高齢なため歩む速度が非常にゆったりとしている。その上、今日はとても心地よい天気だ。昼寝をするには最適な気温が眠気を誘う。
モンスターに襲われる心配が無いとはいえ、依頼中に寝てしまうのは非常にまずい。隣で馬を牽く依頼人にばれない様に自分の太股をつねる。
「しっかし、今日はいい天気だねぇ」
「……あ、はい!」
突然、隣の依頼人に話しかけられた。寝落ちしそうにうつらうつらとしていたが、お蔭で意識が覚醒した。危ないところだった。
隣にいる依頼人の男性は、マイルスの有名な商店の副店長だそうだ。商品の運送を普段は専門の業者に頼んでいるが、丁度隣街に用事があったため自分が馬車を牽いて行くことにしたらしい。
有名店の副店長なだけあって、精悍な顔つきとすらっとした体格は中年とは思えないほどだった。普段から人と接している仕事をしているのか、身だしなみも整っている。おそらく実年齢は見ためよりもかなり上だろうが、立ち振る舞いからはまったく老いを感じなかった。
「普段は傭兵に護衛を頼んでいるけど、こうも安全なら冒険者に頼んでも良いかもしれないね」
「是非今後も頼んじゃってください。誠心誠意を込めてお守りいたしますよ」
寝そうになったことは忘れて、早速営業を掛ける。今後も今回のような依頼があれば非常に助かるのだ。
「ははは、それは頼もしいね。昔も冒険者に護衛をしてもらったけど、そのときも一緒の言葉を言ってたんだよ」
「へぇー、冒険者に縁があるんですね。是非わたくし、ウィストの事も覚えててくださいな」
「なかなか積極的だねぇ」
「そりゃあもう、いろんなことに挑戦したいですから」
「良いことだよ。若いうちはいろんなことに興味を持って挑戦すべきさ。そういう人が将来大成していくからね」
成功している人の口から出た言葉は、遠回しに私を褒めているように聞こえて嬉しかった。思わず頬が緩んでしまう。
「それにそういう人のお蔭で、冒険者の質も良くなったからね」
「昔は悪かったんですか?」
「そうだね。昔ならたとえ安くても、冒険者に頼むことは無かったよ」
はっきりとした物言いに、少し居心地が悪くなる。男性の言う悪い冒険者とは世代が違うが、同じ冒険者の事を悪く言われるのは、あまり良い気分ではない。
男性は、「君達とはあまり関係ないことだけど」と付け足す。
「昔、冒険者ギルドを仕切っていた冒険者が居てね。彼と取り巻きが冒険者だけじゃなく、街の住民にも迷惑をかけていたんだ。しかも権力者の後ろ盾があるから達が悪い。そんな彼の悪行に耐えきれずに、まともな冒険者は皆別の街に移ってしまってたんだよ。残ったのは彼らと、何も知らずに冒険者になった素人だけだったから、冒険者に頼る住民はほとんどいなかった。けど、今のダンジョン管理人とその仲間の手によって、冒険者ギルドは変わったんだよ。依頼の達成率も高くなったし、良い冒険者を増やそうとダンジョンの管理にも手間暇をかけたらしい。以前は汚かったギルドの建物も、かなり綺麗になってたしね。少なくとも、冒険者に対するイメージはガラリと変わったよ」
「それほど変わったんですねー」
「あぁ……だから君達もダンジョン管理人、ヒランさんを支えてあげてね。最近大変そうだから」
ヒランが優秀な管理人であることは、数回しか話したことのないウィストでも分かっていた。その一方で、優しい人でもある。ヴィックが上級ダンジョンに入ったことを注意するだけで許し、ウィストがヴィックを庇って怪我した時も頻繁に見舞いに来てくれた。他の冒険者の事もよく見ているため、冒険者間の評判も良い。だから男性の頼みが無くても支える気だった。
しかし商売人にとっては情報が大事とはいえ、冒険者のことについてかなり詳しい気がする。
「……詳しいんですね。冒険者のこと」
「この話はマイルスでは有名だよ。けどヒランさんの協力者のなかには《マイルスの英雄》がいたんだから、広まるのは当然だね」
そういう事情なら詳しいのも無理はない。ソランが率先して協力していれば、それだけでも良い宣伝になる。しかもそれに期待した住民が多ければ多いほど、成功した時の効果は絶大だ。そして成功すれば、当時の話を知ろうとする者も増える。情報に聡い商人なら、知ってても可笑しくない話だ。
しかし今の話を聞くと、さっきまで油断して寝かけていた自分が恥ずかしくなった。
「じゃあ私も、そんな先輩達に恥をかかせない様に頑張ります」
男性は微笑みながら、「頼んだよ」と言って再び前を向いた。
ウィストは気を取り直して周囲の状況を窺う。目で周りを見ながら耳を澄ませる。こうやれば目で見るよりも早く異常を察知できるのだ。
そうしていると、遠くから駆けてくる馬の蹄の音が聞こえた。馬車を引く馬とは違う早いテンポの音で、荷車の車輪の音は無い。
振り返って後ろを見ると、一緒に移動している一台の馬車と、その遥か後ろから一頭の馬に乗った青年の姿があった。
馬を走らせながら近づいて来て、徐々に馬に乗った青年の顔も見えてくる。ニヤついている金髪の青年の顔には見覚えがあった。
「ノイズ、だったかな?」
うろ覚えていた青年の名前を口に出す。そのときにはもう馬車一台分の距離にまで近づかれていた。
するとノイズは懐から何かを取り出すと、それを上空に向けた。手に持っていたのはピストルだが、少々変な形をしている。銃身が短い上に銃口が大きい。ノイズはその銃の引き金を引いた。
パァンと空に音が響くと同時に、白い煙が糸を引くように空に向かって伸びていく。その音に気付いた冒険者や商人、乗客が周りを見渡す。
「君、一体何をしているんだい?」
近くにいた中級冒険者がノイズに声を掛ける。しかしノイズは答えずに、ずっとニヤニヤと笑っている。どこか薄気味悪さを感じる。
直後に、妙な足音が聞こえた。道の右にある森から、一二体そこらではない、多数のモンスターの足音だ。しかも迷いなく、馬車の方に向かって来ており、徐々に音も大きくなっている。
「……何の音だ?」
隣にいる男性も気づいた。それほどまでの大きな足音だった。足音だけではなく、木を薙ぎ倒す音も聞こえる。全員が音が鳴る方向を見ていた。
手前の木々が折れた瞬間、十体ものモンスターの姿が現れた。そのモンスターの姿を見て戦慄が走った。
モンスターの集団の中には、上級ダンジョンのモンスターが半数近くもいた。
「てめぇら全員死にやがれ!」




