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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第五章 下級冒険者

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5-9.遊びと仕事

 額に伝わった衝撃の正体は、ただの平手打ちだった。先程から何度もしてきたタッチのような軽い衝撃で、エンブは僕の額を軽く叩いて、僕の上から飛び退いた。そして僕の方を向いて鳴く。その様子は、僕が立ち上がるのを急かしているように見えた。


 意味が分からなかった。

 今のは絶好の攻撃チャンスだったはずだ。てっきり今までの攻防は僕を挑発させるのが目的で、今みたいな有利な状況に持ち込むためのものだと思っていた。今の場面も、全力で攻撃を振るわれることを覚悟していた。


 しかし、実際は違った。

 さっきまでと同じように僕の額を叩くと、距離を取って僕の様子を窺っている。まるで僕の準備が出来るのを待つように。


 不可解な行動に違和感を抱いた。このエンブは、マイルスダンジョンの生態系を狂わせることと、僕の足止めが目的の筈だ。そして僕の足止めをするのならば、僕を殺すのが一番有効だ。しかし僕を殺す絶好の機会をわざと逃した。

 思い返すと、今までにも僕に致命傷を与えられるほどの機会はあった。あのときは僕を挑発させるためにあえて攻撃しなかったのかと思ったが、実は単に攻撃する気が無かっただけかもしれない。

 

 しかし、いったい何故だ?

 

 今までのエンブの行動と、リーナさんから聞いた情報を思い出す。何か手掛かりはあるはずだ。

 跳び回る動き、額にタッチするような攻撃、嬉々とした顔、穏健な性格、高い知能、人間相手に遊ぼうとする程の無害さ……。


 ふと、ある記憶を思い出した。サリオ村に居たときの小さな頃の記憶だ。

 あのとき、僕はある光景をいつも羨ましそうに見ていた。あのときの光景と今の状況は、よく似ていた。


「まさか……」


 ある答えが頭に浮かんだ。最初は思いもしなかった答えだ。しかし、一度思いつくとそれ以外考えられなくなる。


 試してみる価値はある。そうと決めたら、僕は走り出した。

 行き先は入口方向。だが梯子には上らずに壁に向かう。そして壁際に着くと、壁に背を向けるように振り向いた。エンブは少し戸惑っているように首を傾げていた。僕が何故壁に背を向けたのか分からないからだろう。


 たしかにこれは、さっきまでの僕なら取らなかった行動だ。壁に寄って背を向ければ、背後に回り込まれる心配はなくなるものの、逃げ場が無くなる。一度守勢にまわれば、一方的な攻撃を受けてしまうだろう。

 それを知ったうえで、僕はこの行動をとった。攻めるのに躊躇っているエンブに向かって、僕は一言だけ言った。


「来なよ」


 手を前に出して招く素振りをすると、エンブは短く鳴いて跳び回り始める。上下左右に跳び回りながら、僕に攻撃する隙を窺っている。僕もエンブの位置を確認しながらタイミングを計る。出来る限り近づかれて、正面に着地する直前が好機だ。

 エンブは徐々に距離を詰めてきている。二三歩踏み込めば触れる程の範囲で跳び回っているが、まだ動き出すには遠い。せめて一歩で届く距離にまで来て欲しい。じれったくて動きそうになるが、ひたすら我慢した。大丈夫、我慢することには慣れている。


 エンブがわざとらしくゆっくりと動く。違う、距離が遠い。

 壁に着地するとバランスを崩した。あれはわざとだ。行くべきじゃない。

 一歩半の場所に着地をする。あと少しだ。僕もわざとらしく、足をわずかに前に動かす。


 間もなくして、一歩で届く距離で跳び回り始める。壁に着地して跳んだ方向を目で捉えると、僕は一歩踏み出した。エンブが正面の地面に着地する、そう判断したからだ。

 その判断は当たっていた。

 エンブは正面に着地して僕の動きを見ると、すぐさま上に跳んだ。視線を上げるとエンブが天井に脚を着き、落ちるように跳ぼうとする姿が目に映る。重力と跳躍力が加算された速度は、僕の目では追えない程だろう。だがエンブの体の向きから着地する場所を予測する。

 直後、エンブは正面の足元に着地した。ほぼ予想通りの場所だ。素早く視線を足元に移すが、すでにそこに姿は無い。しかし、ほとんどスペースの無いはずの背後から気配を感じた。


 予想通りだ。僕は思わずニヤついた。


 頭を下げながら振り向くと、頭上を何かが通り過ぎる気配を感じた。背後を向くと、エンブがさっきまでの僕の頭の高さまで跳び、腕を盛大に空振らせていた。空中で何もできずに戸惑っているエンブに向かって、振り向いた勢いを抑えずに左腕を突き出す。

 左手を真っ直ぐとエンブの顔に向かって伸ばす。無防備になったエンブは僕の腕を捕まえようとするが、空中に浮いた状態では僕の攻撃を受け止めきれないだろう。仮に受け止めたとしても問題無い。この左は疑似餌だから。

 エンブが両手で僕の左手に触る直前に、左手を開いて掴ませる。両手で掴ませると、すぐに左手を握ってエンブの両手を捕える。


「捕まえた」


 空いた右手をエンブの顔に向けて伸ばす。遮るものは何も無い。

 右手は真っ直ぐとエンブに向かう。


 そして当たる直前、


「僕の勝ち、だね」


 と言ってエンブの額を軽く叩いた。


 額を叩いてから左手を広げる。エンブは地面に着地すると残念そうな顔をするが、すぐに笑いながらその場で跳び始める。まるで、遊び足りないと言わんばかりの言動だ。


 いや、実際にそう言っているのだろう。

 そもそもエンブには、戦う気が無かったのだから。


「ごめんね。僕は行かなくちゃいけないから、これで終わりなんだ。お、わ、り。分かる?」


 両手の人差し指を交差させながら言い聞かせると、エンブは寂しそうな顔をする。僕がその場から離れても、表情を変えずに僕を見ている。やはり、予想通りだった。


 あのエンブは子供で、ただ遊びたかっただけだったんだ。


 体格を見て、あのエンブは子供だと推測できた。止めを刺せる瞬間に敢えてそうしなかったのは、そもそも戦いではなく遊んでいる気だったからしなかったのだ。

 額にタッチするのは、おそらくエンブの遊びのルールなのだろう。タッチしたら勝ちという、非常にシンプルなゲームだ。だからゲームに勝って言うことを聞かせるのが最善だと思った。

 もし本気で戦おうとしたら、今頃僕は死んでいただろう。僕が殺されなかったのは、エンブと戦おうとせず、逃げようとしたからだ。殺そうとしてくる相手が遊び相手になれるはずがない。僕から殺意を感じなかったから、遊び相手に選ばれたのだろう。


 情報の大切さを身に染みた時間だった。エンブの事を知らなかったら、八階層に横たわる死体同様に、僕も無闇に襲い掛かっていて返り討ちになっていたはずだ。事前に知っていたから、今僕は生きることができ、エンブから逃れることもできた。

 僕は隠し通路に戻るとき、ふと後ろを振り返った。エンブは相変わらず寂しそうな表情で僕を見ている。その姿がいたたまれなかったので手を振った。


「またね」


 予想通り、エンブは嬉しそうな顔で手を振り返した。おそらくまた会う機会は無いだろうが、あの顔を見ると何かして上げたかった。


 後ろめたさを感じながら、気を取り直して隠し通路を走り始めた。




 隠し通路を走り続けていると、何もない行き止まりに辿り着いた。だが八階層に出たときと同じように、動かせそうな岩がある。

 岩をどけると、マイルスダンジョンの入り口がある洞窟に出られた。ここから先は知っている道だ。


 迷わずに洞窟を出ると、マイルスの北門に直行する。出発していなければ、まだ北門付近にいるはずだ。

 全力で走って北門に向かい、到着すると周囲を見渡してウィスト達を探す。しかし馬車の集団はいない。一つ二つの馬車がいくつか城壁の外にいるがあれは別だ。個々での移動用の馬車だろう。集団護衛の対象の馬車ではない。


 さすがに間に合わなかったか、と覚った。

 だが、出発してたいして時間が経っていなければ追いつける。


 いつ出発したのかを知るために、北門の守衛に尋ねる。北門を行き来する人々を監視しているから、知っているはずだ。


「今日、冒険者達が護衛している馬車が出たはずなんですけど、いつ出たか分かりますか?」


 突然の質問に驚きながらも、守衛は思い出すような素振りを見せて答える。


「あー、一時間くらい前かなー」

「一時間?!」


 一時間も前だと、今から僕が走って追いかけても遅い。追いつく頃には、モンスターにやられている。

 もう間に合わないのか。


「……よくわからんが、追いつきたいなら馬を借りたらどうだ?」


 意気消沈する僕に、守衛が声を掛けた。


「馬?」

「ほら、あそこだよ」


 守衛の指差す方には馬が並んでいた。近くには馬小屋らしき建物がある。慌てていたので目に入らなかったが、ダンジョン帰りに何度も見たことのある建物だ。天から光が降り注いだ気がした。


 教えてくれた守衛に礼を言ってから小屋に向かう。馬小屋には馬が二頭残っている。どちらも毛並みが綺麗な一方で、身体はしっかりと鍛え上げられている。かなり速そうな馬だ。

 馬には乗ったことが無く、乗馬に不安はあった。だが、そんな事を言っていられない。

 馬と柵を繋いでいた縄を取り外して、早速乗ろうとした。


「おいおいおい! 何やってんだきみぃ!」


 馬小屋の中から中年の男性が駆け寄ってくる。慌てた様子で僕の下へ来た。


「きみぃ、勝手にその馬に乗るんじゃない」

「……乗ったらいけないんですか?」

「乗りたいのならお金を払いなさい。ここはそういう商売なんだよ」


 そういうことか、と合点がいった。冷静に考えれば、タダで馬を貸してくれるような慈善家はいない。

 だが分かれば話は早い。早くお金を払って追いかけよう。


「分かりました。いくらですか?」

「五万Gだ」

「……五万?!」


 予想以上の料金に声を上げた。今の僕の手持ちは二万Gだ。到底、馬を借りる料金には届かない。

 何かの間違いではないかと思ったが、男性は至って冷静に、「そりゃそうだ」と答える。


「こいつはうちでも最高質の馬だ。これくらいは当然だ。けどそっちなら少し安いぞ」


 残った一方の馬を指差す。それほど差異があるようには見えないが、見る人が見れば違うのだろう。


「いくらですか?」

「四万だ」

「高い馬しかいないんですか?!」


 あまりの高さに思わず突っ込んでしまう。馬を借りるのにこんなにもお金がいるのか?


 すると男性は申し訳なさそうな顔を見せた。


「普段はもっと安いのもいるんだが……今は全部借りられててなー」

「そんな……」


 なんとタイミングの悪いことだ。こういうときに限って金が無く、安い馬もいない。

 諦めるしかないのか?


 だが僕はヒランさんに任されたのだ。皆の命を助ける大役を。

 こんなことで諦める訳にはいかない。


「お願いです! 馬を貸してください!」


 馬を借りられる場所はここだけだ。何とかして馬に乗って、ウィスト達の下に向かうしかない。そのためならお金だけではなく、何を売っても構わなかった。


「そんなことを言われてもなぇ。こっちも商売だから、ちゃんとお金を貰わないと」

「このお金と盾も剣も売りますので、乗せてください!」

「いやぁ、俺は値段の分からん武器を買い取るつもりは無いよ」

「早くしないと仲間が……友達がモンスターに襲われるんです! お願いします!」


 男性は短い溜め息を漏らした。顔を見ると、呆れたような表情をしている。


「君みたいなのはよくいるんだよ。仲間がピンチだからとか、急ぎの用事だかで安い料金で貸してくれってな。だがそんな情に流されるほど俺は優しくないんだよ。分かったらさっさと去りな」


 あしらう様な素振りをして、僕を馬から離れさせようとする。だが馬を借りるまで、離れるつもりは無かった。


「お願いです! 嘘じゃないんです! 馬を貸してください!」

「うるせぇ」


 不意に後ろから何者かに首根っこを掴まれた。後ろに引かれながら、馬から離れさせられる。


「いちいち他人に迷惑をかけんじゃねぇ。馬を借りたきゃ金を払え」


 何者かの口から正論が出る。しかしそんなお金があればとっくに払っている。だからこうするしかないのだ。


「どっちみちお前が借りれる馬はねぇよ。おい店長」


 その者は男性に声を掛けると、男性は媚びへつらう様な態度に豹変する。


「はい、何でしょうか?」

「馬を借りる。二頭だ」


 無情な言葉が耳に入った。残っている馬はもうない。


 その場に膝をついてしまった。


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