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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第五章 下級冒険者

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5-6.罠と仕掛け人

「起きてください」


 優しい声が鼓膜に届いた。瞼を開けると、目の前には地面と何者かの足が見える。視線を上げると、太股、腰、胸の順に目に映り、最後に声を掛けた人の顔があった。


「ヒランさん?」

「はい。意識は大丈夫そうですね」


 頷くと同時に身体を動かそうとするが、身体が上手く動けなかった。このときになって、身体が縛られたまま地面に横たわっていることに気づいた。手足に力を入れるがびくともしない。


「待ってください。すぐに解放します」


 ヒランさんは立ち上がって腰に手を伸ばす。腰の左側には刀が添えられている。その刀を握った直後に風が吹いた。

 一瞬髪がなびいたが、すぐに風が止んだ。ダンジョンでは風が吹くことは無い。不可思議な現象に首を傾げていると、途端に身体を縛っていた縄が解けた。突然縄が緩んだことが不思議だったが、地面に落ちた縄を見て答えが浮かんだ。


「……斬ったんですか?」


 縄の両端が一組ではなく、何組も出来ている。しかも縄の切り口が、鋭利なもので斬られたかのように、綺麗な断面になっていた。ヒランさんは表情を変えずに頷く。


「はい。その方が早いので」


 縄の太さは人差し指と同じくらいだ。それほど細い縄を、僕に傷をつけずに縄だけを斬る技量に身震いした。初めてダンジョンに入ったときに披露された腕前を見て強いとは思っていたが、まさかこれほどまでとは。


「身体に痛みはありますか?」

「えっと……大丈夫です」


 少し後頭部が痛かったが言うほどでもなかった。

 身体を起こして周りを見渡すと、見覚えのない場所に居ることに気づいた。地面に松明が置かれているが、松明の光があっても背後以外の壁を視認できないほどの広い空間だ。


「あの……ここってどこですか?」

「マイルス下級ダンジョンの十階層の最深部です」

「……最深部?」


 思いもしなかった答えに、つい聞き返してしまった。「はい」とヒランさんは答える。


「マイルス下級ダンジョンの調査のためにここに来ました。本来は明日の予定でしたが、一日経ってもあなたが帰還しないことを心配したフィネさんから、あなたの探索を頼まれました。そのために調査の予定を一日早めて、ついでに貴方を探すことにしました。しかしまさかこんな奥地で、しかも縛られているとは思いもしませんでした」


 表情を変えないまま、淡々と状況を説明してくれた。まさかずっと気を失っていたとは……。


「心配かけさせてすみません」

「心配はしてません。他の冒険者同様に、死んでいると思っていましたので」

「……容赦ない言葉ですね」

「御礼はフィネさんに言ってください。あの子が言わなければ、わたくしはここには来ませんでした」


 フィネの心配している表情が頭に浮かび、心が苦しめられる。彼女の笑顔が好きなのに、どれだけ曇らせるんだ。情けない。


「落ち込まないでください。今はそんな暇はありません。一刻も早く、ここから出る必要があります」


 僕の様子に構わず、ヒランさんが急かすような言葉を口にする。


「そんなに危険な状況なんですか?」


 助けられた僕が言うのもなんだが、元上級冒険者でマイルスダンジョンを知り尽くしているヒランさんがいれば安全だと思っていた。マイルスダンジョンは下級ダンジョン。元上級冒険者だったヒランさんからすれば、ここのモンスターは楽勝だろう。

 だがヒランさんの表情は険しかった。


「油断しなければモンスターは大丈夫です。問題は、この状況を引き起こした者についてです」


 僕の手を取って立たせながら説明を続ける。ヒランさんが表情を崩したところを見たこと無いが、今は焦っているように見えた。


「八階層以下の様子とあなたの状態を見て確信しました。あなたの状況を含めて、これまでの騒動は撒き餌です。そしてわたくしは、まんまとおびき寄せられました。あまり長居するべきではありません」

「御名答です」


 ぱちぱちと手を叩く音が鳴り響いた。音が鳴る方を見ると、そこには見覚えのある青年が立っていた。


「さすがダンジョン管理人で、英雄の友人ですね。なかなかの推理力と、間抜けさです」


 フェイルが皮肉交じりな言葉を投げる。薄ら笑いしている表情は、見ていて不愉快だった。

 一方のヒランさんも、眉間にしわを寄せた鋭い目つきをフェイルに向ける。まるで嫌なものを見るような目だ。


「……久しぶりですね、フェイル」


 見るだけで人を殺せそうな眼力だった。驚いて僕の身体は硬直したが、フェイルは嘲笑いながら答える。


「えぇ、お久しぶりです。相変わらずの恐い顔ですね。せっかく美人なのに、そんな色気のない顔をしてるからモテないんですよ」


 フェイルは煽り言葉を交えながら話す。明らかな挑発だが、ヒランさんは平静を保てているだろうか。ちらりと表情を覗くが、相変わらず険しい顔をしていた。


「あなたも相変わらず、へらへらとした顔をしてますね。そんな顔で、今度は一体何を企んでるんですか?」

「企む? くくっ、やはり間抜けですねぇ」


 楽しそうに、フェイルはくすくすと笑う。その表情を見て嫌な予感がした。まるでフェイルの掌の上で、事が動いていたような感覚に陥った。

 フェイルは笑い声を止めると、喜々とした表情で言った。


「もう企みは終わってますよ」

「どういうことですか?」


 ヒランさんの口から驚きの声が出る。不愉快そうな顔をするヒランさんに対して、フェイルは愉快に笑みを浮かべる。


「えぇ。あなたをギルドから遠ざけた時点で、作戦は実行されてます。馬車が出発してから約二時間経ってます。今頃、依頼を受けた冒険者は襲われているでしょう」

「依頼って、もしかして……」


 意外そうな表情で、ヒランさんが聞き直す。フェイルはニヤリと口角を上げる。


「今日から隣町に向かう馬車の護衛依頼ですよ。その馬車に乗った人達と護衛依頼を受けた冒険者達がターゲットです」


 聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 今日の隣町へ向かう馬車の護衛依頼。ウィストと四人組が受けた依頼が頭に浮かぶ。フェイルが言っているのは、ウィスト達が受けた依頼の事なのか?


「襲われているって、どういうことですか?!」


 思わず声を荒げた。どうしても気になることだった。


「聞きたいかな、ヴィック君?」


 フェイルは僕の嫌いな眼を向けて聞いて来る。あの眼は、僕が初めてフェイルに会った時と同じ、慈愛に満ちた眼だった。意地悪くその眼を見せていることが分かっていても、腹立たしい気持ちが湧いてくる。


「今回の作戦は、僕だけじゃなくゲノアスと一緒に行ったものなんだよ。ヴィック君は知らないから説明するけど、ゲノアスっていう野郎はね、冒険者ギルドで横暴な振舞いをしてて、冒険者だけじゃなく一般人にも恐喝や暴力を振るったりしていた、クソ冒険者のことだよ」


 見たことも無い冒険者が罵詈雑言を浴びせられている。その人物の事をよく知らないが、フェイルの話だけを聞けばかなり嫌な冒険者だと感じた。


「ゲノアスのせいで、冒険者のイメージはかなり悪くなっていた。だというのに冒険者ギルドがゲノアスに何もしないのかというと、当時の冒険者ギルドの局長がゲノアスの親だったからさ。だからゲノアスは調子に乗っていたってわけ。ゲノアスの腕っぷしが強いことも加えて、誰も文句を言える人がいなかったんだ。だけどそれは、ヒランがダンジョン管理人になるまでの話だ。以前はコネを使ってゲノアスがダンジョン管理人になると思われていて、本人もその気だった。けれどゲノアスの親が失態を犯して失脚した後、新たな局長はゲノアスを庇わなくなった。さらにヒランがダンジョン管理人になると、ゲノアスは冒険者ギルドから追放されたのさ。たくさん罪を犯していたらしいから、簡単に追い出せたんだよね?」


 フェイルはヒランさんに同意を求めるが、ヒランさんは黙ったままだった。返答を諦めたフェイルは話を続ける。


「僕は追放された恨みを持つゲノアスと、彼の数少ない手下と一緒に今回の計画を実行した。まずはゲノアスの手下を使って、冒険者の情報を集めた。その中で現状に不満があり、一人で行動する冒険者を狙った。彼らを使って何をしたかは……分かるよね?」


 頭の中に上級ダンジョンに連れられた記憶が甦る。僕以外にもあんな目に遭った人がいたのか。

 僕は無意識に歯ぎしりをしていた。


「彼らを狙ったのはギルドのお偉いさんに、冒険者ギルドの支援が劣悪であることを伝えるためだ。次に狙ったのはマイルスダンジョン。ダンジョンの生態系を狂わせることで、冒険者から不満の声が上がる。ダンジョン管理人の杜撰な支援や管理が不十分であることを聞いた上層部は、ヒランに圧力をかける。真面目なヒランは圧力を受けて焦ったはずだ。するとそれ以外に目が行かなくなって視野が狭くなる。そのときを狙って、あの護衛依頼を出した。ああいう大型の依頼は、いつもなら君が入念な調査をしてから募集を掛けるはずだ。しかし今回はすんなりと通った。じっくりと調べればおかしな点があったというのに、ねぇ」


 嫌味な話し方に苛立ちを覚える。だが僕以上にムカついているはずのヒランさんは、フェイルの話にじっと耳を傾けている。僕は今にもフェイルを殴りたかったが、怒りをぐっと我慢した。


「後は依頼の日に合わせて、君をギルドから離すだけだ。適当な冒険者を捕えて、別の依頼を受けた冒険者が帰って来ないことを伝えれば、調査のついでに君は動くはずだと踏んだ。最初はゲノアスの手下を使って伝えようと思ってたから、ちょっと怪しまれることを覚悟してたんだよ。しかし君のお蔭で、疑われること無くヒランに伝えられたよ。ありがとう」


 フェイルが僕に礼を言う。これほど嬉しくない礼を言われたのは初めてだ。


「君がギルドから離れ、馬車が出発してマイルスから十分離れたところを見計らって、モンスターに襲わせるのが計画だ。これで馬車四台に乗った一般人と冒険者達が全滅する事態になれば、君の信用は失墜し、ダンジョン管理人から降ろされる結果になるだろう。いやぁ、愉快な限りだ」

「モンスターに襲わせると言いましたけど、そんな都合よくモンスターが動くのですか?」

「動くさ。僕が直々に調教したモンスターだからね。今回はゲノアスに動かせるけど、僕以外の命令も簡単なものなら聞くようにしてあるさ。たとえ動かすモンスターが、上級ダンジョンのモンスターでもね」


 フェイルの最後の言葉を聞いて、頭に血が上る。感情を抑えていたが、もう限界だった。

 僕はフェイルに向かって踏み出す。しかし間髪入れずに、ヒランさんが僕の肩を掴んで止めた。


「止めないでください。せめて一発だけでも……」

「無駄です。あなたがいくら必死になっても、フェイルに攻撃を当てることはできません」

「だけど!」


 怒りが納まらなかった。ヒランさんの言う通り、上級ダンジョンに慣れているフェイルに僕の拳は届かないだろう。

 だが分かっていても、握った拳を緩める気にはなれなかった。


 いくらウィスト達でも、上級ダンジョンのモンスターが相手ではタダで済むとは思えない。他にも依頼を受けた冒険者がいるが、フェイルはそれを見越してモンスターを用意している。それを知って、無事に生還しているイメージが全く浮かばなかった。

 だからせめて、ウィスト達の痛みを思い知らせるために、フェイルの顔をぶん殴りたかった。


 しかしヒランさんは、肩に手を掛ける力を一切抜かない。いくら前に出ようとしても、頑なに僕を行かせない。

 なぜこうまでして止めるのか不思議に思っていると、ヒランさんは両手を使って僕の身体を引き寄せた。


「あなたに、お願いがあります」


 囁くように、ヒランさんが小声で喋る。こんな時に、いったい何なんだ?


「今の話の内容を、すぐに冒険者達に伝えてください」

「……何言ってんですか?」


 僕は苛立ちを隠せなかった。遠ざけようと振り向いて手を突き出したが、避けられて逆に手を掴まれる。

 すると手を引かれ、顔を近づけられた。


「今ならまだ間に合います」

「間に合うって……何がですか?」


 はっきりしない言葉に、反射的に聞き返す。聞きながら隙を探して、手を振り解こうと考えた。


「冒険者達は、まだ無事です」


 ふっ、と身体の力みが抜けた。ヒランさんの眼は、真っ直ぐと僕の眼を見つめていた。


「彼らはまだ町を出ていません。今から向かえば助かります」


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