5-5.嵐の前の晴天
「いい天気ね。絶好の護衛日和だわ」
マイルス北門の内側で、ミラが嬉しそうに言った。楽しそうな顔をして、馬車の準備が出来るのを待っている。
「ねーねー、護衛日和って何? 護衛に都合の良い日があるのかな?」
「天気の良い日だと、どんなことでも嬉しいのよ」
からかったつもりのラトナの言葉は軽く躱される。機嫌の良いときのミラはからかい甲斐が無いから退屈だ。その代わり、犬みたいにはしゃぐミラの姿を見ていると癒された気になれる。どっちみち楽しいので良しとした。
「まったく、ただの依頼になにはしゃいでんだか」
ベルクが呆れ顔で言う。しかしミラは変わらず楽し気に返す。
「だって皆で依頼を受けるなんて久しぶりだし、隣街までの護衛ってちょっとした旅行みたいじゃない? 少しぐらい楽しんでもいいじゃん」
「まぁ、そうかもな」
ベルクは微笑みながら肯定する。なんだかんだで、ベルクも四人で旅行気分を味わうのは楽しみだったようだ。ぐちぐち言いながらも、最後にはのってくれるのがベルクの良い所だ。
「ラトナも楽しみだよねー? 皆と一緒に旅行に行くの」
いつの間にか、ミラの目的が依頼ではなく旅行になっている。ちょっと浮かれすぎな気がしたので、軽く注意をした方が良いかもしれないと不安になる。
「うん、楽しみだね。けど―――」
「楽しむのは良いけど、本来の目的を忘れるなよ。まずは依頼を達成してからだ」
ラトナが言う前に、カイトがミラを注意した。ちゃんとミラの様子を見ていたようだ。さすがリーダーであると感心した。
カイトの場を引き締める言葉で、ミラも落ち着いたようだった。「分かってるわよ」と軽い態度で言いながらも少し声のトーンが落ちている。いつものミラの声になったので、やっと準備に取り掛かれる。
「そんじゃ、依頼を達成するための準備でもしよっか。ミラらん、荷物ちょーだい」
「はいはい。ラトナも渡してね」
「うむ。任せた」
ラトナはミラと荷物を交換して、お互いの準備物を確認する。ベルクとカイトも同じように荷物を交換していた。毎回、依頼前やダンジョンに入る前にお互いの荷物を交換して、忘れ物が無いかを確認している。
冒険者に成り立ての頃、必要な物を忘れることが多かったので、その対策として導入したことだ。提案した自分が言うのもなんだが、毎回やるのが面倒だった。けれど忘れ物が激減したので、やって良かったとも思っている。
「おいカイト、これ何だ?」
ベルクがカイトのバッグを漁りながら言う。バッグから取り出したものはピストルだった。しかしよく見かけるピストルよりも銃口が大きく、銃身も短い。その上、装弾数も一つしか無さそうに見える。だがその特徴的な形には心当たりがあった。どの武器を選ぼうかと探しているときに、その銃を見たことがある。
「信号銃だよ。信号弾を装填して上空に打つと、色の付いた煙が上がるんだ。これを使って誰かにメッセージを伝えるってわけ。今回は隣町まで行くから、途中でモンスターや盗賊に襲われる可能性は当然ある。そんときにこいつを使って、俺達以外の人間に危険を知らせる。信号弾を見たら危険を察して逃げてくれるし、逆に助けてくれるかもしれないだろ? それに襲ってきたのが盗賊なら、救援を警戒して逃げてくれることもあるからな。こういう護衛の依頼では、持ってて損は無い道具だよ」
「へぇ。なかなか便利なのがあるんだな」
そう言ってベルクは信号銃を地面に置き、再び荷物の確認を行う。
ラトナも荷物の確認を再開しようとしたが、視界に気になるものが映った。
カイトの背後に視線を向けると、その方角には城壁沿いに隣接する民家が並んでいる。その民家の陰に、先日冒険者ギルドで騒動を起こしたノイズの姿があった。ノイズは暇そうに建物にもたれながら座り込んでいるが、時々視線をラトナ達の方に向けている。ハイエナ騒動の実態が暴かれたことを恨んで、ちょっかいを掛けようとしているのかと思った。
しかしその視線は、ラトナ達だけではなく、周辺のものにも向けている。これから北門を出ようとする人々、依頼を出した商人達の馬車や、ラトナ達と同様に護衛を承った冒険者達に。
何を考えているのか推理しようとしたとき、ミラの声で現実に引き戻された。
「こっち終わったよ。ラトナは?」
荷物の確認を終えたミラが様子を訊ねる。まだラトナの分は終わっていなかった。
「もうちょっとだよー。終わるまでベルっちとイチャイチャしてきたらー」
「ばかっ。依頼前にそんなことするわけないじゃない」
「良いのかなー? 隣街に着くまで二日は掛かるんだよ。仕事中はいちゃつけないから、今しかないよー?」
「……知らないっ!」
ぷんぷんと怒りながら、カイトとベルクの方に向かって行く。荷物を確認しながら待つと、じきにカイトがこっちに来た。予想通りの動きが少し面白かった。
「どしたの? 面白そうに」
尋ねてくるカイトの顔にも笑みが浮かんでいる。分かってて言っている顔だ。
「べっつにー。見てて楽しいなーって思っただけだよん」
ベルクとミラは、いつものように楽しく話をしている。傍目から見ればカップルに見えるが、まだ付き合ってはいない。早く付き合えばいいのに。
二人の様子を見て微笑ましい気分に浸っていると、馬車の方から冒険者の格好をした人が近づいて来る。見たことが無い顔だが、装備からして自分達よりも格上に見える。
「君達、護衛依頼を受けた冒険者かな?」
青年の質問に、代表してカイトが肯定する。すると青年は、「ちょっと予定変更だ」と告げた。
「護衛する馬車の数が五台になった。移動便の追加らしい。あと商人の馬車が一台壊れたから、新しい馬車を呼んで荷物を積み替え終わるまで待機だ」
「どれくらいかかりそうですか?」
「多分……二時間くらいかな。荷物が多いからそれぐらいは掛かる」
待ち時間を聞いて、つい肩を落とした。せっかく準備を整えて来たというのに、出鼻を挫かれた気分だ。皆も意気が削がれた様に見えた。
しかし依頼が無くなったわけではない。準備が出来るまでの間、できるだけモチベーションを下げない様にすべきだ。こういうときは私の出番だと、ラトナは役割を自覚する。
「よーし。じゃ、今のうちにご飯食べに行こ。早目のお昼ごはんだね」
「お昼って……さっき朝ご飯食べたばかりじゃん」
「えー。けど天気が良ければどんな事でも嬉しいんでしょ? じゃあ早目のご飯も良いじゃない」
「そんなに食べたら太るから! 私は嫌だよ」
「そだねー。ミラらんはベルっち好みの体型を維持しないといけないもんねー。昨日床でのたうち回りながらお菓子を我慢してる姿を見て、思わず感動して泣きそうになったよ」
「してないから! そんなことしてないから! 誤解しないでよね、ベルク!」
「はいはい、分かってるよ。お菓子が大好きなミーラ」
「分かってないでしょ!」
「けど食料は買い込んでおこっか。二時間も待ってたらお腹も減るだろうし」
四人で会話をしながら、食料を買いに行くことに決めた。皆いつもの調子に戻ったので大丈夫そうだ。
すぐに荷物を確認し終えると、バッグを担いで立ち上がる。そのとき、ラトナの目の前に人が立ちふさがった。
全身をマントで覆い、フードを深く被っている。フードのせいで顔が見えない。身長は少し高いが、体格は細身のようだ。
「隣町への移動用の馬車はあれか?」
男とも女とも聞こえる声だった。差した方角を見ると、ラトナ達が護衛する馬車がある。
ラトナは素直に頷いた。
「けど二時間ほど遅れるみたいですよー。一緒に移動する馬車が壊れたみたいなんで、代わりの馬車を探しているみたいです」
マントの人は舌打ちをする。
「めんどくせぇな。ちゃんと用意しとけよ。……あんがとな」
荒れた口調で文句を言った後に礼を言うと、その馬車の方に向かって行った。隣町に移動する人なのだろうか、と移動便の人と話し込んでいる姿を見て推測した。
ただ少しだけ、その人が気になった。
マントの人の声は、どこかで聞き覚えのある声だったから。




