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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第五章 下級冒険者

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5-3.タイミング

 翌日、マイルスダンジョンの六階層に下りたとき、偶然にもウィストに出会った。


「あ、ヴィック。調子はどう?」


 モンスターを解体しながらウィストは返事をする。顔を上げたまま手元を見ずに、慣れた手つきでモンスターを解体する。ナイフ捌きは完全にウィストの方が上だな。


「良い感じだよ。痛みも無いし、受け流しもできるし」

「そっか。良かった良かった」


 ウィストが嬉しそうな顔をして言葉を返す。怪我が治って喜ばれることは今までに無かったので、こうも喜ばれるなら治した甲斐があったというものだ。


 ウィストは解体作業を終わらせると、焚火の用意を始める。火がつくと自分の鞄から細長いものを包んだ布を取り出す。布を広げると鉄製の串が姿を現した。串を手に持つと肉に刺し始める。その作業を解体したいくつもの肉にしながら、顔を僕の方に向ける。


「食べて行きなよ。病み上がり祝いに」


 まだそこまで腹は減っていないが、これから体力を消費することと、ウィストの気遣いを無下にしたくないということもあり、ご馳走をいただくことにした。あと冒険者間で噂の、ウィストが焼いた肉の上手さを味わいたかったということもある。


 火が十分に燃え上がると、ウィストは串に刺した肉を火で炙り始める。焼いているのは、さっきウィストが倒していたモンスター、モーグの肉だ。

 モーグは四本足で歩き、頭に生やした鋭い二本角を向けて突進してくるモンスターだ。高さは僕より頭二つ分低いが、横幅と体長は大きく、体重は僕の倍以上はありそうだった。まともに盾で受ければ、簡単に腕が折られるほどの威力である。受け流しを習得していない時期にも遭遇したが、そのときでもまともに盾で受けようとは微塵も思わなかった。

 そのモーグの肉を焼いているが、なかなか肉に焼け目がつかない。時間がかかりそうなので、焼き上がるまでの間に昨日受けた依頼の事を話そうと思った。


「ウィスト、ちょっと話が―――」

「待って。今集中してるから」


 話そうとした瞬間、ウィストに言葉を遮られる。ウィストの目は、狩りをする時と同じくらい真剣な目をしていた。できるまで待っていた方が良さそうだ。


 肉全体に焼け目がついて肉汁が出始めると火から遠ざけ、串を一回りさせて肉の焼け具合を見る。満足そうに頷くと僕に手渡した。


「はい。会心の出来だよ」


 受け取ると、鼻に肉の匂いが入ってくる。食べなくても分かる。極上の味がすると。

 迷わず齧り付くと肉汁が肉から溢れ出る。柔らかい歯ごたえで、二三回噛むだけで舌の上で溶ける。もちろん味は、絶品と言わざるを得ないほどだ。


「おいしいっ……」

「でしょ? なんたって、モーグの一番美味しいとこの肉なんだから」

「なる、ほど」


 二口目を頬張りながら返事をした。喋るよりも食べることに集中したかった。これほど美味しいものは、今まで食べたことがない。ウィストの焼き方が上手いこともあって、口を休める暇がなかった。

 ただ楽しい食事には終わりがある。何本か串肉を食べたが、焼ける肉が無くなると身体から力が抜ける。美味しいものを食べた幸福感が身体を支配していた。このまま帰って寝たい気分になった。


「そう言えばさっき、何か言おうとしてたけど」

「え、あー……うん」


 何を言おうとしていたのか思い出そうとした。しかしなかなか思い出せない。大事なことだと思うが、どうにも頭が働かない。ウィストを見れば思い出すかもしれないと思い、視線を向けた。


 ウィストは料理に使った串を布巾で汚れを取ると、串を包んでいた布の上に丁寧に並べている。その手つきは、ララックさんが食事をする時に見せるナイフ捌きと同じ上品さが感じ取られた。今さっき肉を食べてたときは、僕と同じように大口を開けて齧り付いていたのに、何故食事の前後でこれほどのギャップがあるのか不思議だった。


 まだ思い出せないので引き続き観察していると、その手の向こうにあるものを思わず見てしまう。

 ウィストはお尻をペタンと両足の間に落として、太腿の上で串を拭きとっている。ウィストは冒険時には短パンを履き、膝上まで上げたストッキングを履いているため、短パンとストッキングの間の太股が露になっていた。健康的な肉付きの太股は見てて飽きないほどの魅力があった。

 思わず鼻の下が伸びそうになったので、慌てて鼻下を手で隠して視線を下げる。視線を下げた先には焚火用の木の枝がある。焚火に使おうとしたあまりのものだ。


 木、植物……あぁ、思い出した。薬草集めの依頼の話をしようとしたんだった。


「昨日、依頼を受けたんだけど、その手伝いをしてもらいたいなーって」

「え?」


 ウィストが丸く目を見開いて僕を凝視した。まるで珍しいものを見るような表情で。


「どしたの? そんなに驚いて」

「だって……ヴィックが依頼を誘ってくれるなんて初めてだから……」

「初めて? いや、そんなことは……あるね」


 思い出せば、ウィストから誘われた依頼に行ったことはあっても、僕から誘ったことは無かった。しかも依頼無しでダンジョンに一緒に行くときも、僕から誘った覚えがない。まだ負い目があったせいかもしれない。


「たしかにそうだね。まぁそんなことはいいとして、行く?」

「行く!」


 間髪入れずにウィストは了承した。そんなに誘われたかったのだろうか。


「嬉しそうだね」

「そりゃあ、やっとヴィックが心を開いてくれたのかなーって思ったら、当然の反応かな」


 少しだけ胸が痛んだ。今までは心を閉ざしたまま接していると思われていたということか。にもかかわらず、打ち解けるまで関わってくれたとは。忍耐強く付き合ってくれたことには、感服せざるを得なかった。


「で、いつまでが期限? 一週間? それとも二週間?」


 陽気な態度で依頼について聞いてくる。ここまで喜んでもらえると、誘ったこっちも嬉しいものだ。


「緊急の依頼だから、明後日までかな」


 ララックさんは長く待つと言ったが、おそらくあれは依頼を受けるのが僕だと知って遠慮した故の発言だろう。ならば早くした方がララックさんにとって好都合のはずなので、早目に依頼を達成するつもりだった。


 そう思ってウィストに依頼の期限を伝えると、「明後日?」と嬉しそうにしていた顔が一変し、無表情で聞き返してきた。まずいことを言ったのかと気まずさを感じながらも、その質問に頷いて答えた。

 するとウィストはあからさまに肩を落とした。


「ごめん。明後日は別の依頼を受けてるの」

「明後日? もしかしてあの護衛の依頼?」

「うん、それ」


 つい三日前、大規模な依頼が受注された。マイルスから隣町への護衛依頼。護衛対象は商人の馬車三両と定期便一両だ。

 普段なら傭兵ギルドが受けるような依頼内容だった。しかし護衛任務は冒険者よりも傭兵達の方が慣れており、その経験とノウハウの分だけ安全だが依頼料が高い。だから依頼者は、その経費をケチって冒険者ギルドに依頼を出したという話だ。実際、今までにもそういう理由で依頼を出されたことがあり、近年で護衛に失敗した実績もないのでそういう依頼があっても不思議ではない。

 この依頼は、ダンジョンに入らないうえ報酬金も高い依頼だったので、あっという間に提示された募集人数に達した。その中にウィストも入っているということらしい。


「そっかー。まぁそういうことじゃ仕方がないね」

「ほんとごめん。せっかく誘ってくれたのに」

「いや気にしなくてもいいよ。また誘うから、その時に一緒に行こう」

「うん。また誘ってね」


 ウィストは安心して表情を緩めた。依頼が被ったのなら仕方がない。ウィストがダメならベルクを誘えば良いだけだ。


「じゃあウィストも依頼頑張ってね」

「うん。ミラ達も一緒だから大丈夫だと思うよ」


 第二の希望もあっという間に消えてしまった。


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