1-3.冒険者ギルドの職員
「サリオ村出身のヴィック・ライザー様。十六歳で、他のギルドでの実績は無し。マイルスで冒険者登録を行い、今後の活動拠点もマイルス冒険者ギルド。これでよろしいですか?」
ヒランさんは冒険者登録用の用紙に書かれた内容を読み上げる。その内容を聞いて問題無いことを確認した僕は、「はい、大丈夫です」と答えた。
冒険者として働くには、ギルドで冒険者登録をする必要があるということだ。専用の用紙に名前や年齢、出身地等を記入する欄があり、冒険者自身が書く必要があった。
だから本来は僕が書かなければならないのだが、僕は字を書けなかったためヒランさんが代筆してくれた。
内容に不備が無いことを確認すると、
「分かりました。登録用紙はこちらで処理いたしますので、その間に冒険者ギルドについて説明をさせて頂きます」
ヒランさんは登録用紙をしまい込んでから説明を始めた。
ギルドが設立された目的や、四つのギルドについて説明はシードさんから聞いたことと同じだった。そのため最初はギルド内の施設に目が行きがちだったが、冒険者ギルドの本格的な説明が始まると集中し直して話に耳を傾けた。
「さて、冒険者ギルドの主な仕事は、依頼の受注とモンスターや資材の買い取りです。あちらの掲示板に依頼書がございますので、受注したい依頼がございましたら、受付の方に申し上げてください。受注後に依頼を完了しましたら、受付の方に報告をお願いいたします。失敗した場合も同様にお願いします。
買い取りについてですが、モンスターや需要のある鉱石や薬草等を持って来れば、それに見合った額で買取いたします。しかし、値が付かないものは買い取りせずに持ち帰ってもらいますのでご注意ください。
次にダンジョンについての説明です」
一番興味のあった事項を耳にし、胸が高鳴った。
ダンジョン。そこは未知が多い領域で、数々の冒険者が挑む場所だ。取りつくせないほどの財宝があったり、凶悪なモンスターが住むと言われているところだ。ヒランさんの口からどんな内容が話されるのかと、僕は身構えた。
しかしヒランはすぐに説明を始めない。それどころか、「少々お待ちください」と言って受付の奥に進んで姿を消してしまった。その場には僕とフィネだけが残った。
一緒に取り残された僕達の間を沈黙が支配する。元気が取り柄っぽいフィネさんもさっきの元気な振る舞いが嘘のように大人しかった。
僕の方をチラチラと見ては僕が目を合わせようとするとさっと視線を外す。先ほどの失態ではしゃぐのはバツが悪いと思っているのだろうか。その姿を見ていたたまれなくなったので、雑談をして気を紛らわせることにした。
「自己紹介がまだだった、よね?」
なるべく軽い感じで話しかけてみた。フィネは「は、はい!」とすぐに返事をする。緊張してるのか、声が上ずっていた。
「僕はヴィック・ライザーっていうんだ。ちょっと前に十六歳になったんだ」
「はい、さっき聞きました! わたしはフィネ・レッシュです!」
「えっと……元気だよね。いつもそんな感じ?」
「はい! よく言われます。それが良いって冒険者さん達からも言われてますけど……さっきはごめんなさい」
よほど失敗した件が響いているのか、態度にぎこちなさを感じた。よっぽど図太くない限り、誰だって失敗したらそうなるだろう。
だが、ずっとこの調子でいて欲しくはなかった。
「あのさ、僕も良いと思うよ。元気なのは」
「え? そうなんですか?」
フィネさんの声に、少しだけ明るさが戻る。
「うん。あんなに明るくて元気な声で迎えられたのは初めてだったから、びっくりしたけど嬉しいって思えたんだ」
叔父に預けられてからは、罵倒や嫌味しか聞かされなかった。
だから何気ない挨拶でも、フィネさんの言葉を温かく感じた。
それを聞いたフィネさんは、安堵の息を漏らすと表情が緩んだ。
「良かったー。怒らせちゃったかと思いました。わたし、働き始めて一週間も経ってないから、不安だったんですー」
「大丈夫だよ。だから気にしなくても良いから、ね」
「はい……あ、いいえ! 気にします」
何故か元気な声で否定された。
「気にして、元気な挨拶をし続けるので、存分に嬉しがってください!」
失敗したことに対して、変な理論を展開する様子を見て微笑ましいと感じた。同時に嬉しくもあった。
こんな風に、僕に対応してくれる人は初めてだったから。
「お待たせいたしました」
フィネさんとの会話を楽しんでいると、ヒランさんが別室から戻ってきた。何をしに行ったのか気になっていたが、ヒランさんの服を見て察した。
さっきまではフィネさんと同じような服を着ていたが、今は冒険者が着るような格好に着替えている。胸当てや手甲と言った鎧を身に着け、腰には刀を提げていて、右手には剣を持っている。
「それではダンジョンについてですが、実際に入って説明をしましょう」
「……いきなりですか?」
冒険者ギルドに寄ってから装備を整えるつもりだったので、今の僕は完全な丸腰だ。命の安全を考えれば、どう考えても行きたくはない。しかし、冒険者としてはダンジョンに入って説明を受けた方が良いとも考えている。
命と将来のどっちを優先するかを考えていたが、ヒランさんは「問題ありません」と断言した。
「今から案内するダンジョンは、当ギルド自慢の下級ダンジョンです。入口から少し離れたところまで行くだけで、その付近にはモンスターはほとんどいません。一応武器をお貸ししますが、戦闘では使わないと思います。なぜなら―――」
ヒランさんは手に持っていた武器を僕に渡すと、同じ調子で言葉を続けた。
「わたくしが守りますから」
凛とした表情のヒランさんは頼もしく見えた。




