4-14.いろんな縁
「フィネー、ヴィックー。無事でよかったー」
騒動が収まって冒険者達がまばらに散ると、ウィストが僕らに抱きついて来る。潤んだ瞳から、かなり心配されていた事を悟った。
「大丈夫だから安心してよ、ウィスト」
フィネさんがウィストを落ち着かせようとするが、なかなか離れそうにない。一方の僕は、息がかかるほどの距離にウィストの顔があるので、心臓の鼓動が落ち着かなかった。
「はいはい、困っているからちょっと離れようか」
カイトさんがウィストを引っぺがすと、ようやく息を吐けた。落ち着くと右手の感触が伝わってくる。そう言えば、フィネさんと手を繋いだままだった。
フィネさんの方を見ると、彼女も気づいたのか、自分の左手を見て顔を赤くした。
「あ、その、ごめんなさい! いきなり繋いじゃって……」
「こっちもごめん、なさい。フィネ……さん」
慌てて手を離しながら、敬語で返す。さっきは気が高ぶって呼び捨てていたが、気を改めるとなかなか言いにくい。
だがフィネは、それを気にしたらしい。
「あの……呼び捨て、ため口で良いです」
「え、けどいきなりは……」
「わたしが良いと言ったら良いんです! ウィストと話すみたいに話してください! 友達なんですから!」
フィネの必死に求める姿から目を離せない。友達という言葉を使われたら、友人に飢えている僕には断ることはできなかった。フィネが友達だと思ってくれて、とても嬉しかった。
「じゃあ、よろしくね……フィネ」
フィネはぱぁっと明るい顔をして、「はい! よろしくお願いします。ヴィック」といつもの元気な声で返事をした。やはり、フィネには笑顔が一番似合う。
フィネの笑顔を見てほころんでいると、入口から聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ……もう、終わったのか、な?」
「あーあ、リーナんが遅いからじゃん」
「冒険者の足と……一緒に……しないでよ……私はか弱い……ギルド職員なんだから……」
ギルド職員のリーナさんと、ラトナがギルドに入ってくる。汗をかき、息切れしながら喋っているリーナさんの様子から、急いでここに来たことが窺えた。
リーナさんが息を整えている間、ラトナは僕らの方に歩んでくる。
「おっすカイっち。問題無し?」
「あぁ、もちろんだ。ただ思ってたよりもあっさりしてたな。ハイエナ疑惑を拭うだけで逃げられるとは思わなかったよ」
「そっかー。ま、あたしらの仕事はこれでいいんじゃない? でしょ、リーナん?」
「そ、そうだねー……」
ふらふらと歩くリーナさんが返事をする。思っていた以上に疲れているようだ。
「よーし。これでまた四人で冒険に行けるね」
「そうだな。まぁ、いい経験になったけどな」
楽しそうにラトナとカイトさんは会話をする。傍から聞いている限り、何かの仕事を長いこと請け負っていたようだ。
「どんな仕事してたの? 最近別々に動いていたのと何か関係あるの?」
僕が聞きたかったことを、ウィストが平然と聞く。同じことを思っていたみたいだ。
ラトナは平然と、「調査の仕事」と答えた。「それじゃ分からないだろ」とカイトさんが突っ込む。
「ヴィックのハイエナ疑惑。あれの真相を暴くために調べてもらったのよん。私の依頼でねー」
息を整えたリーナさんが説明をする。グロッキーになっていたさっきまでと違い、いつもの調子に戻っていた。一分もしないうちに元の調子を取り戻せるとは、さすがといったところか。
「あいつらがハイエナとかダンジョンの苦情でうるさいからねー。そうじゃないって証拠を見せつけて黙らせようと思ったんだー。そしたら予想以上の成果を出しちゃって、びっくりしたよ」
「大変でしたよ。普段は四人で冒険してるのに、調査のために別々で行動したんですから。いつもと勝手が違うから楽勝なはずのモンスターにも苦戦して、最初は調査どころじゃなかったんですよ」
「いつもよりスリルがあるから、盾の練習にはうってつけだったんじゃーん」
「それとこれとは話が別だよ。報酬は十分だったから文句はないけど。報酬金はたんまり貰えたし、いい鍛錬になった」
大変そうだったにもかかわらず、三人は明るそうに事の顛末を話す。
リーナさんがハイエナについて調査の依頼を出し、その依頼を四人組が受けたという話のようだ。お互いにメリットがある、良い依頼のように聞こえる。
そして、僕にとってもだ。
ハイエナと呼ばれていたが、わざわざ誤解を解く気はなかった。一人前の冒険者になれば、そんな蔑称はいずれ無くなると思っていたから。さっきの騒動のせいで、いつまでもハイエナの名が纏わりつくのではないかと危惧していたので、非常に有難い話だ。
しかし、納得できない話でもあった。
「なんでそこまでしてくれたんですか?」
この依頼は、僕が労せずに得をするものだ。依頼を出したのはリーナさんだから、僕が依頼の報酬金を払う必要もない。そのうえ調査の一切をカイトさん達が行ったので、僕は自分の事だけに専念してた。
一方彼らは、双方にもメリットがある話ではあるが、同時にデメリットもある。カイトさん達は普段よりも少ない人数でダンジョンを探索するため、怪我をするリスクが高まる。リーナさんも同様だ。対した実績もない冒険者のハイエナ疑惑を晴らすために調査依頼を出すなんて……。もし本当にハイエナだったら依頼の報酬金が無駄金になる行為だ。
僕はどこにでもいる、ただの冒険者だ。掃いて捨てるほどいる冒険者の一人だ。
だというのに、なんでこの人たちは助けてたんだ?
「理由はね……いろいろ、だよ」
「……いろいろ?」
リーナさんは頷いてから語りだす。
「最初に会ったとき、『良い冒険者でいてね』ってお願いしたでしょ? 聞き流してもいいのに、私の願いを聞いて実行しようとしてたからねー。だったら私の仕事は、良い冒険者でいられる環境を作ってあげることかなーって思ったのよ。だから依頼を出したの。つまり、責任を感じたってところかなー。柄にもなく」
照れくさそうに言うリーナさんの次に、「はい」とラトナが手を挙げる。
「あたしはー、自分の願望かな。ほら、前にダンジョンで会ってモンスター譲ったでしょ。キビットだっけ?」
僕は無言で頷く。あれが原因でハイエナと呼ばれたことを、ラトナは知っているのだろうか?
「あのとき、『この恩はいつか返す』って言ってたじゃん。恩を返す前に冒険者を辞められたら困るかなーって思ったから、協力したってわけ」
単純で分かりやすい理由だった。キビットを譲ってもらった時も、今みたいな理由だった。
「俺はまぁ、頼まれたからってのが一番かな」
カイトさんも話し始める。
「依頼の話を受けた時、ちょうどベルクも一緒だったんだ。依頼を聞いて俺が返事をする前に、あいつが承諾したんだ。理由を聞いたら、友達を助けたいからだとさ。仲間からそんなことを言われたら、当然協力するもんだろ?」
ベルクの名前を聞いて納得した。ラトナはともかく、カイトさんとミラさんが僕を助ける義理など無い筈だ。だがベルクが関わっていたのなら話は別だ。僕はこの場にいないベルクに感謝した。
カイトさんは、「それに」と言葉を継ぎ足す。
「ヴィックがハイエナみたいな真似をするとは思えなかったからね。作為的なものを感じて、ちょっと調査してみようと思ったんだ」
「僕がハイエナをしてないと思ったんですか?」
「そうだよ」
意外な言葉に僕は驚いた。だがカイトさんは、当たり前だろと言わんばかりの顔をして頷いた。
「というか、そうじゃないと信じたかったというのが理由かな。俺らと違って一人で頑張っていた君を、実は尊敬してたんだよ。俺にはとてもじゃないけど無理そうだなって。そんな君がハイエナをしていたなんて信じたくなかったんだよ。それを証明するために依頼を受けたっていうのが、二番目の理由さ」
カイトさんの言葉の後に、「そういうことだよ」とリーナさんがまとめる。
「みんな君のいろんな面で関わって来て、これからも関わっていきたいと思って協力したのよ。だから遠慮することなく、みんなの成果を受け止めてあげたらいいのよ」
「けど僕みたいな半端な冒険者が、ここまでしてもらうなんて……」
「半端な冒険者なわけないよ」
ウィストが僕の言葉を遮った。その眼は真っ直ぐと僕を見つめている。
「半年近くも一人で冒険者を続けて、七階層のワーラットを一人で倒せるほどの冒険者を、誰が半端な冒険者って言えるのよ。ヴィックはどこへ行っても恥ずかしくない、一人前の冒険者だよ」
「一人前……」
「そりゃさ、村に居たときはいろんな目に遭って期待もされてなかったかもしれないけど、ここはサリオ村じゃない。マイルス冒険者ギルドだよ。私達は冒険者ヴィックの良い所も悪い所も知ったうえで、冒険者を続けてほしいと思ってるの。調査に協力してくれた人達はもちろん、私やフィネだって期待してる。こんなに期待されている冒険者が、半端な冒険者なわけないじゃない」
真剣な眼差しでウィストは語る。その眼を見た僕は、疑念を抱くことは無かった。虚のない、正直な気持ちを語っている目だった。
フィネも同様に、僕を真っ直ぐと見つめていた。
「胸を張っていいんですよ、ヴィック。ヴィックはもう、誰もが認める、一人前の冒険者です」
途端に、目頭が熱くなった。目を隠すために急いで手で覆う。こんな動作をしてもバレバレなのだが、隠さずにはいられなかった。けど他にどうすればいいのか分からなかったから、こうせざるを得なかった。
努力が報われて、不安から解放されて、安堵して泣く経験なんて、今まで無かったからだ。
だがこんな状況でも、一言だけ皆に言いたいことがあった。
「僕……冒険者になって、良かった、です」
涙声で途切れ途切れになりながらも、僕はみんなに伝えた。
それが僕の、感謝の言葉だったから。




