4-13.名探偵
「何だお前? いきなりしゃしゃり出やがって」
背の高い青年は、突如現れたカイトさんに対して不機嫌そうに噛み付く。しかしカイトさんは意に介さず、僕らに向かって、「さて」と一言言ってから話し始める。
「まず結論を言おう。ヴィックはハイエナではない。むしろハイエナに仕立てられた被害者だ」
「はぁ?!」
より一層大きな声でカイトさんの言葉に突っかかる。その表情が動揺しているように見えた。同時に、周囲の騒めきも大きくなった。ハイエナが僕だと断定されていたところに、真犯人がいると言われれば驚くのも無理はない。
「いきなり出てきて何を言うかと思えば……無駄なんだよ」
金髪は冷静な態度で反論する。
「ここに自分以外が倒したモンスターを盗って売り払ったという証拠がある。これがハイエナの証拠だ。それとも、これが偽物だというのか?」
金髪は買取報告書を見せびらかす。一方のカイトさんは冷静に答えた。
「いや、それは本物だと思うよ」
「お、おう……」
庇ってくれたかと思えば、すぐに掌を返す。言動の変わりように動揺して、金髪の目が丸くなった。
「書かれている内容は本物だ。だがモンスターをハイエナして盗んだものじゃない、ということを言いたいんだよ」
「……お前、本気か?」
背の高い男の言葉に、「もちろん」とカイトさんは平然と答える。
「ヴィックはその報告書を書いた人から依頼を貰ってキビットを探していた。けど冒険者の皆さんもご存知の通り、キビットは小さくてすばしっこい。その上臆病ですぐに逃げるモンスターだ。複数人ならともかく、一人で捕まえることがとても難しいのはご存知ですよね?」
冒険者達に確認するようにカイトさんは話す。
キビットは体長が三十cm程でピョンピョンと跳ね回りながら動くため、一人では捕まえにくい。一人が追い立てて、もう一人が逃げてきたキビットを捕まえるというのが定石だ。
しかしその言い方だと反論が出る。
「だから、誰かが倒して放置したキビットを持って行ったんだろ?」
背の高い男から予想通りの答えが返ってきた。しかしカイトさんは、「いいや」と否定する。
「放置したのを持って行ったんじゃあない。キビットを倒した者から、譲り受けた物を持って行ったんだ」
冒険者達がさらにどよめく。同時に疑問の声が聞こえ始める。ハイエナじゃなかったのか、と。
その言葉に僕は首を傾げたが、カイトさんと二人の間で話は続く。
「おい。それ正気で言ってんのか?」
「それが真実だ。なんなら譲った本人と会ってみるか?」
強気な発言を受けて、背の高い男は何も言えなくなる。証人がいるとなれば、責めることも難しい。
「いっそのこと、ヴィック本人から聞いてみようか。ヴィック、当時のことを話してくれるかい?」
カイトさんは僕に向かって話しかけると、周りの冒険者も僕に視線を移す。どう言おうかと迷っていたが、カイトさんの真っ直ぐな目を見るとありのままを話す気になれた。
僕は当時の事を思い出しながら話した。
「キビットを追いかけていた時、そのキビットを偶然……他の冒険者が倒してくれたんです。そしたらその人がキビットをくれたんです。断ろうかと思ったんですけど、偶然とはいえ協力して倒したのだから僕が受け取る権利はあると言ってくれて……。あと追い回してかなり疲れていたから、もう止めたいと思っていたのもあって、それを受け取ったんです」
「何で黙っていたんだい? さっき問い詰められたときに」
「だってこれってハイエナでしょ?」
僕の言葉に周囲の人の表情が一変する。何を言ってんだ、と言わんばかりの顔だった。
カイトさんは頷いて納得するような素振りを見せる。
「皆さん聞きましたか? 今のが真相です」
「はぁ? 何が真相だよ。こいつがボケた発言をしただけじゃねぇか」
「いや、落ち着いて考えれば分かるよ。つまりこれは、ただの勘違いだ」
「……いや分かんねぇよ」
背の高い男が疑問の声を上げる。僕も現状が良く分からない。
だがカイトさんは、そんな僕にまた質問をする。
「ヴィック。ハイエナの定義は何だ?」
「定義?」
「ハイエナと呼ばれる行動は何かってことだよ」
「えーっと、倒してから一日経ったモンスターと、ダンジョンを出たときに倒したのに持って帰らなかったモンスターを狙う行為、つまり自分が倒さなかったモンスターを貰う行為がハイエナって呼ばれるんですよね?」
僕が喋り終えると、場がしぃんと静まり返った。
何か変な事を言ってしまったような気まずさを感じた。
「惜しい。モンスターを譲渡されることは、ハイエナとは言われないんだよ」
「そうなんですか?」
「うん。それだと僕みたいに組んでモンスターを倒した人はみんなハイエナになっちゃうでしょ?」
「あれは、協力してるからセーフだと思ったんですけど……」
「さてみなさん。これで分かったでしょ? 彼は勘違いをしていたから、ハイエナと呼ばれることを受け入れてしまってたんです」
僕の言葉を遮りながら、カイトさんは全員に話しかける。直後、冒険者達の面持ちが様々なものに変化した。
ある者は馬鹿らしさを感じて呆れた顔を。ある者は騒動に面白味を感じなくなったのかつまらなそうな顔を。ある者は騒動が収まると思ったのか安堵した顔を浮かべた。僕も似たような気持ちになっていた。
ハイエナと呼ばれ続けて後ろめたさを感じていた。どれだけ時が経とうとも、同じように言われるのではないかと不安であった。
だがそれは、僕の勘違いだった。不安がなくなって胸を撫で下ろしたが、「待て」と声が聞こえる。
「無実が証明されたのはその一件だけじゃねぇか。他の被害はどうなんだよ?」
騒動が終わったかのようになった空気に、金髪が異議を唱える。その表情からは、若干焦りを感じている様に見えた。
「その一件以外でもハイエナの被害が出ているんだ。それはどう説明するんだ?!」
怒気が含まれる発言を、「あぁそれですか」と落ち着いた様子でカイトさんが答える。
「全部嘘です」
たった一言だけだった。次に何か言葉が来るのかと待ったが、口を開く様子は無い。
金髪はつかつかとカイトさんに詰め寄ると、襟元を掴んで怒鳴り始める。
「ふざけんな! あれだけの苦情があったのに、それが全部嘘だと! いったい何が証拠で―――」
「五十四件中、三十八件」
「はぁ?」
「ハイエナ被害の苦情数と、そのうちあんたが報告した苦情数だ」
淡々と述べるカイトさんの言葉に驚いたのか、金髪は何も言えなくなる。その様子にかまわず、カイトさんは説明を続けた。
「実に七割以上が同一人物による苦情です。皆さんも彼らの苦情が多いことぐらいはご存知でしょうが、これほどの数の苦情数を聞いてどう思います? さすがに意図的なものを感じると思いますが」
煽るように冒険者達に言った。疑念の目が二人に向かって注がれる。
「ちなみに彼ら以外の苦情ですが、被害に遭った冒険者の話を聞いて調査いたしました。すると盗られたというモンスターの死骸が、市場に流れているところをいくつか確認できました。さらにそれらを買い取った者から、誰が持ち込んできたのかを聞き込みを行いました。……全員が君の名前を出したよ、ノイズ」
最後だけ口調を元に戻して、金髪の名前を呼んだ。ノイズの身体から力が抜け、カイトさんの襟元を掴んでいた手を離した。もはや言い訳をする気力は無さそうだった。
「何でこんなことをするのか、動機だけが分かりませんでした。ただそこにいるクラノは、ジラという男の友人だという話を聞きました。ジラは一ヶ月以上前に資格が無いにもかかわらず上級ダンジョンに入り、麻薬を採取した罪で逮捕されました。しかし一緒の罪を犯したにもかかわらずに逮捕されなかった者がいます。それがヴィックです」
上級ダンジョンに入ったときに、顔見知りの冒険者と遭遇した。そういえば、あの男はジラという名前だった。
僕は背の高い男、クラノがジラと一緒にいたところを何度も目撃していたことを思い出した。
「これは推測ですが、逮捕された友人と一緒だったヴィックは、普段通りに日々を過ごしていた。それが気に食わなかったため、ノイズと協力して今回の騒ぎを引き起こしたのかと思うのですが……。どうなんですか?」
クラノは困ったような表情をしてノイズを見る。助けを求めるような顔だったが、ノイズは舌打ちをすると早歩きで冒険者ギルドから出て行った。
「おい、どういうことだ?」
ノイズに声を掛けながら、クラノは慌てて追いかけて外に出た。
二人が居なくなると、カイトさんは皆を見てこう言った。
「これで、証明完了です」
かっこつけながら言うその姿は、とても様になっていた。




