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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第四章 ハイエナ冒険者

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4-10.三歩進んで

 死が迫ったとき、思い出したのはラトナの言葉だった。


「受け流すときに重要なのは、攻撃をどこで受けるかじゃなくて、受けたときの盾の角度に気を付けるんだよ」

「角度……」


 受け流しの練習で上手く行かずに悩んでいるときに、ラトナが声を掛けてくれた。練習が上手くできないことをそれとなく伝えると、手ほどきをしてくれた。


「そそ。相手の攻撃に対して盾の角度を垂直にするんじゃなくて、ちょっと角度をずらすの。で、受けたときに攻撃を盾で滑らすんだって」

「そっか……弾くもんだと思ってたよ。ありがとう」

「いいよこれくらい。カイっちに聞いたら基礎の基礎らしいしー」


 それすら知らなかったのだから、僕にとってはありがたい情報だった。

 お礼を言うと、「あとね」とさらに言い足す。


「心構え、っていうやつをカイっちから聞いたんだけど、聞く?」

「……うん」


 技術に比べて役に立つのか不安だったが、折角聞いてくれた親切を無下にする気は無かった。

 ラトナはコホンッと咳払いをして、心構えを語った。


「受け流しとは、攻撃を遮るものではない。攻撃の流れに乗り、その流れを少しずらすだけのものだ。壁ではなく、流水に成れ……だってさ」






 何が起こったのか、自分でも理解できなかった。

 ただ直前に思い出したのが、ラトナから聞いた受け流しの技術的な話ではなく心構えの話だということは覚えていた。


 ワーラットの攻撃が盾に当たる瞬間、僕は少しだけ腕の角度を捻った。攻撃の勢いに逆らわずに一緒に盾を動かし、少しだけ棍棒の軌道をずらす。

 棍棒の振り下ろす先は僕の頭ではない。足元の地面だ。

 ワーラットの棍棒は、僕の盾から滑りながら離れ、大きな音を立てて地面に突き刺さった。一方、僕の盾は無事なうえ、棍棒を受けたときの痛みを感じなかった。


 受け流し、成功だ。


 一瞬、両手を上げて万歳したくなったが、それは後でしよう。

 隙だらけのワーラットを見て懐に入る。ワーラットは驚いたのか、僕の動きに対して反応が鈍い。難なく接近することができた。


「がぁあっ!」


 渾身の力を込めて、ワーラットの腹に剣を突き刺す。根元まで突き刺してから、剣を捻りながら引っこ抜く。抜いた瞬間に血飛沫が飛ぶと、同時にワーラットの悲鳴が響いた。苦しそうな声だった。

 人だったら即死しても可笑しくない傷がワーラットの腹にできる。しかしワーラットは倒れずに僕を睨む。その眼はさっきまでの余裕に満ちたものではない。視線で殺せるほどの憎悪があった。


 血を垂れ流しながら、ワーラットは棍棒を振るう。先程の攻撃よりも大ぶりな攻撃。まともに食らえば即死だ。その攻撃に僕は盾をそえる。

 受け流しに成功した時の感覚はまだ残っていた。棍棒が盾に当たる瞬間、腕を捻って盾の角度を変える。棍棒は盾の表面を滑り、明後日の方向に逸れていく。また成功だ。

 攻撃を受け流してから、今度はワーラットの太股を斬り裂く。太く斬りにくそうな足だったが、力の限りを使って剣を振り切った。ワーラットが地面に膝をつき、頭部が僕の目の前に降りてくる。このチャンスを逃す気は無い。頭部に目掛けて剣を振り下ろした。ワーラットの顔に垂直の切り傷をつけると、ワーラットは前のめりに倒れた。


 七階層のモンスターを、自分だけの力で倒した。その事が嬉しくて、この上ない達成感を感じた。


 だが、いつまでも余韻に浸っている場合じゃなかった。

 ウィストは二体のワーラットの相手に慣れたのか、動きにぎこちなさが無くなっている。二体の攻撃を難なく避け、隙を狙って反撃している。ウィストが無傷なのに比べて、ワーラットの身体の至る所に傷があった。

 今のウィストなら、一体引きつければ楽に倒せるはずだ。ワーラットの死体を跨いで、ウィストの方に向かって進む。十分な広さがある場所に着いてから僕は叫んだ。


「おいネズミ野郎! 僕が相手だ! かかって来い!」


 ワーラットの注意を僕に向けさせたかった。言葉は通じないだろうが、呼びかけていることには気づくはずだ。奇襲する手もあったが、最初にウィストが攻撃した時と同じように感づかれる可能性があったので、こっちの方が確実だと思った。


 片方のワーラットが僕を見る。じっと僕を見ると、一声鳴いてから歩いて来る。釣れた、と内心ほくそ笑んだ。

 ワーラットは僕の前で止まると、仲間の死骸を一瞥してから再び僕を見る。気のせいか、鼻息が荒くなっている気がした。仲間が殺されて怒っているのだろうか。だとしたら好都合だ。

 怒りに任せた攻撃は単純になる。力任せな攻撃は読みやすいので、受け流しで対応できる。そのうえ広い場所に移動したので、少女を気にせずに回避することが可能だ。十全に動ける条件が揃った。


「来い」


 僕の言葉と同時に、ワーラットは攻撃を始めた。眼前のワーラットは両手に棍棒を持っている。連続攻撃には注意だ。

 初撃を避けてから踏み込んで反撃をする。ワーラットは身を引いて僕の剣を避ける。一体目よりも身軽な動きだった。一体目のワーラットよりも身体が若干細い。攻撃の速度も速い。二撃目が来るまでの時間が、一体目に比べて短かった。また攻撃を避けて再び反撃するも当たらない。胴体を狙うのは難しそうだ。


 攻撃され、避けて、反撃して、避けられる。決め手を欠いた攻防が続いた。だが僕としては、こちらの方が好都合だ。体力に不安はあるが、時間を稼げばウィストの救援が間に合うからだ。このまま持久戦に持ち込もう。


 動き回り、互いに横の壁に背を向ける。するとワーラットが動きを止めた。

 何事かと思っていると、顔を僕にではなく奥にいる少女の方に向けていた。少女も気づき、身体をビクンッと震わせる。


 まさか……。嫌な予感がして、その不安は的中した。

 ワーラットは僕を無視して、少女の方に近づいて行く。迷い無く一直線に。


「待て!」


 僕は少女とワーラットの間に入り込むように駆け寄った。何の意図があるのかは分からないが、少女を先に狙うつもりのようだ。邪魔な敵を先に排除するという一体目と違って、先に倒せる獲物を倒すという思考なのか。


 何とか止めようとワーラットに近づく。しかし、不用意に近づくべきではなかったと後悔した。

 少女の前に立とうと走り寄り、先に動いていたワーラットに並んだ瞬間、ワーラットは棍棒を薙ぎ払うように振るった。地面すれすれに、僕の足を狙うような軌道だった。咄嗟に棍棒を跳び越えるように上に跳躍して避ける。だがワーラットは、すでに二本目の棍棒を振りかぶっていた。まるで予期していたかのような、素早い動作だった。


 そういうことか、とワーラットの意図を理解し、自分の迂闊さを嘆く。ワーラットの狙いは少女ではなく、ずっと僕を狙っていた。隙を作るために少女を狙った振りをして近づき、僕を誘い出したのだ。


 宙に浮いた僕を狙って、ワーラットの棍棒が向かって来る。最悪なことに、僕の右手側、つまり盾を持っていない方からだ。腕を回し、身体を捻らして盾を向ける。この体勢では受け流しはできないが仕方がない。衝撃に備えて歯を食いしばった。

 棍棒が盾に当たる。一体目のワーラットの攻撃を受けたときと同等の威力だった。これは、まずい。


 次の瞬間には、僕の身体は壁に激突していた。壁に衝突した痛みが、背中から全身に伝わる。一瞬、意識が飛びそうになった。駄目だ、まだ倒れるな。

 重力に引かれて倒れそうになる身体を、剣を杖代わりに使って起こした。踏ん張って立とうとしたときに、左手の盾が妙に軽かった。盾は見事と言いたくなるほどに、真っ二つに割れていた。


「……笑えない、ね」


 少し調子にのっただけでこの様だった。やはり世の中は簡単にはいかないものだと、改めて実感した。もう何回、そう思っただろう。


 目の前にワーラットが迫って来る。のしのしと音を立てて警戒せずに。だがそんなことに苛立つ余裕は無い。僕は自分の状態を顧みた。

 盾は無い、身体に痛みが走って動き辛い、壁に追いやられて逃げ場も無い、最悪の状況だ。


 だがどんなに絶望的な状況でも、諦める訳にはいかなかった。

 顔を上げ、身体を起こし、剣を構えた。


「来なよ、ワーラット。目の前にいるのは、死にぞこないだよ」


 ワーラットは僕と目が合うと、一瞬たじろいた。瀕死だと思った獲物がまだ戦う気があると分かったら、誰だって警戒する。しかしワーラットはすぐにさっきと同じように棍棒を構えた。


 歯を食いしばって、ワーラットの攻撃に備える。やったことは無いが、剣で受けてやる。出来ると言っている人間がすぐ近くにいるんだ。出来るはずだ。

 ワーラットの棍棒が振り下ろされる。この一瞬に、全神経を集中させた。


 だがその集中は、聞き覚えのある言葉に乱された。


「させねぇよ」


 ワーラットの背後に誰かが現れた。その人は跳躍してから大剣を横に薙いだ。大剣が弧を描くように振り切られると、ワーラットの棍棒を持つ手が切り落とされる。棍棒と腕が宙を舞うと同時に、腕の断面から血が噴き出た。ワーラットの悲鳴が、鼓膜が破れる程の音量で響いた。とっさに手で耳を塞いだが、それでも喧しい声が聞こえた。


 突如現れたその人は着地すると、逃げずにその場にとどまり続ける。そこはワーラットとの距離が一歩分程度しかない場所だ。案の定、ワーラットは振り向きざまに残っている腕で攻撃をする。


「こっちよ!」


 次に、別方向から女性の声が聞こえた。その声に反応して、ワーラットは声のする方に視線を向ける。直後、ワーラットの喉元に槍が深く突き刺さった。穂先が首を貫通するほど深くに。槍が引き抜かれると、ワーラットは地面に倒れた。


 僕はその鮮やかな手並みを見て、呆然としていた。二人掛かりで奇襲したとはいえ、僕があれほど苦戦したワーラットを十秒も掛からずに倒してしまった。

 しかもそれを実行した二人は、見覚えのある人物だった。


「なんとか、間に合ったわね」

「あぁ」


 僕を窮地から救ってくれたのは、四人組のベルクさんとミラさんだった。


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