4-8.一歩ずつ
六階層に足を踏み入るようになってから二週間、相変わらず足踏みをしていた。
ラトナさんから盾の使い方を教わったものの、未だに苦難が続いていた。教えて貰ってすぐにできたら誰も苦労はしないので、当然と言えば当然なのだが……。
何度か受け流しを試すものの、受け流し切れずに腕に衝撃が伝わってしまう。その結果、以前と同じように身体が痺れて反撃が出来なくなっていた。
それに加えて、タイミングが合わずに受け流しに失敗すると、盾が弾かれるように身体から離れてしまうことも多々あった。身体ががら空きになったため、一度モンスターの攻撃をまともに食らいそうになった。あのときはさすがにヒヤリとした。
六階層の入り口付近で、地面に腰を下ろしながら溜め息を吐いた。なかなかうまくいかないもんだ。
僕より盾持ち歴が長いカイトさんですら失敗することがあるらしいので、すぐに身に付かないことは分かっていた。
しかし、それでも焦りがあった。
その焦りがあったからこそ、
「じゃ、そろそろ次に行こうか」
ウィストと一緒にダンジョンに入ることとなった。
ウィストが退院してから二週間、初日こそ彼女と会って話はしたものの、一緒にダンジョンに行くことは無かった。まだウィストに対する後ろめたさは残っていたからだ。
その日以降はウィストと会わない様に、居ない時間を見計らって冒険者ギルドに行っていた。幸いにも偶然ギルドで彼女の姿を見た時、僕に気づかずにギルドを出て行くことがあった。スキップしていたところを見るに、余程ダンジョンに行くのを楽しみにしていたのだろう。
しかし、それが続いたのも今日までだった。
居ないはずの時間帯にギルドに入ると、仁王立ちをして待っているウィストがいた。
「さぁ、冒険に行こうか」
笑顔で出迎えるウィストの誘いは、流石に断れなかった。
だが結果として、ウィストの誘いを受けたのは正解だった。
六階層のモンスターを相手にするとき、僕一人のときと違ってサポートしてくれる存在がいるのは心強かった。
盾をモンスターに弾かれたときや、モンスターの攻撃に耐えながらも二撃目を食らいそうなときは、ウィストが前に出て反撃してくれるからだ。お蔭で六階層のモンスターを相手に、何度も受け流しの練習が出来ていた。
受け流しの練習を始めて二時間、コツをつかめずに疲弊して休んでいたが、ウィストの声と共に腰を上げた。
何だかんだ言っても上手くなるには練習するしかない。気を取り直して、再びダンジョンを歩き始めた。
「どう? 調子は」
平然と聞かれたくないことをウィストは聞いて来る。つい苦笑いをしてしまった。
「いやー、全然だめだね。ここ最近はずっと練習してるんだけど、思ってた以上に難しいや」
「そっかー、案外難しいんだね。剣でやるのとは違うのかなぁ」
「……できるの? 剣で?」
「うん。こんな感じかな」
剣で横に払うような身振りをする。左右の手で交互に繰り返すと、「ほら」と言ってこっちを見る。今にも出来そうな雰囲気だった。剣と盾ではやり方が違う、そう考えることにした。
「そういえば、何で盾を使うことにしたの?」
「僕は動きが鈍いから、避けて戦うより攻撃を受けて反撃する方があってると思ったんだ。それだけだよ」
「ふーん。ホントに?」
ウィストの追究に「そうだよ」と短く答える。
「なーんだ。てっきり誰かに影響されて始めたのかと思ったのに」
図星を突かれたが、何とか表情に出ない様にぐっとこらえた。
戦闘スタイルのこともあるが、一番の理由は《獅子殺し》、《マイルスの英雄》と呼ばれるソランさんの戦いぶりを見たからだ。
たった一人で、自分の背丈の何倍もあるモンスターと戦って倒した姿を見たのだ。憧れるなというのが無理な話だ。
「そういうウィストは、誰かに影響を受けたこととかあるの?」
「あるよ」
恥じる様子も無く肯定した。どこか誇らしげな声だった。
「冒険者になった理由は前に言ったけど、それ以外にあるよ。これとか」
ウィストは二つの剣を片手ずつで持つ。双剣と呼ばれる一対の武器だ。剣身は片手剣より短く、短剣よりも長い。双剣を持って動き回りながら戦うのがウィストのやり方だ。
「昔会った冒険者が同じ戦い方をしてたんだ。名前は聞き逃しちゃったけど凄い人なんだ! 私よりなぁんばいも大きなモンスターを一人で倒しちゃったんだよ!」
ウィストも僕と似たような影響を受けていたようだ。
ウィストと話し合ってから、僕は彼女に対して親しみを感じていた。彼女は冒険者としての適性が高いこと以外は、普通の人と変わらない点が多いからだ。
前向きな考え方はフィネさんに似ている。人当たりの良さはリーナさんに似ている。頼もしい所はヒランさんに似て、仲間を大事にするところは四人組と似ている。
だがこれは、他の冒険者が持っていて不思議ではない特徴だ。つまり冒険者でないときのウィストは、その辺にいる少女と何ら変わりのない存在なのだ。そう考えると、ウィストに抱いていた劣等感が薄れていた。
冒険者としては相変わらず僕の方が劣ってはいるが、ウィストが普通の少女だと知っていると、劣等感を抱くのが馬鹿らしくなった。
そう開き直ると、途端に気が楽になっていた。
「ま、ウィストならすぐに同じことができると思うよ。なんたって期待のルーキーだからね」
「ちょっとぉ。褒めても何も出ないよ?」
「いや、出来るさ。本気でそう思っている」
「……なんか、変わったね。何かあったの?」
ウィストはしみじみとした口調で言った。
「変わってないと思うよ。けどもし変わっているとしたら、それはウィストのお蔭だと思う」
ほんの小さな願いのためだった。
他人から見ればくだらないと言われるような望みだったが、それを叶えたかった。
そのために僕は、あらゆる手段を使った。ララックさんに頼んで依頼を仲介してもらい、節約のために宿泊費を削って野宿をし、短時間で金を稼ぐために複数の依頼を同時に受託した。稼いだお金で武器を新調し、下層のダンジョンに挑んだ。願いを叶えるために、ウィストの隣に並べるような力が必要だったから。
だがその願いは、まだ叶えられそうになかった。
一ヶ月のブランクがあったとはいえ、未だにウィストは僕の前を進んでいる。
彼女の隣に、僕はまだ立てていない。だから僕は、まだ変われていない。昔のままだ。
「ふーん、そっか」
ウィストは少しの間だけ寂しそうな表情をして、またいつもの明るい表情に戻る。
「けど、いろいろと変わったよね。ダンジョンも冒険者が少なくなったし、ミラ達も個別で動くことが多くなってるから、なんか寂しいなーって」
「……そうだね」
四人組のことはよく知らないが、ダンジョンに来る人が少なくなった理由は知っていた。
それは、最近下層にいるモンスターが積極的に上の階層に現れてくるようになったからだ。
元々下層を活動拠点としている冒険者はともかく、上の階層で活動している冒険者にとって、それは死活問題だ。上の階層には脆弱で簡単に逃げ切れるモンスターしかいない。そこに命を脅かすモンスターが来ると知ったら、命知らずか下階層で活動する冒険者しかダンジョンには入らなくなる。
下級ダンジョンに来る冒険者の半分以上は、四階層より上の安全な階層で活動している者が多い。故にその階層で問題が起きると、途端にダンジョンの利用者は激減する。
今の僕にとっては気にすることではないが、復帰したばかりのウィストからしてみれば不思議に思うのも仕方がないことだ。
「最近モンスターの活動が激しいからね。危ないから収まるまでダンジョンに入るのを止める人が多いんだよ」
「……冒険に危険はつきものでしょ?」
「ほとんどが兼業冒険者だからね。不用意な怪我して本業に支障をきたしたくないんだよ」
「そういえばエイトさん達もそんなこと言ってたねー。元気かなー」
「二人ともいつも通りだよ。前もダンジョンに潜ってたし」
あの二人は七階層まで来た実績がある。最近は用心して下階層に来ず、上階層で活動しているらしい。以前会ったとき、人が少ないので活動しやすいと言っていたので大丈夫だろう。
「そっかー。ま、怪我しないのが一番だよね。私も入院中は退屈で死にそうだったし」
「……ごめんなさい」
「あー、違う違う。今のはそんなつもりじゃないから」
ウィストが慌てて否定する。その話題が出されたときはヒヤッとしたが、本気で言ったわけじゃないと分かってほっとした。
「大丈夫、分かってるから」
「ホントに? それならいいんだけど……。そういえば」
ウィストが話題を変えようとする。世間話をしながら歩くのは好きだから良いが、よく話題が尽きないものだと感心した。
「モンスター、いないね」
「……そうだね」
休憩を終えてからずっとモンスターを探して歩いていたが、まだ一匹も見かけなかった。休憩する前もやけに少ないと感じていたが、ここまで会わないのは異常だ。
自然と、ウィストとの会話が途切れた。ウィストも違和感を感じたのだろう。互いに武器を握る手に力が入る。
警戒しながら歩き続けると、下の階層に続く道を見つけた。緩やかな下り坂になっており、進むと七階層に行くことができる。しかし今日は七階層に行く予定はない。
ウィストが僕の顔を見て、「行く?」と聞いて来るが、僕は首を横に振った。
六階層のモンスター相手に勝つことができないのに、七階層に行くのは自殺行為だ。しかも七階層は、先日背を向けて逃げた相手のワーラットが生息している階層だ。まだワーラットに勝てる自信は無い。だから行くつもりは全くなかった。
だから六階層でモンスターを探そうと別の道に行こうと考えた。
七階層からの悲鳴を聞くまでは。




