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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第四章 ハイエナ冒険者

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4-7.見てる人

 モンスターの死骸を一匹担いでダンジョンを出たときには、既に日が暮れていた。

 半日以上ダンジョンにいたせいで、いつも以上に服は汚れ、体力も限界だった。欲張ってモンスターを持って帰るのは止めていた方が良かったかもしれない。


 しかし、持ち帰って来たものは仕方がない。今日の成果を少しでも目に見える形に残すべく、六階層目にいたモンスターを持って帰ろう。街まではそれほど遠くはないのだ。


 五階層に挑んでから一週間、僕は五階層を突破し六階層に挑戦していた。

 初日こそ、七階層のモンスターであるワーラットが五階層に来るというトラブルがあったものの、その日以降は順調に五階層を攻略できた。


 五階層のモンスターは手強かったが、ワーラット程では無かった。四階層までのモンスターより早く鋭い攻撃を繰り出すが、盾で十分対応できる程度の威力だった。防御手段も似たようなレベルで、僕の攻撃が効かないというほどの頑丈さも無かった。四階層までのモンスターよりも素早かったが攻撃が当たらないというほどの俊敏さは無く、どっしりと構えて受ければあまり疲れずに対処できた。それに気付いてからは、今までと同じように狩ることができた。だから五階層はそれほど苦労もせずに三日で踏破した。


 問題は六階層だ。五階層のモンスターより動きは遅いが、攻撃が厄介だった。六階層には、ワーラットよりも威力のある攻撃や、手数が多い攻撃を仕掛けてくるモンスターが当たり前のように生息していた。

 必死に盾を使って身を護るが思うようにはいかない。手数の多いモンスターには、疲れたところを狙って反撃できる。しかし重い攻撃を繰り出すモンスターに対しては、碌に反撃が出来なかった。


 盾で受ければ衝撃に耐えきれずに後ろに下がってしまい、耐えきったとしても身体が痺れてすぐに反撃が出来ずに、攻撃をしようとした時にはすでに防御の体勢をとられている。

 避けてから反撃することも試みたが、回り込んで腕や足に攻撃しても、たいして効いているようには見えない。胴体を狙おうとしたが、そのためには懐に入る必要がある。僕の足では近づくことはできても、そこから逃げるのが難しい。逃げようとしたときには、捕まえられるのが簡単に予想が出来た。

 盾を持っているのなら、攻撃を盾で受けた後に踏み込んで反撃し、すぐに元の位置に戻って敵の攻撃を受ける、という行動が安全な方法だ。僕の場合、攻撃を受けたあとに反撃するというのが難しかった。


 その課題を抱えたまま六階層に挑んで四日目、今日も手応えが無いままダンジョンを出ていた。

 六階層のモンスターは、まだ一日に一匹程度しか倒せない。それ以上のモンスターと戦おうとするもんなら、すぐに僕の体力が尽きてしまう。何とか解決策を見出したかったが、何も思い浮かばなかった。


 肩を落としながら歩いていると、気づけば冒険者ギルドに着いていた。冒険者ギルドに戻ったときには、食堂では人が賑わっている。この時間帯はいつもそうだ。仕事を終えた冒険者達が、食事をして自分や仲間を労い、今日の疲れを癒している。

 その賑わいの中に入らずに、僕は受付でモンスターを買い取って貰った。最近は節約のため、ギルドの食堂で食事をとることが無くなった。

 量が多くて美味しいのが特徴だが、その分値段は張る。だから量が少なくても、値段が安い食料を買ってそれを晩御飯にしていた。もちろん腹が膨れるわけがない。


 腹一杯食べたい欲求に耐え、買い取りの査定が終わるのを待つ。幸い、皆食事に夢中なので僕に気付いてからかってくる連中はいない。何事も無く終わるのを祈った。


「あー、ヴィッキーじゃん。おひさー」


 ギルドの入り口から声が聞こえた。振り返ると、四人組冒険者の一人、ラトナがいた。

 彼女には、以前ダンジョンで会って話をしてから、あだ名で呼ばれるようになった。

 からかいや恐喝が目的の人間じゃないと知ってほっとした。


「一ヶ月、いや一年ぶりかな?」

「一年前は会ってすらいませんよ。三週間ぶりです」

「うん、知ってるー。ごぶさたごぶさた」


 相変わらずの軽い調子だった。仲間といるときも同じような調子で振る舞い、メンバーの雰囲気を明るくさせているのが、傍目から見ても感じ取れていた。


「今日は一人なんですね」


 珍しく一人でギルドに来ていたので、思わず聞いてしまった。


「忘れ物を取りに来ただけだからねー。取ったらすぐに帰るから、デートに誘うなら今のうちだよ?」

「あー、ごめんなさい。今はそんな余裕が無くて……」

「あはは、冗談だよー。ヴィッキー、頑張ってるもんねー。その後で良いよ」


 今の僕が何て呼ばれているのか、どんな扱いを受けているのかを知っているはずなのに、ラトナさんはいつもと同じ態度で話してくれる。

 彼女にとっては当たり前のような振る舞いなのだろうが、その当たり前が嬉しい。他愛のない会話でも、心が安らんだ。


「あれ? 盾使うんだ? カイっちと一緒だね」

「そう言えば、カイトさんも盾持ちでしたっけ?」

「カイトさんとか違和感あるわー。ま、うちらの自慢の盾だね」


 ラトナさんはじろじろと盾を見ると、「むむっ」と言って眉を顰める。


「もしかして、盾の使い方知らない?」

「……分かるんですか?」


 盾を見ただけで初心者だと察しられるとは思わなかった。

 ラトナさんはドヤ顔で胸を張る。その拍子に大きな胸が上下に揺れて、一瞬だけ視線を向けてしまった。


「ま、普段から盾使いと一緒にいるからねー。だから見る目はあるよ」


 「素人にしては、だけどねー」とラトナさんは謙遜する、しかし、下級冒険者で同じような観察眼を持っている人が何人もいるのだろうか。


「いや凄いですよ。けど、なんで初心者だって分かったんです?」

「盾の状態を見たらわかるよー」


 そう言って、僕の盾を持ち上げる。


「盾のへこみが真ん中に集中し過ぎてるから、多分まともに攻撃を受けてるんじゃないかなーって思ったんだー。弱いモンスターならいいんだけど、強いモンスターの攻撃は正面から受けるんじゃなくて、受け流すように使わないとすぐに盾がダメになっちゃうよ。身体にも負担が大きいからね」

「受け流す……」


 そういえば以前僕とウィストを助けてくれたソランさんが、そういう使い方をしていたのを思い出した。初撃こそ正面から受けて僕らを守ってくれたが、それ以降は攻撃を盾で受け流して戦っていた。


「けっこう難しいらしいけどねー。カイっちもまだ失敗することが多いみたいだし」

「いえ、助かりますよ。力のあるモンスターを相手にして、どうするか悩んでいたんです」

「これくらい気にしなくていいよ。数少ない同期なんだし、助け合わないとね」


 ラトナさんの言葉を聞いて、同時にララックさんの言葉も思い出した。

 「自分の力で進みなさい」

 今、ラトナさんからのアドバイスを聞くということは、これに反するのではないか。ララックさんの言葉に全部従う道理はないが、こうも簡単に教えに背くのはどうなんだろうか。


「どしたの? 変な顔をして」


 悩んでいるのが顔に出ていたらしい。ラトナさんが心配そうに見つめていた。


「あ、いや、ちょっと聞きたいことがあって……」

「ん、なにー? スリーサイズは八十・百・八十だよ」

「酒樽じゃないですか」


 どうせなら僕一人ではなく、ラトナさんの意見も聞いて考えようと思った。


「あなたには信頼できる人物が二人います。両方ともあなたより人生経験が豊富な人です。その二人から別々にアドバイスを貰いました。一人は『何事も自力で頑張るように』と。もう一人は『仲間の力を借りて頑張りなさい』と。あなたはどっちのアドバイスを実践しますか?」

「何それ? 占い?」

「そんな感じです。で、どっちにします?」

「仲間を頼る、かなー」


 ラトナさんは一秒も考えずに、迷い無く答えた。その決断力が羨ましいと思うと同時に、不思議に思った。


「何でそっちを選んだんですか?」

「だって人は一人で生きられないじゃん。そんなの当たり前でしょ」


 さも当然の様に語る姿に圧巻される。

 だけどその通りかもしれない。

 サリオ村に居たときでさえ、酷い待遇とはいえ叔父夫婦に生かされていた。冒険者になったときも、ギルド職員や他の冒険者と協力することもあった。だからラトナさんの言葉は正論だ。


 一方で、何故ララックさんがあの言葉を言ったのかが疑問だった。


「けど、もう一人の言葉を全部否定するつもりは無いよ」


 ラトナさんがフォローするように言った。


「もしかしたらその人は、その人にしか見えない何かがあったから、自力で頑張れって言ったのかもしれないしねー」


 その人にしか見えない何か。この言葉が妙に胸に響いた。

 もしかしたらララックさんは、僕に何かを伝えたかったのだろうか。今までの様に直接的な言葉ではなく、考えさせられるような言葉を使って。


 ララックさんが何を言いたかったのかを考え悩んでいると、モンスターの査定が終わったギルド職員から声を掛けられたため思考を中断した。

 お金を受け取っている間に、ラトナさんは忘れ物を取りに行き、すぐに戻ってきた。


「とりま、いろいろと考えてみたらいいじゃん。それより、明日だったよね?」


 突然話題を変えられたが、前に話したときも脈絡も無く話題が二転三転した事を思い出した。おそらく、そういう話し方が好みなのだろう。


「明日って、何がありましたっけ?」

「あ、敬語はいらないよ。なんか嫌だしぃ」

「分かりまし……分かった」

「うん、それで良し。……何の話だっけ?」

「明日、何かあるんでしょ?」

「そうそう、明日でしょ? ウィズが退院する日って」

「ウィズ?」

「ウィストのことだよん」


 そういうことか、と納得した。それはラトナさんに言われるまでも無く、覚えていることだった。


「明日から、また頑張りなよー」


 手を振って、ラトナさんは外に出て行った。

 彼女が去り際に残した言葉は、愚問だと答えたくなるような言葉だった。


「当然、だよ」


 自分に言い聞かせるつもりで、言葉を口にした。


 ウィストが入院してから、もう一ヶ月と一週間は経っていた。


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