1-2.新人
目的地に着いた時には、太陽はすっかり真上に昇っていた。港に着いたときは朝日が昇り始めて三時間くらいしか経っていなかったのだが、予想より大分距離が遠かったため時間がかかってしまった。迷子になったのも原因だ。曲がる回数は覚えていたのだが、どこで曲がればいいのかを忘れたため、曲がる場所を間違えてしまった。幸いにも曲がった先は行き止まりだったため、早い段階で間違いに気づけた。
しかし多少疲れてはいるものの、目的地に着くと疲労を気にしなくなるほど気が高まっていた。
ここから、自分の人生を変える。決意を改め、冒険者ギルドの扉を開けた。
扉を開けて最初に目に入った光景は、受付と思わしきカウンターと、その奥で扉の方を向いて立っている少女の姿だった。
「おはようございます! クエストの終了報告でしょうか?!」
いきなりの大声に驚いてしまい、身体をビクンと震えた。これほどまでの大声を掛けられたのは叔父から怒声を浴びせられたときだけだった。
少女は驚かせたことに気づいて、「あ、すいません」とさっきよりも小さな声で謝った。
「張り切り過ぎてしまいました。申し訳ございません」
「いえ、僕もすみません。驚きすぎました……」
しおらしくなった少女を前にして、つい謝り返していた。
明るい笑顔と大きな声で迎えてくれた少女はギルドの職員だろう。若草色のワンピースと白のエプロンを身に着けた姿がそう思わせた。
同年代では身体の小さい方の僕よりも、少女の身体は小さい。小動物のような愛くるしい容姿と頭の後ろで束ねた腰まで伸びた濃い茶色の髪のせいか、より一層小さく見えた。
「えっと……」
ごほん、と少女は咳ばらいをする。
「改めて伺いますが、クエストの終了報告でしょうか? それともモンスターの買い取りでしょうか?」
落ち着いた声でそう聞いてきたが、言葉の意味は分からなかった。
「あのー……、何ですかそれは?」
素直に聞き返すと、何故か少女も狼狽え始めた。
「あ、はい! クエストの終了報告は、えっとクエストが終わったことを、報告すること、です! モンスターの買い取りは、モンスターを買い取ること、です!」
さっきよりも大声で、しかし要領の得ない答えが返ってきた。
「いや、そうじゃなくて……何でそれを聞いてきたのかなーって……」
「え、えーっと。とりあえず帰ってきた冒険者には、そう聞いといてと言われて……」
少女の様子を見て、ある推測が導かれた。
おそらく、この子は新人だ。職員になったばかりで、早速受付の仕事を任されたのだろう。教えられたことがそれだけだったから、さっきの言葉を言ったのだ。
しかしギルドに訪れたのは、経験を積んだ冒険者ではなく、まだ冒険者にすらなっていない僕だ。僕みたいな人の対応方法は聞いていないのかもしれない。
何とか少女に頑張ってもらって、冒険者としての働き方を教えてもらいたかったのだが、生憎少女は固まっている。何をすればいいのか、分からなくなっているのだろう。
だがそれは僕も同じだ。僕もこれからどうすればいいのかわからない。どうにかしようと思い他の職員を探そうとして視線を周囲に向ける。
しかし、その必要は無くなった。
いつの間にか少女の後ろに背の高い女性が立っていた。少女よりも頭一つ分背の高い女性は、少女の肩に手を置き、「交代です」と言って少女の横に進んだ。
「おはようございます。わたくしは、冒険者ギルド職員のヒランと申します。先程はフィネがご迷惑を掛けまして申し訳ございません」
ヒランと名乗った女性は深々と頭を下げると、釣られてフィネさんも慌てて頭を下げる。長くて艶のある黒髪を揺らしながらヒランさんは頭を上げ、僕の身体を見てから次の言葉を掛けた。
「冒険者登録のご用件でしょうか?」
一目見て用件を察した様を見て感心した。この人はベテランだ。