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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第四章 ハイエナ冒険者

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4-5.素人の交渉

 目の前にいる男性は、平然とした表情でフォラックの死骸を調べていた。頭から尻尾まで、身体に穴が開きそうなほどの眼力で見ている。その雰囲気を感じ取った僕は、男性の様子を見れずに視線を逸らしていた。

 男性は観察を終えると、「ふむ」と短く息を吐く。次にペンの頭で自分の頭を掻きながら、手元に持っていた羊皮紙を見る。羊皮紙の端が軽く曲がって、曲がった部分から細かい数字が見えた。


「このフォラック二匹なら、合計三万G(ゴールド)といったところかな」


 「安い」と心の中でつぶやいた。

 フォラック一匹の相場は、およそ二万五千G(ゴールド)だ。二匹でその値段は安すぎる。買い叩こうとしているのではないか?


「三万、ですか?」

「あぁ、相場より安いね。何故だか分かるかい?」


 頭を左右に振ると、男性が説明を始める。


「それは、こいつらはまだ子供のように小さいからだ。大人なら体長は平均一.五メートルはあるが、これは一メートル程度しか無い。取れる毛皮の量が少ないのが安い理由だ。子供は毛皮の質が良くない。フォラックは大人になるにつれて綺麗な毛並みになるのが特徴で、流通するフォラックの毛皮は大抵がそれだ。故に、子供の毛皮はあまり売れない。だからこの値段だ」


 「理解できたか?」と言わんばかりの表情を見せてくる。その顔に少しイラッとしたが、ぐっと堪えて感情を抑え込む。


 言われた通り、フォラックの体長よりかは小さかった。しかしその一方で、素人の僕でも分かるほどの毛並みの良さだったのでここまで安いとは思わなかった。玄人ならではの見極め方でもあるのだろうか。


 しかし、このまま引き下がるわけにはいかない。

 フォラックの買い取り額が僕の報酬金に反映するため、できるだけ値段を上げる必要がある。


 それだけではない。

 僕は一瞬だけ、視線を左に向ける。そこには誰も座っていないソファがある。さっきまでは、ララックさんがそこに座っていた。

 しかし彼女は用件を男性に伝えると、僕に一言だけ言って部屋を退出した。「交渉は任せるわ」と。


 あの言葉は、僕に後を託したということだ。その真意はもちろん理解している。男性の言う通りにフォラックを売るのではなく、値段を交渉したうえで売りなさい、ということだ。


 僕は深呼吸をしてから、男性の目を見る。


「いえ、この値段じゃ売れません」


 交渉を始めた。






「駄目だったようね」


 店を出たところで、ララックさんに話しかけられた。慰めるような穏やかな目をしていた。


「……分かります?」

「間違っていたら、役者を目指すことをお勧めするわ」


 相当な自信があるらしく、それは正解であった。

 僕は歩きながら交渉の事を話す。あの後、最初に提示された額から二千G(ゴールド)しか値上げできなかった。捕獲したフォラックの良い所を伝えても買取額をなかなか上げてもらえない。商人が口にした懸念を聞くと、それ以上のアピールもできなくなってしまう。

 結果、相場から一万Gゴールドも安い額でしか買い取って貰えなかった。


 そんな交渉結果に至るまでの経緯を、ララックさんは頷きながら聞いていた。


「結局のところ、交渉材料? っていうのがなかったんです。それであまり値上げが出来なくて」

「そうねぇ。今回の失敗は準備不足が原因ね。特に知識の、ね」

「そうですね。もっと価値があるフォラックを狙っていれば―――」

「あら、それは違うわよ」


 僕なりの反省点を、即座にララックさんに否定された。


「違うって……成長したフォラックを狙えば良かったんじゃないんですか?」

「事前に狙いを絞るのは悪くないわ。けどその情報が全てとは限らないわ」

「嘘が混じっているってことですか?」

「えぇ。情報には真実と嘘が入り混じってるの。その中から真実だけを選ぶのは、その道の玄人でも難しいわ。だから商人は、自分にとって都合の良い情報だけを相手に渡すの」

「都合の良い情報って?」

「さっきの交渉が良い例よ」


 先程した交渉内容を思い出す。しかし、どこもおかしい点は見つからない。

 必死に思い出そうとしたが、「はい、時間切れ」と言ってララックさんに打ち切られた。


「正解は、持って来たフォラックとは関係無い真実を話していたことよ」

「え? けどあのフォラックは……あっ」


 言われてやっと気づいた。そういえばあの人は、子供のフォラックは安いということを話していた。

 しかし、持って来たフォラックが子供だとは一言も言っていない。「子供のように小さい」と言っただけだ。


「あのフォラックは……身体は小さいけど大人だった?」

「そうよ。身体が小さいのは雌だったからなの。雌のフォラックは大人になってもそこまで大きくはならないけど、代わりに毛並みが綺麗よ。だから雄のフォラックと同等、いえ、それ以上の値段が付く個体もいるわ」

「もしかしてさっきのフォラックは……」

「少なくとも相場以上の値段はつけられたわ。それも二匹とも、ね」


 つまり僕は、最低でも五万G(ゴールド)で売れたはずのフォラックを、一万八千G(ゴールド)も安い値段で売ってしまったということだ。


 僕は今日一番の大きな溜め息を吐いた。

 だが溜め息を吐きたいのは依頼を出したララックさんの方だ。せっかくの儲けを少なくしてしまったのだ。


「すみません、ララックさん。もっと僕が準備をしていれば……」


 依頼主であるララックに謝罪する。

 しかし、本人はいつもの艶やかな笑みを見せていた。


「いいのよ。今回私は一銭も損をしていないわ。それに本来の目的はもう終わっているし、ね」


 今回の依頼は、僕への授業をかねたダンジョンの生態調査が目的だった。


 ここ最近、活動期とはいえ階層を越えるモンスターが多い。しかも、二階層以上を移動するモンスターが何体もいる。その事実は、冒険者だけではなく、ララックさんのような商人の耳にも入っていた。

 ララックさんはその機を狙って儲けようと考え、実際の生態がどうなっているのかを調べようとした。それがフォラック捕獲の依頼だった。


 マイルスダンジョンでは活動期になっても階層を変えるほど移動するモンスターは滅多にいない。しかし、普段活動している領域からは出るモンスターは多い。

 そしてフォラックの特徴の一つに、縄張りを変えないという特徴がある。それは活動期でも変わらない。


 フォラックは非力なモンスターで、かつ他の個体と協力して動くため、普段から用心深く活動している。故に、慣れない縄張り外での狩りは行わない。

 マイルスダンジョンのフォラックは五階層に生息している。だが実際、フォラックは四階層目で発見された。しかも二匹だ。

 何らかの問題がマイルスダンジョンで起きている、そう考えても不思議では無い。


「けど、この情報だけでどうやって稼ぐんですか?」

「いろいろと出来るわよ。生態が変わったら、慎重な冒険者はダンジョンに入ることを躊躇うわ。つまり、ギルドに持ち込まれるモンスターの素材が少なくなる。そうなるとモンスターの素材が高騰するわ。事前にそれを知っていたら、高騰しそうな素材を買い占めて、高くなったところで売ることで儲けられるわよ。買い占めたものが高騰しなかったら損するから、お勧めはしないけど、ね」


 買い占めてからの売却は僕でも出来そうだが、リスクが大きいうえに買い占めするための資金が無い。だから僕にはできないことだった。


 しかし、仮に資金があったとしてもやるつもりはない。そんな事をする時間は、僕には無かった。


「他にも色々とあるけど、今の貴方にはそんな気は無いでしょう?」


 僕の心を見透かしたような言葉だった。「はい」と短く答える。


「ララックさんのお蔭で、思ったより早く準備が出来ましたので」


 ララックさんには、ギルドを介してではなく、商人に直接モンスターの素材を売ることを何回か手伝ってもらった。今回みたいに僕だけで直接売り込むことは初めてだったが、以前は同席して貰い、ララックさんに交渉を任せていた。


 ギルドの依頼の報酬金は、仲介料を減らした分の価格になる。しかし依頼人から直接依頼を受けると、仲介料を引かれることは無い。その分、報酬金は高くなる。

 今回はララックさんから依頼を受け、そのついでに交渉を行った形だった。


「利用できるものは利用しなさいって言ったのは私だもの。けど、何回もこんなことができるなんて思ったらだめよ」

「分かってます」


 引きどころは分かっているつもりだ。

 ララックさんはともかく、他の依頼人は僕みたいな実績が無い冒険者に頼むより、色んな冒険者がいるギルドに頼みたいはずだ。


 僕はララックさんの伝手で商人に会わせてもらい、直接依頼を受けさせてくれるように申し出ていた。だがこれは無理を言って依頼を出して貰った依頼なので、何度も使える手ではない。だから際限を決めていた。

 それに達した今、これ以上直接依頼を商人から受けに行くつもりは無かった。


「じゃあ、これで私の支援も終わりね」


 ララックさんは立ち止まった。既に、ララックの住むアパートに着いていた。


「これから先は自分の力で進みなさい。そうすれば貴方の願いは叶えられる。そうでしょ?」


 微笑みながら問いかける彼女に、僕は真っ直ぐと見つめ返した。


「はい。手伝ってくれてありがとうございました」

「えぇ。頑張るのよ」


 別れの挨拶をして、ララックさんは自宅に戻っていく。

 ララックさんの姿が見えなくなってから、僕は寄り道することなく寝床に向かった。


 明日からの冒険は、今まで以上に苦労するから。


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