4-4.弱者は誰?
僕は三人に連れられて冒険者ギルドから離れていった。三人は僕が逃げない様に囲みながら移動している。前方には小柄な男、後方に太めの男と髭の濃い男が並んで移動していた。
三分ほど歩くと薄暗い路地裏に着いた。奥に進んでいくと髭の男が「さて」と切り出した。
「金を出せ。報酬金、貰ってんだろ?」
意外性の全くない、予想通りの言葉だった。
この連中の事は噂で聞いていた。普通の、所謂真っ当な活動をしている冒険者には手を出さず、立場の弱い者だけを狙う奴等だと。
立場の弱い冒険者が襲われても、同情する者は少なくて、ギルド職員の対応もおざなりになる。それを知ったうえで、この三人は恐喝を行っている。今回の標的は僕のようだった。
今の僕は、ハイエナ冒険者と呼ばれている立場の弱い存在だ。狙われても可笑しくは無い。
「さっさと出しな。痛い目にあいたくないだろ?」
「ぐふふ、そうそう。武器は見逃してやんだから、早くするんだな」
薄気味悪い顔で笑いながら、髭男と太めの男が脅す。
たしかに、こんな厄介事はさっさと終わらせたい。金を払えば見逃すというのなら、気が変わらないうちにそうした方が良いだろう。この後も用事があるのだから、無駄に時間を浪費すべきではない。
だがそれ以上に、この三人が気に食わなかった。
「おいハイエナ」
待ちきれなくなったのか、小柄な男がイラついていた。
「早く金を出せ。こっちも暇じゃな―――」
言い切る前に、僕は小柄な男の顔を殴った。全く予想していなかったのか、小柄な男は受け身も取れずに吹っ飛んで地面に倒れた。
「てめぇ!」
髭の男が激昂する。僕は振り向きざまに髭の男も殴ろうと思ったが、おそらく防御されると予測した。だから拳ではなく脚で攻撃する。
振り返ると同時に、その勢いで右脚を振り抜く。髭男が腕を上げて防御の姿勢を取っているのが見えたが、下半身はがら空きだった。右脚を髭男の左脚の膝に当てる。髭男は呻き声を上げて膝を着いた。
直後に太めの男が殴りかかってくる。蹴った後なので、さすがに避けることはできない。
殴られる直前、両足で踏ん張って腕を顔の高さまで上げる。太めの男の拳を受け止めるが、予想以上に重い拳だった。たまらず後ろに退いてしまう。チャンスと見たのか、太めの男が距離を詰める。タイマンでの殴り合いは僕が不利だ。
僕は剣を抜いて待ち構えた。剣を持った僕を前にし、太めの男は立ち止まる。
「お、お前……剣を使うなんて卑怯だぞ!」
焦った様子で、太めの男はおののいた。
「うるさい」
短い言葉で返し、剣先を太めの男に向けた。
「三人で襲っておいて何を言ってるんですか? 僕は毎日生きるのに必死なんです」
ここで金を渡せば、味を占めた三人はまた僕を脅してくる。そうなればそれこそ時間の無駄だ。だからここではっきりと拒絶すべきだ。
村に居たときと同じ目に遭うのは、もう御免だった。
「邪魔をしないでください」
目に力を入れて、太めの男をじっと睨む。太めの男は一歩下がると、髭の男を立たせて一緒に逃げ始める。彼らが去ると、後ろにいる小柄な男の様子を窺うと、さっきと同じように地面に横たわったままだった。
長居をしたくなかったので、僕はすぐに路地裏から出た。人が多い大通りに出たがまだ安心できない。足を止めずにその場から離れる。
連れ込まれた路地裏が見えなくなるまで離れて、やっと深く息を吐けた。そうやって安心してから、奴等を殴った手から痛みが伝わってきた。殴られたり、モンスターを武器で攻撃することはあったが、素手で人を殴るのは初めてだった。
昔、僕を殴っていた義兄とその友人達は、楽しそうに僕を殴ったり蹴ったりしていた。何が楽しいのかと理解できなかったが、初めて人を殴った今でもその気持ちは理解できなかった。
「ま、いっか」
昔の記憶を頭から追い出す。本来の目的を思い出して歩き始めた。
不幸中の幸いで、連れられた場所は城門に近かった。城門から街の外に出て、近くにある施設に向かう。そこは運んできたモンスターを一時的に預かる、冒険者や傭兵の御用達の施設、『預り所』だった。
僕は預り所の受付にいる人に声を掛けた。
「あのー、さっきモンスターを預けたヴィックですけど」
「引き取りですか?」
「そうです」
その後、事務的な手続きをしてモンスターを返して貰った。
布に包まれたフォラック二匹。依頼で集めた鉱石をギルドに提出したので、今なら二匹をいっぺんに持てる余裕があった。
二匹を抱えて、次の目的地に歩き出す。
「あら、二匹も捕まえたの? すごいじゃない」
聞き覚えのある声に呼びかけられる。驚きのあまり急いで振り返ると、そこにはララックさんの姿があった。
「ララックさん。街の外に出るのはまずいですよ」
街の近くとはいえ、街の外はモンスターが生息している地域だ。武器を持たない一般人が護衛もなしに出るのは危険である。というより、それを止めるための守衛だというのに……。
「これくらい大丈夫よ。貴方が居るのが見えたから、ね。それより、行くのでしょ?」
呆れて溜め息が出そうになった。しかしその一方で、ララックさんを呼ぶ手間が省けたのは確かである。
気を取り直して、改めてララックさんに願い出る。
「はい。お願いします」
フォラックを抱えて、ララックさんと一緒に町に戻る。
ここからが、フォラック捕獲依頼の一番の難所だった。




