表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第四章 ハイエナ冒険者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

35/131

4-2.ハイエナの生き方

 マイルスダンジョンの四階層目、歩き回っていた僕はやっと都合のいい場所を見つけて安堵する。背中のリュックが、少しだけ軽くなった気がした。

 リュックの中にはたくさんの鉱石を入れているからかなり重い。鉱石集めの依頼と並行して別の依頼を受けていたため、二十キロ以上の鉱石が入ったリュックを担いで歩き回ることとなった。慣れていたとはいえ、かなりきつかった。


 担いでいたリュックを下ろして早速準備に取り掛かる。持って来た罠をリュックから取り外し、道の真ん中に設置し、砂利を撒いて罠を隠す。

 罠はララックさんが働く店から買ったものだ。ギザギザの刃が対面に二枚付いていて、刃と刃の間にある金具を押すと刃で挟むように動く仕組みだ。しかし刃がモンスターの歯に似ているため、刃に気付いたモンスターは警戒して寄って来なくなるという欠点がある。だから刃を隠せられるものがある場所を探して歩きまわっていた。

 重い荷物を持ったまま一時間以上歩き回ることで、最適な場所を見つけた。そこは砂利道になっているうえに、松明の無い薄暗い場所だった。絶好の罠ポイントだ。


 罠を設置したところで、次は餌を置く場所を決めなければならない。だが餌を置く場所はすでに考えていた。

 人差し指と親指を開いて、罠から餌までの距離を測る。一回、二回、三回と、手の位置をずらしながら距離を計測する。六回までずらすと、その場所に目印として剣を置いた。

 標的のモンスターの鼻先から後ろ足までの距離分は、事前に頭の中に叩き込んでいる。その場所に餌を置くことで、罠が発動した時にはモンスターの後ろ足を捕まえるはずだ。

 剣を回収すると同時に持参した餌を置く。特定のモンスターが好む匂いを放つので、目的外のモンスターが匂いに釣られることは少ない。


 罠と餌を設置したところで、荷物を纏めて少し離れる。丁度良い岩があったので、岩陰に隠れて罠の監視を始めた。


 今回請け負った依頼は二つ。一つは鉱石集め、もう一つはフォラックというモンスターの確保だ。

 フォラックは四足歩行の臆病なモンスターだ。身体は他の四階層のモンスターに比べると小さいが、俊敏性と嗅覚がするどいという特徴を持っている。また集団では自分達より二回りも大きなモンスターを狩れるほどの狩猟能力を持っている。

 臆病で逃げ足が速い、その上捕まえようにも集団でいることが多いので、下手したら逆に狩られてしまう危険がある。だからフォラックの素材が市場に出回ることは少ない。その一方でフォラックの毛皮を気に入る愛好家が多いため、常に需要はある人気モンスターだ。


 そのフォラックを狩るためには、今みたいなやり方が一番安全だった。餌で釣って、罠で捕まえて、毛皮を汚さない様に一撃で仕留める。これがフォラックを捕まえる定石と言っても良い。僕もこれを踏襲することにした。

 心配なのは、餌に釣られて他のモンスターがやって来ることだった。フォラック以外のモンスターが釣られて来たら、そのモンスターを倒す必要がある。しかし倒した際に血の匂いが広まって、その匂いに警戒して近寄って来なくなってしまう。

 そうなってしまえば、また一から罠の設置場所を探さなくてはならない。考えるだけで気が滅入ってしまいそうだった。しかし、今となってはフォラックが早目に罠にかかってくれることを祈るだけだった。


 補給食を取りながら待つこと二十分、モンスターの足音が聞こえてきた。食べかけの補給食をリュックに入れ、代わりに剣を握りしめる。

 足音はゆっくりとしたものだった。警戒しているのか、音はとても小さい。だがそのお蔭で、向かって来るモンスターの数は一匹だと分かった。二匹いればもう少し騒々しいはずだ。

 岩陰からこっそりと覗き見ると、うっすらとだがモンスターの輪郭が暗闇から浮かび上がってくる。その形は目的のモンスター、フォラックのものだった。


 自然と剣を握る手に力が入る。正直言ってかなり運が良い。フォラックの主な生息階層は五階層だ。最近は四階層でも見られるが、数は圧倒的に五階層の方が多い。僕はまだ五階層に留まれる実力が無いため四階層で罠を張った。

 数が少ないので長時間待機することを想定していたが、一発目で来るとは良い意味で予想外だった。興奮して少し息が乱れてしまう。気づかれない様に手で口を覆った。


 フォラックが餌に近づくにつれ、胸の鼓動が激しくなる。間近まで近づくと、餌の匂いを嗅ぎ始める。餌自体は毒物は入っていない安全なものだ。そのうえ餌には僕の匂いが付かない様に袋に包み、取り出すときには清潔な手袋を使った。故にその餌はフォラックにとっては安全な食料となっている。

 フォラックは警戒して餌の周りを歩き回りながら匂いを嗅いでいるが、それこそがこっちの狙いだった。餌の周辺を歩き回ることで、フォラックの後ろ足が罠の設置場所を踏んだ。

 罠が作動する。フォラックが悲鳴を上げると同時に、僕は岩陰から飛び出した。長時間鳴かれると、声を聞いたフォラックの仲間が助けに来る恐れがある。だから早く仕留める必要があった。

 動けなくなったフォラックの身体を地面に抑えつける。左手で顔を抑え続け、右手で剣を持って喉を切り裂く。フォラックは一瞬、身体をピンと伸ばしてから、身体から力が抜けたようにぐったりとした。


 無事に倒せたことに一安心し、僕の身体から力が抜ける。もう少しばかりゆっくりとしたかったが、四階層に長居するわけにはいかない。他のモンスターに襲われる可能性がある。

 僕はすぐに撤収する準備を始めた。罠を片付け、フォラックの毛を汚さない様に準備した布で身体を包み込む。


 その最中、モンスターの奇襲に備えて周辺の音を聞き取っていると、ドタバタした足音が遠くから聞こえてきた。冒険者がモンスターを狩っているのかと思い、無視して作業に没頭していたが、徐々にその足音が近づいて来る。しかも冒険者の足音だけではない。軽くテンポの速い別の足音も聞こえた。


 モンスターと冒険者が走っている足音だというのは明らかだった。

 問題は、どっちが逃げているかだ。


 逃げたモンスターを冒険者が追っているのなら適当にやり過ごすが、逆なら僕も逃げる必要がある。四階層で活動する冒険者が逃げ出すほどの事態を、四階層に来たばかりの僕が対処出来る訳が無い。

 緊張で次第に身体が強張る。両方の事態に備えて右手で武器をしっかりと握りしめ、左手で布で包んだフォラックを抱える。


 じきに向かって来る者の姿が見えた。奇遇にも、その姿はついさっき見たものだった。

 一匹のフォラックが走りながら向かって来る。何かから必死に逃げるようだった。

 その必死さに尻込みし、つい道の端に避けてしまう。

 だがフォラックは僕の思惑を知らずに、避けた僕の方に向かって来る。同時に牙を剥いて跳びかかってきた。


「―――つぁあ?!」


 声を上げながら、握っていた剣を振るってしまう。驚いた拍子で振るった剣は、偶然にもフォラックの顔を切り裂いた。走ってきた勢いのままフォラックは僕の身体にぶつかり、同時に血が僕の身体にべっとりと付いてしまう。


「……うわぁ、ひどい」


 元々薄汚れていた服が、血でさらに汚くなった。このまま街に帰れば、人々から白い目で見られることは避けられない。街に戻る前に川で洗濯をしよう。


 そんな風に帰る算段を立てていると、フォラックが来た方向から足音が聞こえてくる。

 おそらくフォラックを追っていた者だろう。その方を見ると、顔見知りの姿があった。


「あれ、なんであんたがここにいるの?」


 フォラックを追っていたのは、四人組冒険者の一人、ミラだった。珍しく一人だけの様だった。


 ミラさんは怪訝な表情で僕を見るが、僕の身体から足元にいるフォラックに視線を移すと、途端に表情を曇らせた。


「あぁ、あんたが倒しちゃったのかー……」


 予想通り、フォラックを追っていたのは彼女のようだった。彼女の獲物を狩ってしまい、罪悪感が湧いて来る。


「えっと……いる? 僕はもう一匹狩ってるから」


 依頼された分は一匹いれば十分だった。それにこのフォラックは彼女が追い立ててくれたお蔭で狩れたので、ミラさんが得る権利もある。だから譲ることには躊躇いは無かった。


「別にいいわよ。偶然見つけたから狩ろうと思った程度だから。それにあんたに譲ってもらうほど落ちぶれてないわ」


 予想外の辛辣な言葉に少し傷つく。確かにミラさん達ならいつでも狩れるだろうが、せめてもう少し遠回しに言ってほしかった。


「じゃあ、僕が持って行くね」

「はいはい」


 だが貰えるものは貰っておくつもりだ。プライドを優先して頂ける物を放って置くほど、僕には余裕が無い。

 念のために持ってきていた予備の布を取り出して、フォラックを包み始める。


「ねぇ、あの噂ってホントなの?」


 包み終わると、待っていたミラさんが声を掛けてきた。


「噂って?」

「あんたがハイエナって呼ばれてる事よ。最近ギルド内で噂になってるのよ。実際のところどうなの?」


 最近、冒険者ギルドで冒険者達が奇異なものを見るような目で僕を見ていることを思い出した。

 ハイエナの意味は知っているうえ、心当たりはある。しかしあれは、咎められるような事ではないはずだ。


 自分の行為を思い返していると、僕の言葉を待ち切れずにミラさんが喋りだす。


「あー、やっぱりいいわ。さっきの質問は忘れて」


 バツが悪くなったのか、背を向けて去ろうとする。直後に、「けど」と口に出す。


「紛らわしい行為は止めてよね。ベルクがあんたと仲良いから、あいつが同類に見られるのは嫌なのよ」


 最後まで自分の言いたいことだけを言って立ち去って行った。別に反論とかは無いのだが、こうも言われ続けるとあまり気分は良くなかった。

 だがこれが、今の自分の位置だと確認できたことは、それほど悪いことではない。


 そう、前向きに考えることにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ