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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第四章 ハイエナ冒険者

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4-1.怪しい雲行き

 日が完全に沈んだ頃、リーナは肩をうんと伸ばして一息ついた。一日で一番忙しい時間帯がやっと終わり、丁度一段落が付いたときだった。

 

 日が沈み始めると、ダンジョンや依頼から帰還した冒険者がモンスターの素材や薬草、鉱石の買い取りと依頼の報告をしに来る。さらに日中の仕事が終わった市民が依頼を届け出ることも多い。

 また食堂の仕事をしなければならない。料理は専属の料理人が作るが、給仕はギルド職員が行っている。食堂専用のスタッフを雇えばいいと提案したこともあったが、経費節約のためと一蹴された。


 そんなこんなで、この時間帯のギルド職員はかなり忙しかった。

 この時間帯さえ乗り切れば何とかなるため、人を雇わない判断は間違いとは言えない。ただ、理屈では分かってはいても納得できないというのが心情だ。現状は今のメンバーで何とかするしかないと、分かっているつもりだった。


「リーナさん! 書類の確認をお願いします!」


 後輩のフィネが書類の束を持ってくる。以前、大量の不備があった書類を提出しようとしていたため、フィネが提出する書類を逐一チェックすることとなった。

 リーナは受け取った書類をパラパラとめくりながら確認する。ミスはほとんど無かった。


「んー、こことここだけ間違ってるから直してねー」

「はい!」


 リーナがミスした箇所を指摘すると、フィネは元気な答えを返す。フィネは書類を受け取るとすぐに修正し、再び提出しに来る。当然、ミスは無くなっていた。


「オッケー。最近はミスが少なくなってるねー」

「ホントですか?!」

「うん。この調子で頑張ってねー」

「はい! ありがとうございます!」


 フィネは勢いよく頭を下げて礼を言うと、すぐに別の仕事に取り掛かる。この時間になっても大声を出せる体力と即座に次の仕事を行おうとするバイタリティーはフィネの持ち味だ。不測の事態が起きるとテンパってしまう欠点があるが、それは経験を積み重ねることと他の職員のフォローで補うことができる。仕事の飲み込み速度も悪くは無いので、以前よりかは楽が出来るようになった。

 そう遠くは無い未来に、常時楽に仕事が出来るのではないかとリーナは期待していた。フィネの成長が楽しみだった。


「おーい。買取してくれー」


 受付には買い取り希望の冒険者が待っていた。リーナと歳が近い金髪の青年と黒髪で細長い体型の青年だ。二人とも冒険者になってから一年くらい経っている下級冒険者だ。

 リーナがモンスターの素材を受け取って鑑定している最中、金髪の青年が声を掛けてきた。


「リーナちゃん、あれ、何とかなんないの?」


 顔を見なくても、声だけで不機嫌そうにしていることが分かった。


「んー、何の話ぃ?」

「知ってるだろ? ハイエナだよ、ハイエナ」


 黒髪の青年がイラつきながら言った。


 「ハイエナ」、これはある行動をとる冒険者を指す蔑称だ。

 モンスターの死体は、モンスターを倒した者に所有権がある。これはどこの冒険者ギルドでも決まっている掟である。全く討伐に関与していない者がモンスターの素材を取ることは禁止されており、破った者は厳しく罰せられる。

 その行為はダンジョンというギルド職員の目が届かないところで行われるため、直接その現場を職員は見ることができない。しかし経験豊富なギルド職員ならば、運ばれたモンスターを見れば大体分かる。モンスターの強さ、攻撃した箇所、冒険者の腕前と武器、これらの要素が揃えば判別可能だ。故に、倒したモンスターを強引に奪ってもばれるため、この掟を破る者は滅多にいない。


 しかし、所有権を放棄したモンスターならば話は別だ。

 冒険者がモンスターを倒しても、モンスターの素材を全て確保することはあまりない。理由は、手間を惜しんでいるからだ。


 モンスターの解体はなかなか面倒臭い。狙っていたモンスターならともかく、道中で会った目的外のモンスターの解体は無駄な労力だ。だからそういったモンスターを倒して道に放置する者は多い。さらに狙ったモンスターを倒して解体しても、全部の素材を持って行くことも多くはない。モンスターの特定の部位だけを狙うこともあるため、それ以外の部分は放って置くことがあるからだ。


 しかし道中にモンスターの死骸が放置され続けると色々と問題が残る。死骸が残ればモンスターが警戒して普段より殺気立ったり、戦闘が起これば障害物として残るため邪魔になる。

 その問題を解決するために、死骸を減らす取り組みをした。所有権をある条件下に限り放棄するというルールの作成だ。そのルールは、倒したモンスターを一日以上放置するか、誰かに譲渡すること、モンスターを回収せずにダンジョンを出ることで放棄となるというものだ。これによりダンジョン内の死骸は減少した。


 だが一つだけ誤算があった。それがハイエナだ。

 ハイエナは譲渡以外で所有権が放棄されたモンスターを狙う冒険者がそう呼ばれる。ルール的には問題ないが、労せずにモンスターの素材を狙う振る舞いは、苦労してモンスターを倒す冒険者からしてみれば忌み嫌われる行為だ。だからハイエナをする冒険者は滅多にいない。やったとしても精々一度や二度の者が多い。


 しかしここ最近、ハイエナを続ける冒険者がいるという話だった。

 リーナもその噂は聞いていたが、確証が無いため何も対応はしていなかった。


「あいつのせいで、後から回収しようとしたモンスターを置いとけなくなったんだ。担いで目的のモンスターを討伐するのも面倒だし、いちいち外に出て買い取って貰うのも手間だしよ。注意出来ねぇのか?」

「そうそう、一言でもいいから言ってくれない?」


 特にこの二人からの苦情が多かった。

 しかし、リーナは何度もこの二人に言っていた。今回も、同じ内容の言葉を口にする。


「前にも言ったけどぉ、別に掟を破っていないから言うつもりは無いよー。それに売りに来たモンスターにも不審な点は無かったから、ハイエナをやっているっていう証拠も無いからねー」


 ギルド職員は掟を破る冒険者には注意をし、改善が見られないようならば処罰を行うこともある。しかし、ハイエナは該当しないため罰することはできない。それでも度々行うようなら注意をするが、リーナはそれをする気は無かった。


「いやいや、実際に見たから言ってんだよ。それに、たとえ掟を破ってなくても、冒険者達が快く冒険できるように支援するのがギルド職員の仕事だろ? それとも、めんどくさいからやりたくないってか?」


 黒髪の青年は執拗に食い下がってくる。挑発的な言葉も使うが、生憎その挑発に乗る気はない。

 リーナは適当に流してやり過ごそうと考えていた。


「そんなことはありません!」


 だがその挑発に、フィネが乗ってしまった。いつの間にかリーナの近くに来ていたようだ。


「リーナさんは凄い人です。みんなより一杯仕事をして、その上私の指導もしてくれてるんです。凄く真面目で頑張っている人なんです。リーナさんがめんどくさいという理由で、仕事をしないわけがありません!」


 本当はサボりたくてしょうがないという人格だよ、とリーナは言いたかった。だが、そんな悠長な事を言う暇は無い。

 黒髪のにやついた表情が視界に入った。


「ほー、そうかそうか。じゃあなんで何も言わないのかなぁ?」

「そ、それは……」


 途端にフィネの表情が曇ってしまう。庇う行為は嬉しいが、場を読むことも考えてほしかった。


「そういえば、とあるギルド職員があのハイエナをえらく気に入っているっていう話を聞いたんだが、もしかしてそれが理由かなー」


 金髪がわざとらしい笑顔を見せながらフィネに問い詰める。フィネの顔がみるみると青ざめていく。


「ちょっと、妙な疑りはやめてくんない? この子はあんたらにだって平等に接してるじゃない」

「いやいや、見てたら分かるよ。フィネちゃんはあのハイエナに声を掛けるときだけ、嬉しそうな顔をしているからねー」


 リーナは即座に庇ったが、すかさず反論される。まるで予想していたかのような早さだった。


「もしかしてもしかして、お気に入りの冒険者だから許しているのかな。なんと! すべての冒険者を平等に扱わないといけないギルド職員がえこひいきを―――」

「おい」


 ドスの低い声が、金髪の言葉を遮った。その声は二人の後ろから聞こえた。

 二人の後ろには、黒髪の青年よりも背が高く大柄な男、ベルクが立っていた。ベルクは大きなモンスターを担いで、二人を見下ろしている。


「何の用だ? 新人」


 黒髪の男が睨みながら詰め寄るが、ベルクは平然とした表情で返す。


「こいつを買い取って貰いたいんだ。邪魔だからどいてくれ」


 二人は受付を塞ぐようにして立っている。次に買い取って貰いたい冒険者からしてみれば、ベルクが言ったとおり邪魔な場所にいる。


「あぁ? まだこっちも終わってねぇんだよ。それが終わったらどいてやるよ」

「はい、こちらが買取額になります」


 リーナはすぐに査定を終わらして、お金を差し出した。黒髪は呆気にとられた表情をし、金髪は軽く舌打ちをする。金髪はお金をひったくるようにして取ると、ギルドから外に出た。黒髪も慌てて外に出る。

 安心したリーナは、つい長く息を吐いた。良いタイミングでベルクが来たお蔭で、なんとかやり過ごせた。


 ベルクは担いでいたモンスターを受付に置くと、「買取を頼む」といつもの調子で言う。さっきの出来事が無かったかのような振る舞いだ。

 早速査定を始めるが、「なぁ」とベルクが声を掛けてきたので手を止めた。


「ん、なにー?」

「やってないんだよな、あいつ」


 話題はさっきの二人と同じだった。ベルクは彼と仲が良いという話は耳に入っていた。


「やってないですよね?」


 青ざめていたフィネの表情が元に戻り、これを機にと聞きに来る。

 二人の顔はさっきの連中とは違う。心配でしょうがないという気持ちが伝わってくる。


 だからリーナは正直に答えた。


「大丈夫。私が保証するよーん」


 笑って答えると、二人の表情は若干和らいだ。

 だが胸のざわめきは治まりそうになかった。


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