3-16.天才のルーツ
「親が……死んでる?」
意外な言葉に、僕はウィストに聞き直した。ウィストは神妙な面持ちでゆっくりと頷く。
「うん。五歳の頃だったから覚えていることは少ないけど、これだけはしっかりと覚えてるんだ。お父さんとお母さん、二人とも冒険者で、ダンジョンに入って死んだって」
懐かしがるように、ウィストは窓の外を眺めながら語り始める。外はもう、陽が落ちはじめていた。
「ロティア町の冒険者ギルドでお父さんとお母さんは知り合って、一緒に冒険しているうちに気が合って結婚したの。お母さんは一度、私を産むために冒険者活動を休止したけど、しばらくしたらまた始めるようになったんだ。育児のために二人で同時に行くことは無かったらしいんだけど、ある日親戚に私を預けて二人で一緒にダンジョンに行ったんだって。そのダンジョンは二人にとっては近所の公園みたいに行き慣れたところだったんだけど、その日は帰って来なかった。その数日後に、他の冒険者が二人の遺留品と大量の血痕を見つけて、二人は死んだってことが分かったんだ」
「二人は、何で死んだの?」
「本来居ないはずの強いモンスターがいて、そいつにやられたんだって。両親が死んだあとは、私は叔父さんの元に引き取られたの。叔父さんは食料品を売っている商人で、奥さんと一緒に切り盛りしていたの。まだ小さいことは叔父さん達の子供、お義兄ちゃんと一緒に遊んでいたんだけど、十二歳になったらお義兄ちゃんは仕事を手伝うことが多くなったから退屈だったなー。けどその時期に、あるものを見つけたんだ」
途端に、ウィストは楽しそうに語る。
「見つけたのはお母さんの日記。荷物の整理をしていた時に見つけて、ちょっと興味があったから読んでみたんだ。その内容が、冒険の事がほとんどだったの。しかも楽しそうな事ばかり書いていたから、冒険者に興味が湧いちゃったんだ。で、叔父さんに聞いてみたら、凄く冒険者の事を貶したの」
「け、貶した?」
ウィストは「うん」と調子を変えずに頷く。
「あいつらは遊び人だとか、適当な奴らだとか、ふらふらと不安定な生活をしてるとか、ぼろくそに言ってたよ。けどそういう人は叔父さん以外にも少なからずいたんだ。お母さんは楽しそうに冒険してたけど、一方で冒険者に否定的な人もいる。どっちが正しいのか分からなくなったんだ。けど日記にはこうも書いていたの。『嫌なこともあるけど冒険者はやめられない』って。嫌ならやめたらいいのに、訳分かんないよね」
笑いながら話すが、その瞳には少しだけ寂しそうな感情が垣間見えた。
「私は、両親の事をよく覚えていない。その日記だけが、両親のことを知れる手掛かりだったの。けど、理解できないことが多かった。だから冒険者になったの。冒険者になれば、冒険者だった両親の事が分かるかもしれないって思ったから。そう思った日から、冒険者になるための準備を始めたの。図書館に行ってモンスターやダンジョンの事を調べたり、冒険者の人からモンスター相手の戦い方やトレーニングの仕方とかを学んで鍛錬したんだ。そして十六歳になって、冒険者になるために家を出たの。叔父さん達には当然反対されちゃったけどね。心配してくれてたのは分かってたし、育ててくれた叔父さん達には感謝してる。けど、お父さんとお母さんのことを知りたいって気持ちが強かったんだ。だから私は、マイルスに来て冒険者になった」
話し終えたウィストは、深く息を吐いて僕に向き直った。
「さて」と言って、期待の眼差しを僕に向ける。
「私の話は終わり。次はヴィックの番だよ」
ウィストの話が終わった後は僕の番だ。だが先に聞きたいことがあった。
「その前に、一つだけ良い?」
「いいよー。なに?」
「その理由は、もう分かったの?」
「んー」と唸りながら考え込む。だが間もなくして、「ううん、分かんない」と答えた。
「いろいろと楽しみながら冒険してるけど、ピンときた答えは無いねー。だからまだまだ続ける気だよ」
悲観的な感情を全く感じさせない答えだった。まだ目的を達していないというのに、ウィストの表情に曇りは無い。
今もいつもの調子で、「ほらほら」と僕が話すのを促している。
ウィストは僕の話を聞きたがっているが、僕が冒険者になった理由はたいしたものではない。
サリオ村にいたとき、冒険者達と会ったことがあった。冬の時期、酒場で働かされていた時の話だ。
酒場には冒険者が客として来ていた。そのときの彼らの楽しそうな会話が聞こえ、つい目を向けていた。
冒険者達は、皆楽しそうに笑っていた。たいしたことのない酒や料理しか出していないのに、会話に花を咲かせていた。
彼らみたいに人生を楽しみたい。それが、僕が冒険者になった理由だった。




