3-15.罪悪感
『マイルス北部総合病院』。そこがウィストが運ばれた場所だった。
マイルスの北側には冒険者ギルドと傭兵ギルドがある。冒険者と傭兵は仕事柄怪我が多いため、北部総合病院の患者の多くが彼らである。ウィストも同様にこの病院に運ばれていた。
取調室から出た後、僕はこの病院に向かった。エイトさんとチナトさんは用事が終わったのか、冒険者ギルドから出て行っていた。リーナさんは仕事をしていたが、僕が出てきたのに気付くと声を掛けてくれた。だけど僕は会話をする元気すら無かった。
ヒランさんから見舞いに行くように促されたが、元々行くつもりではあった。僕のせいでウィストが怪我をしてしまったのだ。行かない理由が無い。
入口の扉を開けると、広い待合室が目に入る。背もたれの無い長椅子がいくつも並んでおり、多くの冒険者や傭兵らしき人達が座って待っている。奥には受付があり、受付係の人達が患者や見舞いに来た人の対応をしていた。僕は受付に向かい、ウィストのいる病室を訊ねた。
「すみません。ウィストさんはどこの病室にいますか?」
「……お知り合いでしょうか?」
素性を疑われていることを察した。恋人でも親戚でもないので、つい仲間だと名乗った。
「ウィスト様は二階の二〇二号室です」
あっさりと答えてくれて一安心するが、仲間であると勝手に名乗ったことに胸を痛めた。僕には、仲間を名乗る資格が無いというのに。
階段を上がって辺りを見渡す。二〇二号室は階段の近くにあったので難なく見つけられた。
部屋の戸を開けると、ウィストはベッドに横たわっていた。近づいてみると、目を瞑って寝息をたてている。深刻な症状には見えなかったので安堵した。
「無事、か」
心配事が一つ取り除かれて、つい独り言をつぶやいた。ウィストに言ったつもりではなかった。
「うん。大丈夫だったよ」
「―――ッ?!」
だから突然目を開けて答えられると、驚いて身体を跳び上がらせてしまった。
「あはは、驚きすぎだよー」
愉快そうに笑いながら、ウィストは身体を起こす。あんな目に遭っておきながら、もう元気になっている精神力が羨ましい。
だが右腕に巻かれたギブスを見た瞬間、そんな事は思えなくなった。
「腕、大丈夫?」
恐る恐る聞くと、「これ?」と言ってウィストは右腕を見る。
「うん、全治一ヵ月だって。綺麗に折れてたから、変な後遺症も残らずに治るらしいよ。いやー、よかったよかった」
怪我をしたというのに、明るく笑うウィストが不思議だった。一ヵ月も冒険者として活動が出来なくなるというのに、何故明るく振る舞えるのだろうか。
理由は分からない。これも、生まれ持った素質の違いなのだろうか。
嫉妬しそうになる感情を、手を強く握って抑え込む。駄目だ。今回はウィストを見舞いに来たのだ。こんな感情を持ってはいけない。
だが、長居し過ぎると耐えきれるか分からない。ウィストには悪いが、早めに用件を済ませよう。
僕はウィストに向かって、深々と頭を下げた。
「ごめんなさい。昨日の事だけじゃなく、今日ウィストを巻き込んじゃったのは僕のせいです。本当にごめんなさい」
やっと謝罪が出来た。昨日の事だけではなく、今日巻き込んでしまったことも含めて謝りたかっただけに、やっと胸のつかえがおりる。
そうなるはずだった。
だが謝ったにもかかわらず、胸がもやもやとしていた。
自分の事だというのに、理解できない感覚が気持ち悪かった。
違和感を持ったまま頭を下げ続けていると、「顔を上げて」とウィストに言われた。
顔を上げると、ウィストは困ったような表情をしていた。
「今日の事は謝らなくてもいいよ。私が勝手にやっちゃったことだしね」
「……けど僕が行かなかったら、ウィストはダンジョンに入らなかったはずだ。しかも命を救われたんだ。謝っても、謝り切れないよ」
「んー、けど私は元々そんなつもりじゃなかったのよ。ちょっと気になったから見に行こー、って気分だったからさ。そしたら、なんかヤバそうだなーって思ったから手を出しちゃっただけなんだよ? そんな軽い気持ちで行っちゃったから、そこまで謝られると身体がむず痒いというかなんというか」
「いや、軽い気持ちでグラプを相手に出来る訳無いじゃないか。出来たとしても、僕は助かったわけだし」
「あー、分かった分かった」
ウィストが左手の掌を突き出す。終着点の無い会話に嫌気が差したのか、深く溜め息を吐いた。
「じゃあこの件については、ヴィックが謝って私がそれを許した。それで終わりってことで良いわよね?」
「えっと、あ、うん」
一言でまとめられて終いにされる。どこか腑に落ちない。しかしこのままだと話が進まなかったのでこれで良い、と自分を無理矢理納得させた。
「じゃあ、本題に入りましょう。覚えているよね?」
「あー、もちろん」
「忘れてた?」と追及され、首を横に振る。入院したばかりなので後日の方が良いと思ったが、本人は問題無いようだ。
「といっても、何話そうかなー。何か議題有る?」
「ううん、全然」
話し合いは、どうやらノープランで思いついたものだったようだ。ウィストは「んー」と唸り声を上げながら悩んでいる。
「無かったら後日でも良いんだけど」
「いや、こういうのは早いのが良い。よし」
何か思いついたようだった。「これにしよう」と頷くと、ベッドの傍らにあった椅子に座るように促される。椅子に座ると、ウィストが議題を口にした。
「冒険者になった理由、これを語り合おうっか」
「べたな議題だね。良いよ」
「じゃあ、私から」とウィストが言ったので先を譲る。
このときはまだ、話し合っても何も変わらないと思っていた。
歩み寄ってくれることが嬉しいのは否定しない。だが、僕とウィストには壁がある。恵まれた者と恵まれていない者の壁、これはたやすく覆せないほどの高さだ。
分かり合おうとしても、変わらないままで終わるだろう。諦めに似た感情があった。
だが彼女の第一声は、そんなくだらない思考や感情を吹き飛ばした。
「私が五歳の時、親が死んじゃったんだ」




