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冒険者になったことは正解なのか?  作者: しき
第三章 底辺冒険者

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3-14.罪の放置

 案内された部屋は質素な場所だった。部屋の真ん中に机があり、向かい合うようにして椅子が一脚ずつ配置されている。部屋の隅には多くの机と椅子が寄せられ、壁には黒板がある。普段は教室として使っているのだろう。


 ヒランさんが奥の椅子に座ると、「座りなさい」と僕に促す。若干声が冷たく感じたのは気のせいだろうかと、考えながら椅子に座った。


「聞きたいことがいくつかあります。正直に答えてください」

「はい」


 ヒランさんは表情を変えずに聞き始める。


「フェイルとはいつ、どこで会いましたか?」

「昨日の夜、街を歩いていたら偶然。けどフェイルは、僕の事を知っているようでした」

「今回の話を持ち掛けられたのはそのときですか?」

「はい。そのときはちょっと落ち込んでて……懸命に励ましてくれるフェイルを信じてしまいました」

「そのときに上級ダンジョンに入ることを聞いたのですか?」

「いえ、知ったのは今日ダンジョンに入る直前です」

「下級冒険者が上級ダンジョンに入ることは違法だと知っていましたか?」

「……はい。あのときは、上級冒険者が一緒なら問題無いと言われたので、信じてしまいました」

「分かりました。質問は以上です」

「……え?」


 咄嗟の事に間抜けな声が出ていた。予想よりも切り上げの時間が早い。というより、あれだけの質問だけで取り調べが終わったことに驚いた。

 ヒランさんは、僕になんの罪状も告げずに席から立ち上がり、部屋の扉を開ける。


「ではお帰り下さい。もう結構です」

「あの……僕を罰しないのですか?」


 僕の疑問に、ヒランさんは首を傾げる。まるで不思議な生き物を見るような眼で。


「あなたを罰する必要がありません。だから何もしません」


 想定外の言葉だった。


 僕は違法行為をした。その結果、助けに来てくれたウィストを危険な目に遭わせた。だから罰を受けるべきだと思っていた。


「……どういうことですか?」

「そのままの意味です。確かにあなたは違法行為を行いました。しかし、それは騙されていたことが原因です。そのうえ、ご自身が酷い目にあったようなので、罰を与えなくても同じことはしないだろうと判断しました。だから、罰しません」


 罰を受けない。普通なら、胸をなで下ろす言葉となろう。

 しかし、今の僕にとっては真逆の意味を持っていた。


「取り調べは……取り調べは、何であんな簡単に終わったんですか?」

「あなたに聞いても、大した収穫が無いからです。フェイルの事を、あなたは何にも知りませんよね?」

「そうですけど……」

「だから聞いたのは、事前に得た情報との確認をとるためだけです。フェイルについては、一緒に捕まえたあの二人から聞き出します」


 頭にバクホと冒険者の男性の顔が浮かんだ。


「あの二人は、どうなるんですか?」


 ヒランさんの目つきが鋭くなった。探られている様な気がして、思わず後ずさってしまう。


「あなたは、あの二人の仲間なのですか?」

「いえ、違います!」


 仲間かと疑われたので、強く否定する。ヒランさんの目つきが元の形に戻った。


「あの二人は分かっていたうえで違法行為を行い、さらにゴクラク草を販売しようとしていました。相応の罰が与えられるでしょう」

「ゴクラク草って、何か問題があるんですか?」

「……本当に何も知らないんですね」


 呆れたような口調だった。


「一言でいえば麻薬です。一口食べれば天国にいるような幸福感を得られますが、高い中毒性があるうえ、ゴクラク草を食べること以外では全く幸福感を感じなくなります。これを欲しがって、多くの人がツリックダンジョンに入って死んでいきました。街で手に入れた人も、ゴクラク草を買うために無理な借金をし、借金を返済できずに消えていく人が後を絶ちませんでした。今でこそ取り締まりを強化し、取引をした者には重い罰を与えることで、ゴクラク草を含めた麻薬を取り扱う者は減りました。しかしこの様子だと、元締めは未だに商売をやめるつもりは無いようですね」


 ヒランさんが少しだけ悔しそうな顔を見せた。ゴクラク草に纏わることで嫌な事でもあったのだろうか。


 だがそれ以上に、僕は自分が無知なことが嫌になった。知らなかったとはいえ、それほど危険な代物を採取しようとしていたとは、夢にも思わなかった。

 もし何事も無く仕事を終えていたら、ゴクラク草が街に出回ってしまい、死者が出ていたかもしれない。想像しただけでも身震いした。


 それほど重大な罪を犯しそうになったのだ。なおさら自分は罰を受けなければならない。


「それなら、僕はやっぱり罰を受けないと。僕みたいな人間がまた―――」

「くどい」


 ヒランさんが僕の言葉を遮った。表情に出なくとも、イラついているのが分かった。


「あなたを調べても何も出ないと言いましたよね。それとも自身の感じた罪の重さをを、罰を受けることで軽くしたいのですか?」


 図星を突かれ、何も言えなくなった。


「わたくしの仕事は慈善事業ではありません。あなたの自己満足のために労力を使うのは御免です。罰を受けたいのなら、危険な目に遭わせてしまったウィストさんの元に行って、恨み言の一つや二つ聞いてあげればいかがですか?」


 その対応は、今までで最も冷たいものだった。だが正論なだけに、言い返す事はもちろん言い訳すらも口から出なかった。


「早く出て行ってください。まだわたくしには仕事がありますので」


 これ以上ここに居ても、僕がするべき事も、されるべき事も無い。


 僕は逆らうこと無く、肩を落として部屋から出て行った。


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